ドードーと笹壁
元旦、オランダでは世界を巻き込む一大ニュースが発表された。
開園から183年、アムステルダムの中心に位置するオランダ屈指の動物園。アリティス動物園にて、期間限定約2週間の短期間ではあるものの、ドードーの展示が行われることが発表された。
観覧は抽選で、一日限定100組の超難関。世界中のセレブがあらゆるコネを使ってその権利を勝ち取ろうとしていたが、オランダ政府は権利を売買する行為や、競売にかける行為は禁止事項とし、平等な抽選を行った。
オランダ国民の大半が抽選に申し込んだ他、北アメリカからアフリカまで、インターネットの繋がる国の全てから少なくとも、それぞれ1万人以上の応募があり、国内の巨大サーバーがフル稼働状態だった。
抽選の中には幸運にも日本人が2名居り、そのうちの一人が偶然、テレビでよく見かける大物芸人だったことは連日ニュースで取り上げられるほどだった。
超高倍率の抽選のさなか、幸運にもドードーを発見した張本人として、オランダ政府に招待された俺は、日本政府からも背中を押され日本を発った。
国賓待遇で迎えられた俺は、滞在初日に首相に挨拶しに行き、翌日には国王に謁見することになった。桃谷さんや、外務省から派遣された外交官が傍らに居てくれたものの、英語の疎さに定評があった俺は終始愛想笑いをしながら頷くしか能がなかった。
オランダのドードー展示に伴い、世界各国の反応は多種多様で、既に絶滅動物の保護に成功している日本とインドでは、この動きに乗じて我々も展示を行うべきだという声が多数相次いだが、インドは乗り気で日本は完全に首を横に振っていた。
インド国内において、ギガントピテクスの人気はうなぎ登りで、ボリウッドの映画ではギガントピテクスを主題とした映画の版権を奪い合うほどの白熱さを見せていた。森の賢者を、猿の王として崇め奉り、ハヌマーンの再来と声を高々に上げる者も少なくはなかった。
これだけ国民の興味が高ければ当然国側も同様の姿勢を見せており、いずれは彼らの中から1~2匹を、国内の動物園に移送する考えを示している。それに伴った動物園の選考や、セキュリティの厳正化推進で計画は思うように進んでいないようだが、展示に関しては前向きな考えを見せているのが現状である。
対して日本は、かなり慎重に事を進めているせいか、そもそも展示するしないの領域に入っていなかった。
研究をするか否か、したとしてもどれほどリスクがあるのか、同種の追随的な発見はあるのか...様々な疑問を検証している段階の日本では、展示という選択肢は今のところ論外である。
国側も当然、絶滅した幻の生物二匹を見たいという気持ちは分かっているが、如何せん個体数がわずか一体のため、無闇矢鱈な真似は出来なかった。この方針については賛否両論様々な声があるが、今のところ世の中の意見は賛成が半数以上を占めており、これが内閣支持率にモロ影響していた。
さて、今のところ絶滅動物発見に至っていないとある先進国では異常なほどの焦りと、熱心な研究が行われていた。というのも、アメリカ合衆国では、何としてでも絶滅動物の発見をしてみせると、かの破天荒な大統領が宣言してしまったため、世界のリーダーとしてのプライドが国民を駆り立てている状態となっていた。
宣言したからには逃げ場がない...否、それ以前に他国に先を越されてどうする...と、超絶躍起になって現在進行形で捜索中である。ハーバード、MIT、さらにはGoogle等のIT企業、NASA、陸軍、海軍、空軍、海兵隊、宇宙軍、様々な分野に専門のチームが作られ、片っ端から研究が行われている。
一度、アメリカの西海岸沖にて巨大な魚影が発見されたというニュースもあったが、真相は分かっておらず、如何せん難航していた。
その他先進国は、それほど必死になって捜索しているアメリカを遠目で見ているのが現状であり、世界有数の組織や機関が躍起になっている様に若干引いていた。資本主義大国アメリカが無理なら我々も無理だろう...と思うのも無理からぬ話だ。
そしてアジア圏でも有数の経済力を誇るチャイナマネーこと中国は、何をとち狂ったか、莫大な予算をかけて我々は麒麟を見つけると発表した。
これに関しては、他国はノーリアクションを貫いた。唯一、日本のネット掲示板が愛のあるツッコミの嵐を送ったのが救いだろうか。
エイプリルフールは3ヶ月も先である。
今や、絶滅動物の個体別保護数1位の日本を羨望の眼差しで見る国も多く、外務省を通して日本国内の研究者に様々な依頼が届くのは日常茶飯事になっている。特に、既に世界的に名高いミスターササカベを招聘する声が多く、高い報酬を支払う約束もされている。
彼の身を案じて、日本政府は厳重な護衛をつけることとしているが、国外へ向かう際はそれに付随してその国の精鋭部隊が彼の周りを囲むことが常である。
というのも、近年不穏な存在が明らかになったことが要因している。笹壁がインドにてギガントピテクスの発見をし、日本に帰国した直後、アメリカのFBIが10大最重要指名手配犯に追加した人物と、インターポールが発表した国際指名手配犯が同一人物だったのである。
奇しくも同様の人物でありながら、それぞれの容疑は異なり、FBIはメキシコ アメリカ間における麻薬取引の最重要人物として、インターポールでは国際的な密猟組織の中枢人物として一人の男を指名手配した。
名は バルロ・エル・グアトロ。麻薬カルテル 『バサネラル・カルテル』の主要幹部にして、密猟組織 『No.91』のトップのうちの一人とされている。インドの密猟者を斡旋したのは彼とされており、近年問題になっている日本領海内における赤珊瑚の密猟にも関わっていることが分かっている。その厄介さは折り紙付きで、国の内部と繋がり、安易に手の出せない形で密猟を行うことから、他国の捜査を困難なものとしている。
主にメキシコや中国、ブラジルの一部の政治家と繋がりを持っており、民間軍事会社を裏から運営していることから、容易に手を出すことは出来ない。一度メキシコが潜入捜査官を送り込んだ際には、語るのもおぞましい結末を迎え捜査を中止したという。
アメリカは、いずれ発見するであろう絶滅動物保護の弊害になりうるとして、今現在彼の周りを徹底的に潰しているらしいが、確実にその身柄を確保できるのは目処として数年を要するという。
そんな男が笹壁に目をつけないはずがないとする見方も多く、笹壁の警護は厳重になっている。
さて、そんな当の本人はさしてこの状況を深刻に受け止めることもなく、一足先にドードーと再会して喜びを感じていた。日本と違って、消毒殺菌の後、ゴム手袋をしていればドードーと触れ合えることが出来ると聞いた笹壁は、遠慮なく展示ケースの中に入り、存分に触れ合った。
「元気だったか?」
「ドーッ!」
相変わらず笹壁に懐っこいところは変わっていないようで、嘴で甘噛みしながら胡座をかいた懐に潜り込んでくる様は、長年連れ添ったペットと飼い主のようだと、現地職員を驚愕させた。これほど擦り寄ってくることは餌を与えている担当の職員でさえ無いのだという。
一度、笹壁から特殊なフェロモンが出ていて、それが特定の動物に対するマタタビのような要素を発揮しているのではないかという疑念から、彼のDNA等をオランダが採取したこともあったが、未だ特定の何かが検出されてはいないとのこと。
となったら、神秘的な何かの力が働いているようにしか見えないが、本人の出自を辿ってみてもこれといった記録はなかった。
動物に、それも異様なほど好かれる体質である。としか現状、言いようがない。