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事件の顛末及び帰郷

7月26日、被告人として笹壁 亮吾本人の召喚が命じられ、秘書官とともに出廷した彼は、検察側からの問いに対して通訳を交えながら的確に答えた。中には裁判と全く関係性の感じられない誘導尋問のような質問が投げかけられることもあり、裁判官からの注意が言い渡された検察は、早々に質問を切り上げ席へと戻ることとなった。



その日の夜、笹壁が宿泊するホテルに手榴弾を括りつけた小型プロペラ機が突っ込んで、のべ数名が重傷を負う事件が発生した。犯人は40代のアメリカ人男性で、警護のために巡回していたシークレットサービスによって即時射殺された。



元々アメリカでパイロットをしていた男性は、2009年頃にメキシコの市長が所有するプライベートジェットの操縦士として3年間単身で赴任しており、それ以来帰国後も家族と顔を合わせることがなかったという。結婚もせず独身を貫いており、再びアメリカの航空会社に勤務していた時は主に国際貨物の輸送を行うことが多く、旅客機の操縦は非常に稀であった。


30代中頃でパイロットを退勤し、以降は、今回ホテルに突っ込んだ小型プロペラ機を使用して、遊覧飛行業を営んでいた。



2017年3月4日 麻薬取締局によってアメリカの航空会社が摘発される事件が発生した。自社に勤務するパイロットを使用して、メキシコの麻薬カルテルから大量のコカインを輸入し、国際線を利用して諸外国に輸出する、言わば中継地点のような役割を果たしており、主な輸出先はヨーロッパであった。


摘発に伴い、過去に勤務していたパイロットが芋づる式に検挙されるなか、男性のみメキシコに一時亡命しており、早急な逮捕は不可能としてマークこそされるものの、半ば野放しにされていた最中に起きた、今回の事件。


笹壁を狙った犯行であるかは定かでないが、憶測上は完全にクロと推察するものが大半だった。しかし何故9.11の真似事をしたのか、当の本人が死んでしまった現在、真相を聞き出すことも出来ない。



新たな謎が浮かび上がりつつも、捜査が難航せんとしていた翌日。





原告側の遺族が遺体で発見された。


検死解剖の結果死後それほど時間が経過しておらず、昨夜のプロペラ機突入事件のすぐ後に殺害されたことが分かった。しかも死因は銃殺。眉間やこめかみ、片目から貫通した弾丸から発砲された銃の種類は欧米製拳銃のコピー品であることがわかった。


遺体は自宅のすぐ側にある物置小屋から発見され、ラップと黒いゴミ袋に包まれていた。


一連の出来事が点と点で繋がっていく。





80代男性死亡事件から約2ヶ月が経過しようとしていた時期に、FBIが事件のあらましについて発表した。



まずダンクルオステウスによって殺された80代男性だが、死亡日から約2年ほど前、アルツハイマー型認知症の診断がなされており、遺族の介護を受けながら生活していた。しかし事件が発生する2日前から失踪し、身体の一部分のみが発見され、裁判に至った、というのが建前である。


本当は遺族によって殺された後、何者かの手によって隠蔽工作が図られたというのが真相で、死因は撲殺だった。実際に、殺害の数日前に遺族が地元スーパーで少年野球用の木製バットを購入した記録が存在する。


遺族による保険金殺人が行われた際、彼らに協力者がいたことも明らかになった。


『バサネラル・カルテル』の構成員である。

カルテルの主な収入源はコカインの輸出だが、アメリカ国内にいる構成員の主な役割は地域における麻薬の売買や、土地・建物の占有、金融、詐欺、殺しだった。遺族は保険金殺人のためにその道のプロと協力して男性を殺害、死体を遺棄した。


しかしここで疑問が生ずる。


バサネラル・カルテルの殺しは本職の殺し屋も舌を巻くほど巧みで、事故や事件に見せかけて人間を殺害することは容易かった。彼らの常套手段はどちらかと言えば平凡かつ無難で、ダンクルオステウスに噛み殺されたという突拍子もないデタラメな死因の偽装は、あまりにも悪手と言えた。


