イギリスからの依頼
唐突だが、ズグロモリモズという鳥を知っているだろうか。
ニューギニア島固有の鳥の名前で、その他5種を総称してピトフーイと呼ぶ。
大きさは街中でよく見かけるムクドリ程度で、重さは65gと、さほど大きくはない。南国特有の特徴的な色合い故に、日本の空を滑空していたらまず目立つに違いない。
ただこの鳥の特徴は色合いではなく、その特殊能力にある。
もしもアナタが、ニューギニア島でディスカバリーチャンネルが如く、裸一貫でサバイバルをすることになったら。
耐え難い飢え、ようやくありついた貴重なタンパク源がこのズグロモリモズだったとしよう。熱湯をかけて、羽をむしり、枝をさして、火を通し、まるで居酒屋の焼き鳥のように頬張る。
うまいうまいと咀嚼し、飲み込んだ結果どうなるか
『死ぬ』
そう、死ぬのである。もちろん人間が。
このズグロモリモズ、羽と筋肉にヤドクガエルと似た毒を持っている。
毒を持つ鳥は数種類いるが、その代表的な例がこの鳥である。毒を持つ虫を食べ、その毒を体内に保有し、獲物から安易に捕食されないようにする、生存競争の上で毒という最大の武器を手に入れたこの鳥は、今や絶滅危険度低レベルの地位を欲しいがままにしている。
食物連鎖という残酷なカーストを覆す最大の武器は、他者を死に至らしめるほどの圧倒的な武器だ。虫のほとんどが毒を持っているのも、カースト底辺の地位にいる彼らが、唯一捕食者に一矢報いるための苦肉の策に過ぎない。
その苦肉の策を、いつの間にか身につけていた生物がいることが研究でわかった。
「ドードーが毒?」
「えぇ」
「...自分とか...あとカローラさんとか...ドードーと少なからず触れ合った人は毒の影響を受けてると?」
「ソレにかんしては、だいじょうぶです。わたしも、ささかべさんも、humanにはきかない、とくしゅなどく...」
「そんなものが地球上にあるとは...」
「Avocadoですよ、ささかべさん」
「え?アボ...?」
「あぼかど...Nachosによくつけるアレです」
「へぇ...アボカド。」
森のバターと名高いオシャレ食材、アボカドは人間以外の生物が摂取した場合、強力な毒薬に変化を遂げる。アボカド内に含まれるペルシンという殺菌作用のある成分をもしも鳥類や犬、猫なんかが摂取した場合『痙攣』『呼吸困難』『心筋の損傷』『嘔吐』『下痢』等、動物によって様々な症状が発症する。
標本や化石を調べた限り、ペルシンを保有する個体は見られなかったが、今回保護されたドードーは、羽や筋肉はもちろんのこと、嘴の下にある特殊な毒腺から濃縮したペルシンを分泌することがわかった。
ドードーのクチバシは甘噛みである分には問題ないが、本気で噛まれれば傷を負う程度に鋭利で、もしも外敵が襲ってきた場合、クチバシで小さなかすり傷一つつけるだけで、相手は死と隣り合わせの危篤状態になるという。
日本で発見されたニホンオオカミは、独自の進化を遂げていたことが明らかになり、世界的にも様々な憶測を呼んだが、ドードーも例外でなく、論文が出来次第大々的に発表され、全世界の生物学者の度肝を抜くのだとか。
思えば、ギガントピテクスも文献で記された大きさより巨大化していた。絶滅したと思われる生物が新たに見つかり、更に独自の進化を遂げていたともなれば、未だ見つかっていないだけで環境に適応した絶滅生物がまだまだ居ると考えられる。
なんなら、今までUMAだと思われていた生物が実は絶滅生物でした...なんてことも有り得るわけだ。にしても、モスマンやチュパカブラは到底存在しているとは信じきれないが...。
保護されたドードーは個体の研究の傍ら、繁殖の研究も行われており、国をあげた一大プロジェクトとなっている。抜けた羽毛や糞でさえも、研究材料としてはかなり希少で、アメリカの経済誌によると、もしもドードーの老廃物がオークションにかけられたら、数十万ドルから数百万ドルはくだらないという見立ても出ている。
なお、今回の展示にあたって惜しくも抽選が外れてしまった人に対しての救済措置は既に検討されているらしく。二度目の展示に際した二次募集をする他、展示ルームに設置された小型の定点カメラをYouTubeから生配信する試みも行われるという。
現在、絶滅動物が同時多発的に発見された事象について様々な憶測は飛び交っているが、そのどれも信憑性には乏しい。原因の解明をするべきだと言う科学者もいる中、シンクロニシティのように説明の難しい超常的な現象であるという見方も多数あり、世界的な議論になりつつある。
いずれにせよ注目度は非常に高く、かの風刺芸術家による絶滅動物を描いた作品がニューヨークの街に突如現れるなど、何かと人々が騒ぎ立てる話題になっている。
オランダ滞在3日目、午後に帰国を予定していた笹壁の元に緊急の連絡が入った。
「スコットランド?」
「はい、数年前から確認されていた謎の巨大生物の調査...が依頼の内容でして。昨今の絶滅動物の連続的な発見を機に、国をあげて本格的に調査したいと」
「...なるほど」
「で...その、調査場所なんですけど...。ネス湖って知ってますか?」
「あぁ、はい。ネッシーの」
「...まぁ、そうですね。その、今回の依頼は巨大生物と言いましたけど...」
「まさか...ネッシー探せって依頼ですか」
「...はい」
「いーや、無理無理無理。ネッシーは無理でしょ...」
スコットランドもとい、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国。通称、イギリスからの依頼は、かの有名なネス湖の怪物、ネッシーの捜索であった。
「...生物学を学ばれていた桃谷さんに質問しますけど...ネッシーっていると思いますか?」
「...ゼロではないかと」
「ホントですか?」
「ま、まぁ...断言はできませんけど...。」
「...今まで見つけてきた生物って絶滅はしたけど化石とか標本が残ってるやつですけど...ネッシーにいたっては、完全に架空の存在じゃないですか」
「まぁ、一説にはケルピーだとか...些か疑わしいものもありますけど。でも、何らかの理由で古代から首長竜が生きてたとしたら、ありうると思いますよ」
「...竜って。もうほぼ架空じゃないですか...それに、なんか数年前にネッシーの正体は巨大な鰻であるって発表してた学者をニュースで見た気が...」
「ま、まぁ!国のご依頼なんでね。やりましょうよ、笹壁さん!見つからなかったとしても誰も笑いませんて」
「...なんか生物学者からオカルト研究家のレッテルに、すげ替わりそうな依頼だな...」
ホテルを出る笹壁の足取りは重たかった。