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帰国したその日に

帰国したのはギガントピテクス発見から10日後のことだった。ボス猿の容態は安定し、今では一日約60キロの餌を余すことなく平らげているという。保護後、彼らの食生活はかなり変化したようで、それまで草木を食べてきた彼らにとってバナナやリンゴといった果物類は、それはそれは魅惑の食べ物と化していたらしい。特に味を気に入ったのはグワバやマンゴーといったトロピカルフルーツで、間食として出されるフルーツの盛り合わせは既に彼らの大好物だという。


夏になったら日本のスイカでも送ってあげようかと、花神教授と話し合っているところだ。


ギガントピテクスといえば、今まで主食が竹や笹とされており、雑食の可能性が高いと推察されたのはつい最近の出来事だという。彼らが絶滅した理由は、かの上野動物園の人気者、ジャイアントパンダに笹を巡って淘汰されたという面白い理由で、ここインドで生き残ったわずか9体は、笹ではなく木々を主食とすることを選んだが故に、今日まで繁栄をし続けられたと花神教授は考察していた。


個体数が少ないのも、繁殖より食料の確保に重きを置いた生態系を形成していた可能性が大きく起因していると思われる。子供を産むペースは必要最低限であり、食料である植物を枯らさないように木々を転々と捕食しているその様は、かつて食糧危機に喘ぎ絶滅寸前まで追い込まれた彼らの過去が強く影響しているように思えた。


史実より体が大きいのも、太い広葉樹をへし折るために力をつける必要があったのと、サイや象が生息する地域で生き残る上で、彼らとの闘争に負けないように進化の過程で強さを選んだからという考えが定説になりつつある。


検査してみたところ、たとえ通常のオランウータンサイズに縮尺したとしても、その筋肉量はゴリラを上回り、子供の個体でも自然界で十分に通用する強さを持っているらしい。ただ、性格は極めて温厚で、比較的人間になつきやすい傾向がある。


なにより一番世間を賑わせたことは、彼らが恐らく地球上で二番目に頭の良い生物になりうるという点だ。一番目が人間だとしたら、二番目がギガントピテクスということになる。体の大きさに合わせて脳も肥大化し、物事を考える能力が他の霊長類に比べ格段に高く、教え込めば、道具の使い方や手話、簡単な料理すらも容易に会得できるポテンシャルを秘めているという。


森の賢者とはまさにこの事。強さと頭脳を両方兼ね備えた自然界の天才動物こそがギガントピテクスである。このスペックで凶暴性が極わずかであったことが今回の調査における何よりの救いであった。

でなければ、動物パニック映画さながらの展開になっていたかもしれない。

リアルキングコングは御免被りたい。






調査を終え、帰国した俺を待っていたのは眩いフラッシュの嵐だった。

よくオリンピック選手や海外スターが帰国、来日した際に、マスコミが焚きすぎだろってレベルでフラッシュをチカチカとさせている映像が、午後のワイドショーなんかで流れているが、まさか自分がその当事者になるとは思わなかった。


出国する時はそれらしき人間すらいる気配がなかったのに、今では至る所に記者が列を生している。花神教授ですら何が何だか分かっていなかった。柵越しに手を振る大勢の人々が我々の名前を叫んでいる。

中には俺の事を『笹壁博士』なんて呼んでいる人もいるが、俺は博士号を取った覚えはないし、『みんなもポケモンゲットじゃぞ』と言った覚えもない。


どういう経緯で、【元会社員 笹壁亮吾さん 28歳 男性】から【笹壁亮吾 博士】に変わったのか、皆目見当もつかない。フラッシュを浴びながら困惑の表情全開で歩みを進める。テレビのアナウンサーと思わしき人から何か質問が飛んできているが、周りが騒がしすぎて何言ってるのか全然分からない。


とりあえず会釈だけしておいた。

キャリーケースを転がしながら移動していると、スーツを着た大人数十名が我々を出迎えた。その中には我が家の裏山を警備してくれている春島さんもおり、いよいよ只事じゃなくなってきた。


