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『茶啜ってたら、ニホンカワウソが来た』

「ニホンカワウソ?」


「えぇ...しかしどうなってるんですかこの裏山は...ニホンオオカミに続いてニホンカワウソまで...」


「もしかしてこの子も絶滅した...?感じの」


「そうです、ニホンカワウソは1979年を最後に目撃例はなく...2012年に絶滅種に指定された生物です...信憑性の低い目撃例はあったんですよ?しかしですな...確証には至らず」


「でも、いま目の前にいると」


「えぇ、もう今、わたし卒倒しそうです」


「...で、どうしますか」


「どうしようも何も...いやどうするか...これほどの生物、おいそれと触れないですし」


ふとその時、ニホンカワウソは器用に窓のふちまで登ると、トコトコと歩いてちゃぶ台の上にゴロンと丸く収まった。まるでコタツで寝る猫のようだ。


「...」


「...どうするんですかこれ」


「と、とりあえず刺激しないように...」


花神さんは、静かにその場から立ち去ると電話をかけ始めた。


「うん、うん...今すぐ来て。え?お昼ご飯?そんなものよりも凄いのが見られるぞ、ニホンカワウソだ...ニホンカワウソ」


どうやら誰かを呼んでいるようだ。



「あ、あの...誰に?」


「実は、大学の研究室に所属する学生も何名か来ておりまして...大勢で来るのはどうかと思い、隣町に置いてきたんですよ」


「なるほど...」


「あっ、すいません...興奮しすぎて、了承貰う前に呼んじゃいました...無理なら来ないように電話しますが」


「いや、全然。裏山に入らないのなら来てもらっても」


「そ、そんな真似できませんよ...この裏山は日本国が厳重に管理するレベルの超々貴重な自然遺産ですよ...おいそれと踏み入れませんて」


「まぁ、それなら...なによりです」


1時間後、家の前にこれまた数台の車が停った。白衣を着た若い男女数名と、警察官が降りてきた。


「また警察...」


「すいません、笹壁さん...山形県警としてもこの事態は見過ごせないわけでして」


警察のうちの一人であるスーツを着た壮年の男性がそう呟いた。制服警官とは違い、結構偉い地位に就いているようだった。

一方、学生は花神教授を見つけるや否や、彼よりも興奮した様子でニホンカワウソの件を聞いていた。


「あ...もしかしてちゃぶ台の上に乗ってるのが」


「ほ、ほんとだ...あれは間違いなくニホンカワウソ。なんて神秘的なんだ...」


「こらこら、あんまり騒ぐとあの子がビックリしちゃうでしょう」


学生の一人が、ちゃぶ台の上に乗っているカワウソに気づくや否や、興奮した様子で凝視した。


「...あの、この子。どうするんですか」


「ひとまず...ニホンオオカミと同じように厳重に保護した後、なんら健康状態に問題の無いようでしたら、どうするかを決めたいと思います...あとは、今回ニホンオオカミ並びにこのニホンカワウソがどこに生息していたのか...ということに関しては、マスコミに対する情報規制を敷きたいと思っています。裏山の警備のためですね...その辺は県警の春島さんに」


「申し遅れました、山形県警の春島です。今回の件で警察庁から招聘されて来ました、裏山に関する警備等々を受け持つことになりますのでよろしくお願いします。もちろん、プライベートは遵守するつもりですので私領に許可なく立ち入る気はありません。あくまでこの村にある貸家に泊まり込む予定です...2日おきに県警の人間が来る予定ですので悪しからず」


