裏山調査Part2
厳重な警護。20人を超える科学者や医師、その他各分野の専門家たち。
一度目の裏山調査の約2~3倍の規模。
ニホンオオカミの捜索を目的とした今回の調査には、国から相当な期待が寄せられており、比例して予算もたんまりと下りている。
防護服等の装備が一新され、以前よりも調査員の人数は増えたが基本的にやることは変わらなかった。
入山の前にお祓いをして、身を清める。他国を例に見てもこういったことをするのは日本独自だろう、山に対する神聖視、今日まで日本が自然豊かな環境を築いてきた要因のうちの一つだろうか。
傍らに控えるニホンオオカミは昨日のデレデレな状態から一転し、凛とした表情を見せており、調査に同行する猟友会の方の中には、その姿を見て畏まる姿もチラホラあった。普段はシャワー大好きな甘えん坊でも、真神と呼ばれるほど神格化されていた存在だ、背筋を伸ばすのも無理はないだろう。
機器類を担当する本拠地の陣営の準備が整った午前10時過ぎ、裏山の調査はスタートした。以前の調査をした際にレーザースキャナーで山の全体像は大体把握出来ているので、歩きやすい道順を解析し、逐一進路方向の無線を受けながら歩みを進める。それでも緩やかとは言い難い斜面が続いているため、研究者の中には息が上がっている者もいる。自分はまだまだ余力があるものの、息が深くなる。ここで5分間休憩だ。休憩中は、調査隊の中から体力のある自衛隊員らが数名、先に進んで道の状況を確認していた。頼もしすぎて涙が出てきそうだ。
人間が、つかの間の休憩を満喫している一方、ニホンオオカミは素知らぬ顔で余裕そうな雰囲気を見せていた。さすがは元野生、スタミナが底を尽きることは無さそうだ。ふと、お手を指示してみると、手のひらをハムっと甘噛みしてきた。
「そうじゃないんだよ…てか牙すごいな」
口の隙間から見えた大理石のような犬歯の鋭さに少し驚く。こんなのに思いっきり噛みつかれたら痛いどころじゃ済まないだろう。
程よい甘噛みを受けた後、再び歩みを進めた。
前回、ミヤコショウビンと遭遇した地点まで到着した。
ちなみに、一回目の裏山調査で発見したミヤコショウビンとカラウルスは未だ捕獲が出来ていない。ミヤコショウビンについては捕まえる機会を逃したこと、カラウルスの場合は純然に安全と言える輸送方法がなかったことが理由だ。
それでもカメラや映像に収められただけで奇跡だ。
と思っていたら、肩に数匹の鳥が停まった。
「久しぶり…」
鮮やかなオレンジ色が美しい。以前は一匹だったが今は五匹もいる。白雪姫にでもなった気分だ。かのミヤコショウビンがごめんあそばせ下さった。小鳥特有の小さな鳴き声で羽を休めるミヤコショウビン。
「これ、どうすれば…」
こちらをガン見しながら固まっている他の調査員に問いかける。
「いやぁ…どうするって…保護…するしかないけど…」
「笹壁さん、20分ぐらい動かないでもらえます?」
「ま、まぁ…いいですけど。」
「………こちら調査隊、こちら調査隊、応答願いますどうぞ」
その後、応答の呼び掛けに答えた拠点部隊に対して保護用の籠を輸送するよう要請した。短時間かつ、わざわざ斜面を登ってまで籠をデリバリーするのは些か非現実的すぎるかもしれないが、予想外にも上空から、バトルロイヤルゲームの物資のように籠が落ちてきたもんだからめちゃくちゃびっくりした。
60×60の正方形の籠の中に鳥を移す。カーボンファイバー製のこの籠は、ミヤコショウビンのために作られた特注品で、今回の調査を想定して用意された代物だ。本来であれば、この籠の中に餌を入れてしばし放置すると、鳥がとまった際にセンサーが反応し、なんやかんやあって、99.9%の確率で鳥類を捕獲できるようになっている。日本の技術は凄まじい。
上記からもわかる通り、今回の調査は単にニホンオオカミの同種を探すだけでなく、前回の調査で遭遇した生物の保護も目的としており、研究者たちが丹精込めて開発した捕獲用のアイテムが総導入されている。さすがに全ては持ち運ぶことが出来ないため、捕獲する際は拠点部隊に連絡してドローンで輸送してもらう必要がある。
保護したあとは、慎重な検査が行われ、種の繁殖になんら危険因子が無いと分かり次第裏山に戻される予定だ。もっとも、あまりにも個体数が少なすぎるため、まずはDNAやら色々なものを採取して万全を期す必要がある。
昨今、ニホンオオカミの発見に伴い、国内で動物のクローン研究が一大躍進を遂げている。一部では倫理に反するという声が上がっているものの、種の存続のためにはやむを得ない。ただそれはあくまでも最終手段であって、大体の科学者は生物同士の生殖によるごく自然な個体数の増大を推進している。
まぁ、世の中には単為生殖によって種の繁栄を秘伝のタレを継承するかのごとく、極僅かに展開しているプレシオサウルスという例外もいるわけだが…。
ただ、ニホンオオカミに於いては、同種が複数匹いる可能性が高いことは既に学会で定説となっており、探せば日本全国に数十匹は存在する可能性が高いという。そもそもニホンオオカミはその昔、日本全国に生息していた言わばありふれた存在であり、様々な要因が重なって絶滅してしまったものの、未だ未踏の地も数多く存在する。
自然豊かなジパングの山奥にひっそりと生息している可能性も捨てきれない。というか、人目のつかないところで生活していることは確実だ。
ソースは?
傍らにいるこいつが生きていること自体が動かぬ証拠である。
要らぬ思案に浸りつつ、保護したミヤコショウビンを本拠地に運ぶ隊員を見送った我々は、更に奥深くへと足を踏み入れた。
沢を越え、奥へ奥へと続く斜面を進んでいく。やがて山の中腹部を過ぎ、広くなだらかな地帯に到着した我々は、テントを設営することにした。
予めドローン輸送によって下ろされていた巨大なテントを展開する。これも今回の調査のために作られたハイテクテントで、ボタンひとつで展開・収納ができる他、空気を注入して膨らむ仕様のため、大きさの割にかなり軽い。
また透明なビニール製であるにも関わらず、防寒防音で、太陽光を遮るためにエレクトロクロミックゲルを使用しており、電気を流すことで黒く変色し遮光することが出来る。当然断熱性にも優れているため中はエアコンを使わずとも快適なほど涼しい。
円形のドーム状で大きさは直径8m。平らで広い場所、さらに強い風の日には使えないというデメリットがあるものの、防護服を着て過ごす必要のあるこの裏山においては、菌を持ち込むことなく快適なキャンプライフを過ごすことの出来る必需品だ。
まぁ、通常のキャンプで使うことは無いだろう。ちなみにお値段2500万。これでもかなり抑えられている方だというが、桁が違いすぎて少し引く。ちなみに換気扇も、菌を放出しないようフィルターを重ねまくった特注品なので、テントに対してめちゃくちゃデカイのはご愛嬌である。
このテントを4つ並べ、中にそれぞれ小さなテントを2つずつ設営し拠点は完成だ。今日から数日の間、基本的に山中に設営したこの拠点から広域に調査を続けていき、大体の範囲を調査し終えたら、別の場所に投下されている同様のテントに向かって移動する…という言わば、チェックポイントを回る遊牧民のような生活を続けていく。
その間にニホンオオカミを見つけられればいいが、研究者の予想だと半年からそれ以上の期間を要する可能性が高いという。
つらい。