「初めまして私、内閣府特別機関 絶滅危惧種及び絶滅動物保護管理研究総合統括事務局局長の錦戸 智洋(にしきど ともひろ)と申します」


「同じく副局長の鈴木 光一(すずき こういち)と申します。お疲れの中大変申し訳ありません、このようなお出迎えになってしまうとは」


「いえ、あの...それよりこの事態は一体、何事(なにごと)ですか」


噛んでしまいそうな肩書きの錦戸さんが、事のあらましを噛み砕いて説明しだした。



数日前、インドのネロー首相が(おこな)ったギガントピテクス発見及び保護に関する記者会見において、日本の笹壁 亮吾氏が多大な貢献をしたと発言したことを皮切りに、世界各国ではミスターササカベの名が波紋の如く急速に知れ渡った。


その影響を当然、笹壁の母国である日本国が受けないはずもなく、経歴にして4種目の絶滅種発見の功績を各所メディアが讃えた。それまで、テレビで取り上げられる絶滅種の話題といえば、動物主体のテーマが大半を占めていたが、今回の大発見の影響で、世の中の興味は絶滅動物から笹壁 亮吾にシフトチェンジすることになった。


国民栄誉賞を与えるべきだとか、ノーベル賞を受賞するべき功績である...とか、とにかくメディアが持ち上げまくった影響で俺は今、話題の人になりつつあるらしい。マスコミもこぞって翌日の一面記事を彩るために、わざわざでかいカメラ担いで俺を撮りに来たのだという。


俺を新聞の一面記事にするなんて世も末である。こちとらただの一般人だぞ。


俺の写真が揚げ物の油切りに使われる未来は確定したところで、錦戸さんに言われるがままに車に乗り込んだ我々は、そのままホテルオークラに向かうこととなった。


チェックインを済ませ矢継ぎ早に向かった先は中央合同庁舎8号館と呼ばれる、内閣官房が入った大きな建物だった。普段なら立ち入ることすらない異様な雰囲気に怯えつつ、あたりを見回しながら館内を進むと、会議室と書かれた扉の真横に『内閣特別機関 絶滅危惧種及び絶滅動物保護管理研究総合統括事務局』と長ったらしく書かれた紙がデカデカと貼られた部屋に辿り着いた。


扉を開け、中に入るとそこにはオフィスと見間違うほどの大量のデスクが置かれた空間が広がっていた。

鳴り止まない電話、忙しなく動く人々。めちゃくちゃちゃんと仕事をしている場所に来てしまった。


部屋の中心に置かれた円卓には、大量の書類と多くの人間がまるで何かを話し合うように密集しており、そのいずれも雰囲気的に官僚でなく外部の有識者であることは察しがついた。それどころか、有識者会議や上野動物園の動物医療センターで見たことのある顔ぶれがちらほらいる。


名前からして絶滅種や絶滅危惧種を保護するために設置された事務局であることは予想していたものの、ここまで規模が大きいとは思いもしなかった。職員との挨拶も早々に錦戸さんは、今回我々が招かれたこの場所に関する詳細を述べ始めた。


「ここは入り口の張り紙にもありました通り、内閣府特別機関 絶滅危惧種及び絶滅動物保護管理研究総合統括事務局と呼ばれる場所です、出来立てほやほや、まだ正式な本部すら準備中の段階です。本部はおそらくこの建物内の別の部屋になるか、違う建物になるか…まあ場所が変わるのは必然的かと思われます。新設された部署にしては人員はそれなりに居り、私を含め総勢70人はいます。今後の状況に応じて人員の増強が図られるようです」


「実はこの部署は最近行われた有識者会議を機に設置されまして、一応管轄としては環境省と外務省が合同で構築している複合的な組織になります。今回、笹壁さんと花神さんをお迎えしました理由は、有識者として特別顧問という形でご協力を要請するかもしれないから...というか、するんですよ。」


「はぁ…なるほど」


「それに先立って本日、お二人をこうして本部にお誘いしたわけです。ご連絡が遅れたのは、笹壁さん達がインドに行っている間にこの部署が設立されたからでして…いずれにせよ連絡が遅れたこと、また唐突な案内になってしまい大変申し訳ありません」