壮年の警察官、春島さんはそう告げると頭を下げてそそくさと去っていった。恐らく泊まり込みになる貸家に向かったのだろう。


「...なんか事が大きくなってますね」


「そりゃそうですよ」


「あ」


ここでふと、動物病院に行った際に聞いた東京のアニマルホスピタルの話を思い出した。


「ニホンオオカミを動物病院に連れてった時に、そこの獣医さんがリムテックアニマルホスピタルに連れてった方がいいみたいなことを言ってたんですよ」


「はいはいリムテックですね。なるほど、その獣医さんなかなかに優秀ですな」


「あの、リムテック...って?なんです」


「東京にある獣医学の総本山みたいな場所でしてな。前身は国際動物医療センター、うちの研究室にも将来的にそこに就職したいと熱望する者が多いんですよ」


「へぇ」


「恐らく、その獣医さんがリムテックを勧めたのは、獣医学の権威と呼ばれるアイザック・ジェイコブ氏が居るからでしょうな」


「アイザック・ジェイコブ...?」


「今現在、最も腕の立つ獣医師のうちの一人です。こと内科においては右に出るものはおりません。近いうちにこちらへ呼ぶ予定でした」


「なるほど...これならオオカミも、この子も安心ですね」


「えぇ、彼に任せれば安泰でしょうな」


その後、ニホンカワウソが寝たのを見計らって。中がクッションでおおわれた大きな動物用のケージに入れて花神さんらは隣町に去っていった。残ったのは警察官数名のみ、今後は厳重な警護のもと村で生活しなければならない。少しだけ窮屈ではあるものの、それよりも裏山の動植物の豊かさにある種の感動を覚えつつあった。








3日後


テレビをつけると朝からニホンオオカミとニホンカワウソが発見されたことがニュースで取り上げられていた。現在どこで保護されているのか、どこで発見されたのかは公表されておらず、少ない情報量でありながらも、有名人の結婚報道レベルで朝から晩までワイドショーを賑わせていた。


SNS上でも、今回の件はかなり話題になっているようで。自然の豊かさや、他にも絶滅した生物が生きているのではないかと言った憶測が飛び交う中、やはり最も白熱したのは、生きているニホンオオカミとニホンカワウソを拝むことが出来るのか否か...という点であった。


環境省の見解では今のところ、自然に返すのか厳重に保護するのかは定まっていないとの事だが、世論的には厳重に保護、なんなら一度でいいから写真や映像を見てみたいという声が多数挙がっていた。


完全にパンダ状態である。いや、パンダよりもフィーバーしてる。


今回、絶滅種2体が短期間で見つかったという事実は日本のみならず世界中でも拡散され、大きな反響となっていた。特に世界的権威のある数々の大学に所属する生物学者たちは、自国でも絶滅種が見つかってないだけで、未だにいるのかもしれないと本格的な調査に乗り出したようだ。


今回の流れが今後の生態系にどう影響してくるのか気になるところである。

そんな矢先、大学時代に知り合った埼玉の友人から一本の電話があった。



「もしもし?」


『おぉ、もしもし...そっちは今、朝か』


「朝...?なに海外にでもいるの」


『おん、いまオランダいんよ』


「オランダ?なんで」


『卒業後、外資系の会社に就職してよ。優秀ってことで、本社のあるオランダに来たわけよ…いいぜ、オランダ。俺の彼女オランダ人なんだけどよ、これがまためちゃくちゃ美人なんよ』


「ほんで?電話した理由は?」


『ほらお前、会社潰れて田舎帰るって言ったろ?で、暇かなーって思って』


「で、オランダまで来いと」


『そういうことよ』


「...急すぎるだろ」



大学時代、海外旅行に行った時のパスポートがあったはずだと戸棚を探す。近いうちにまた海外旅行に行くかもしれないと、5年でなく10年の有効期限を有する、いわゆる赤色のパスポートを持っていて良かった。


期限が切れるまでちょうどあと2年、そろそろ更新時だろうか。



「パスポートはあるけど...」


『なら来いよ、金はこっちで払ってやるから』


「ほんとだな...?てか目的は?」


『...実は俺の彼女の友達がよ、すこし複雑な事情で彼氏を家族に紹介しなきゃならんらしい』


「ほう」


『でも、本当は彼氏いない...だから信用できる人を彼氏役に任命してくれってさ...てわけでお前に頼みたい』


「マジで言ってんのか、それ現地の友人とかに頼んだ方がいいんじゃ...?」


『いや、現地に友達はいない』


「...あぁ」


『なんだよ、「...あぁ」って。いいだろ!彼女いるんだから』


「まぁ、彼女いるならいいんじゃねぇの。てか本当に金払ってくれるんだよな」


『モチのロンだ』


「古いんだよ...」



急遽オランダに飛び立つことになった。

一応、裏山の警備をしてくれている春島さんに事の顛末を伝えた後、その日の夜にパッキング、翌日の午後の便のチケットを取ってリフトオフした。








ドーッ




ドーッ


オランダでは鳥が鳴いていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 現地に友達はいない……すごく悲しいフレーズ……
[一言] 主人公が特異点説ありそうw それにしてもお金は友人持ちで オランダにまで呼び出されるって 本当に他に手立てがなかったんやろなw
[一言] ○ケージ(cage):檻 ×ゲージ(gauge):定規、計測器、計器 誰なんだろね、間違った言葉を広めたのは 業者ですら間違ってるのを見ると恥ずかしくなる…
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