ここから何が見えてくるのか…というと。

バサネラル・カルテルは今回の事件を利用し、笹壁 亮吾の身柄を再び拉致しようと考えたのである。笹壁の評判が下がることにより科学者としての仕事は減り、必然的に厳重な警護は薄くなる。


もはや警護対象ですら無くなった一般人を攫うことは赤子の手をひねるよりも容易い。日本という国はたとえ被害者であろうが、不祥事に巻き込まれたという事実に悪印象を抱きやすい、それまでの笹壁に対する意識が悪い方に傾けば上記の計画は遂行しやすくなる。


しかし蓋を開けてみれば、非難どころか世界各国の人々が笹壁に対する声援を送り、アメリカの世論すら彼を擁護する声が大きい。


カルテルはこれまで笹壁のしてきた功績に伴う名声と徳望を見誤っていた。一度はプロパガンダで世論の声を押さえつけたはいいものの、まさかギガントピテクスが証言するとは思わなかった。


計画とは大きく乖離したせいで、指揮していたグアトロが焦り笹壁の暗殺を命令。飛行機事故に見せかけて殺害しようとしたが、結局は失敗に終わり、原告として担ぎあげた遺族を証拠隠滅のために抹殺。粉微塵に遺体ごと消し去ろうと考えていたが、隠していた死体がFBIに見つかり計画もおじゃんになった。そこからはずるずると協力者を摘発していき、計画の全容も取り調べで明らかになり、プロパガンダを作成した大手ネットメディア内や政府の中にも複数のシンパ及び賄賂を受け取った協力者がいた事から、一応調査は継続していくという。


つまるところ今回の事件の顛末は、計画が頓挫して焦ったカルテルが自ら墓穴を掘って自滅したという、なんとも呆気ないものとなった。


FBIは皮肉混じりに『こんな、素人と見間違うほど馬鹿なバサネラル・カルテルは今まで見たことがない』と苦笑した。




起訴内容が全くのデタラメであったことが功を奏し、晴れて政府と研究者らは無罪となった。




アメリカで起きた一連の騒動から、笹壁はダンクルオステウスの調査を一時的に断念し、急遽帰国することとなった。暗殺未遂が行われたということもあって、旅客機は専用のものを使用し、より厳重な警護を形成するに至った。


一般人にここまでの対応をするのは如何なものかと一部政治家から反発はあったものの、状況を鑑みて適当な対応と言えることは誰が見ても明白だった。帰国後は自宅に戻りしばらく静養した後、暫くは国内の調査に従事することを本人も了承した。



「中途半端な感じで、なんか落ち着かないですね…」


「まぁ、状況が状況ですし…調査に関しては引き続きアメリカのチームが継続していく予定ですけど…まぁ、悔しい気持ちも分かります」


ひさし村の自宅で茶をすする2人。笹壁 亮吾と桃谷 千歌はアメリカの調査の動向を、局長の錦戸を通して逐一確認していた。調査の離脱はのっぴきならない理由があるものの、くだらない原因で帰国せざるを得ない状況には、悔しさを感じざるを得なかった。


笹壁の帰国に際して、秘書の桃谷は事務局から、彼の身辺をサポートするよう仰せつかっており、ここ数日は事実上の同棲が続いていた。大きなキャリーケースを転がして自宅前にやってきた彼女を見た時、笹壁は心底驚いたが、特段不純な気持ちを持ち合わせていなかったため、つまづくことなく2人暮らしがスタートした。


笹壁の自宅周辺にはいつの間にか臨時の駐在所が建設され、24時間体制で彼の警護が行われている。


これまで色々な場所を飛び回り、調査を続けてきた彼らにとって今回の束の間の休息は、かなりの好都合だった。久方ぶりの安息を、見慣れた田舎風景と共に過ごすことが出来る…こんな贅沢な休みがあるだろうか。


季節は夏。

涼しげな風がたなびく笹壁邸、団扇を仰ぎながら風鈴の音に耳を傾ける風流な雰囲気を満喫していた彼らの下に、珍客が訪れた。




「…花神教授、に…おまえ」


「ワヴッ…」


ふさふさの金色の毛並みを揺らしながら、颯爽と現れたニホンオオカミ。

彼も彼とて、久しぶりの帰郷であった。








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