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『夜空眺めて湖見つめたら、月光輝く水面にプレシオサウルスが出た』

オカルトという存在に対する印象は胡散臭いの一言に尽きたが、目の前でガッツリとこちらを凝視する巨大生物を視認しては、そう易々と疑心な目を向けることが出来なくなった。


子供の頃、一度は本やテレビで見た幻の存在を確認できたことに感動を覚えるが、今まであらゆる媒体でその存在を知っていたが故に、初めて遭遇したという新鮮な感覚はなかった。


絵やCGでは感じ取ることの出来ない生き物ならではの体温と、肌の感触、真っ青な炎が燃え盛るような美しい瞳、穏やかな表情。化石で見たプレシオサウルスに比べて、鋭い牙は無く、大きさもほんの少しだけ小さく感じられる。


彼らも長年生きてきた過程で環境に順応するため進化していることは、重々承知しているが、逆にここまで姿を変えていないことに驚きを隠せない。恐らく、この凛々しくも優しい姿を一枚写真に収めただけでソレは超貴重な研究材料になるだろう。


もう少し漕いで、手を伸ばせば触れる位置に居るものの、残念ながら不用意に触れ合うことは、つい最近できたイギリスの法案に反してしまう。


「めっちゃ守られてるぞ、おまえ」


ネス湖に潜む巨大生物保護のために制定された法律は、以下の通りである。

生物に対する無許可の接触を禁ずる、ただし生物側からの接触は例外とする。

生物に対する無許可の餌付けを禁ずる。

生物に対する暴力行為を禁ずる。

ネス湖への不法投棄を禁ずる。

生物への意図的な接近を禁ずる(生物から半径15m以内)、ただし生物側からの接近は例外とする。


これ以外にも約8個の法案が可決された。

法律によって守られた特別な存在。過保護にも程がある。


口を開け小さく鳴きながらこちらへと近づいてきたネッシーは、船体に頭を寄せると、船首に括り付けられた停泊用のロープを口にくわえそのまま泳ぎ始めた。


「ちょ、どこに…」


止めようとしても言葉が通ずるはずもなく、船を引くようにしばらく遊泳するとやがて桟橋付近にたどり着いた。

このまま沖合に出されていたら…という不安は杞憂に終わったが振り返ると、その姿は無く、再び湖底へと潜り帰って行った。

わずか数十分の出来事に若干、夢見心地だったが、船から降りたと同時に、俺はベッドへと戻ることにした。




翌朝。

拠点に併設された食堂で朝食を摂っていた際に、昨夜のことを思い出した。



「そう言えば昨日、プレシオサウルスに遭遇しましたよ。」


『!?ッ』


朝っぱらから驚愕の事実を投下したせいで、椅子から崩れ落ちる者もチラホラ。


『ど、どこで!』


「ここから離れた沖合です。夜中に起きて桟橋で休憩してたら、遠くに影が見えたもんですから急いで手漕ぎのボートで…おかげで腕がパンパンですよ」


『てことは、監視カメラに写っているかも…直ぐに確認を!』


忙しなく動き出した研究員を尻目に、朝食のヨーグルトを頬張る。


「さ、笹壁さん。本当なんですか?」


横で朝食を摂っていた桃谷さんに問われたので、間違いないと返すと興奮した様子でパンを口に詰め込んでいた。


朝食後開かれた緊急の会議では、拠点にいた全研究員が集められた。

解析した監視カメラの映像では、昨日、俺がネッシーにボートを引かれ帰宅した様子が映っており、そのまま帰っていく姿も確認された。


これには一同大きな歓声があがった。

手がかりが一切掴めず消沈していた昨日とは大違いの気合いの入りように、予想外の筋道で発破をかけてしまったと苦笑いをうかべる。


ネッシーがいることが確実となったことで、調査の範囲を絞ることが出来た。



『まずは昨日、人類で初めて公式にプレシオサウルスと接触したミスター笹壁に賛辞を送りたい。みな拍手を』


大勢の人から向けられる拍手に思わず照笑をうかべる。


『まぁ、私を叩き起してくれなかったことには少々恨みを覚えるが…それでも彼の功績は調査を始めて以来の快挙と言っても過言ではない。さて…前置きはこのくらいにして』


真剣な様相のミケランジェロは、投射された昨日の監視カメラの映像を指しながら言った。


『この子を確実に保護する。出来ればここネス湖の中で絶対なる安寧を保証するために我々はありとあらゆる危険因子を取り除かなければならない。この子の存在はいずれ公になることは確実だけど、その後の全面的な保護及び支援は急務だ。今後は生態の調査と同時に保護するための本格的な整備をする必要がある。従って、今まで地道に調べてきた研究段階から一歩前進したとことを皆に伝えたい』


「…」


『調査段階レベル2 |Project Conservation《保護計画》 を実行する』



さながら指揮官のように全研究員に伝えるミケランジェロさんは、いつにも増してナイスガイだった。



話し合いの結果、調査の方法を改めることとなった。

主な調査時間を夜に移行し、警戒心をできるだけ取り除くため遠方からの監視の他、ソナー船や潜水艦は使わず、エンジンも必要としない手漕ぎのボートひとつを使用することにした。乗員は極力人員を減らして近づきやすくするための2人のみ。音声および映像を残す記録係と接触係だけとなった。


夜までの間、ありとあらゆるプランが練りに練られ、プランAからプランUまで数多のパターンの予測が行われた。


ちなみに、昼の間はボートに括り付けられていたロープからDNA採取が行われた他、聴取による詳細な姿かたちがこと細かく描き取られ、無駄な時間は一切なかった。


また監視カメラの映像に記録されたという事実を上に報告した他、より一層な警備の厳重化が図られた。




そして夜、全研究員が拠点の中から息を殺して冷や汗を流しながら監視する。ジーッとモニターを観察しながらその姿を映るのを待った。

やがて、見覚えのある影が水面に姿を現したことを皮切りに、外に出た。


乗員は俺とミケランジェロのみ。接触は俺、記録はミケランジェロ。

拠点を出る時、まるで試合前のボクサーかのごとく声援を受けながら桟橋へと向かった。



船に乗り込み、オールを漕ぐ。姿を現した場所は昨日よりも少し遠い場所だった。漕ぎ始めて23分、ついに近くまで到着するとそのままじっとその姿を観察した。今にも感涙を流しそうなミケランジェロさんは、その感情を押し殺してカメラをひたすらネッシーに向ける。


奴はこちらの姿をゆっくりと動きながら確認すると、まるで再会を喜ぶように鳴き声をあげながらこちらに近づいてきた。



「昨日ぶりだな」



返事に対して嬉しそうにぐるりと回るネッシー。

種族の垣根を越えて行われるコミュニケーションに生命の神秘を感じた。


ふとネッシーは見せつけるように自身の体を横に回転すると、肌の色を変色させた。


赤、黒、緑、灰、茶。カメレオンのように次々と肌の色を変えると、凄いだろと言わんばかりに船の周りを泳いだ。


なるほど、これなら今までの長い歴史でネッシーが見つからなかった理由がわかる。ネス湖の水は濁っており、土が溶出した茶色に近しい水質だ。そんな天然のカモフラージュに、相乗する変色という特性。視界の悪い湖の中なら無敵の擬態能力だ。


だとすれば擬態をものともしないソナーに反応しなかったのは何故だろうか。疑問が疑問を呼ぶが、思案するのは拠点に戻ってからだ。


我々はしばし、眼前の幻の生物との戯れに興じた。






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