「あ、いえ...それで、この部署は具体的に何を?まぁ、事務局の名前で大体は察することができますけど...一応詳細は聞いておきたいです」


「えぇ...では笹壁さん達が直接関わる上で絡んでくる事柄と、主な活動方針について部屋を紹介しながら説明します。ささ、こちらへ」


錦戸さんの説明によって分かったことは大まかに分類すると3つ。

国外の場合は外務省伝で要請があり次第対応する予定で、今回のインド ギガントピテクス捜索調査がそれに該当するという。


なぜ日本の部署なのに国外を担当するのかと問うてみたところ、幸か不幸か偶然にも今までの絶滅動物再発見は、全て日本人である笹壁 亮吾こと俺が深く関わっており、今後この部署に顧問として雇われることから、笹壁 亮吾への絶滅動物調査要請はこの部署を通して行った方が円滑に進むからだという。


つまるところ、笹壁 亮吾への調査要請は外務省を通してから行ってください。というわけだ。随分と大層な扱いを受けている気がするが、肩身が狭い。


2つ目は『レッドリストの策定及び管理』だ。

レッドリストとは、簡単に言えば絶滅危惧種が一覧でわかる資料である。どの生物が絶滅危惧種としてどのレベルに位置づけられるかというのを分かりやすく示したもので、今までは環境省が行っていたが、今回この部署が設置されたことで一手にその仕事を請け負うことになったのだとか。基本的に人員70名の大半はこの仕事を担っており、全国各地の有識者や地方自治体と協力体制を敷きながら作成するという。


そして3つ目。これは我々にも深く関係する事柄で『絶滅動物の調査及びそれに準ずる検査、捜索等々における諸々の申請を円滑に進める』という、分かりやすく言えば、絶滅動物調査する時に必要な面倒臭い過程を全てすっ飛ばすことができるという内容だ。国外を調査するときに必要な入国審査や、調査保護をする時に必要な報告や申請を、我々でなくこの部署が全て担ってくれるという訳だ。当然国外へ行く時は緑色のパスポート...公務として向かうための特別なパスポートを利用することが出来る。超ありがたい。


何せインドの入国審査ではかなり時間がかかった上に、ギガントピテクスを発見した際の、様々な申請で四苦八苦した。政府への報告から確認までめちゃくちゃ時間がかかった記憶がある。正直いって発見から帰国までの10日間はこの面倒臭い過程のせいで生まれたと言っても過言ではない。それだけ、絶滅動物の発見というのは国が絡むほどの重要事項なのである。


「なお調査に向かう際にはこちらの部署から所謂護衛官をつける予定です。国外でのトラブルがあった際に笹壁さんらを守ることの出来る人員を一人...あと、外務省から通訳兼秘書官も同行する予定です。いま、こちらにいるのでご紹介します...桃谷さーん」


「あ、はーいっ...」


名前を呼ばれ走ってきたのは小柄な女性だった。


「こちら、桃谷 千歌(ももたに ちか)さんです。」


「おっ...桃谷さんじゃないですか。久しぶりですね、花神です...覚えていますか?」


「あ!はい。大学時代はお世話になりました。」


「お知り合い...ですか?」


「えぇ、実は私のゼミに来ていた子でして。外国語学部にも所属していたので語学も堪能で...生物学にも精通している、すごい生徒でしたよ。あまりにも幅広く勉強していたので我々講師陣にも印象が強い子なんです。東大ではオールラウンダーの天才君子として半ば伝説でしたな」


「そこまで褒められると...恥ずかしいですって...」


東大出身で色んな勉学に精通している頭脳明晰人間。それでいて容姿端麗。



住む世界が違う人だ。



「どんな研究を?」


「藻です...主にマリモを」


「なるほど、北海道の丸いヤツですね」


「そうです、可愛いですよね」


そう言いながら彼女が取り出したスマホには、いつぞや流行った『まりもっこり』のケースが付けられていた。


「えーと、桃谷さんの紹介に戻っても...?」


「え、あぁ...すいません。どうぞ」


「花神さんは既に面識があるようですので...少し噛み砕いて紹介しますと。彼女は英語 中国語 ロシア語 スペイン語に堪能な外務省の官僚でして、今回この部署が設立されたことを皮切りに御二方の秘書官として迎え入れることになりました。今後の国外調査は彼女も同行する予定なのでよろしくお願いします」


「初めまして、桃谷 千歌です。よろしくお願いします」


「あ、よろしくお願いします」



奇跡の出会いと言うべきか...









なにせこの女性が将来の伴侶となるとは、この時ばかりは思ってもなかったのである。


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