『ピース吸ってたら、ギガントピテクスに攫われた』
人生で初めて装甲車に乗った。
武装した軍人に囲まれながら、国立公園の奥を目指す。広大な敷地を駆ける巨大な装甲車、座り心地はお世辞にも良いとは言えない。目の前に座る、ロシアの哺乳類学者 ゴルジェイさんは腕を組みながら堂々と座っている。
さすがは元軍人、装甲車には乗りなれたものだろう。
巨大オランウータン捜索のために編成された部隊は三つ。
一つは捜索部隊、実際に現場まで行ってオランウータンを探す役目を担っている。そして管制部隊、通信機器やGPSなど管理する中枢部隊である。ここまでは、規模は違えど裏山捜索をした際の編成と全く同じだが、日本では見られなかった部隊がもう一つ設置された。
その名も、密猟者対策部隊。この部隊は、銃器等々を使用して密猟者を排除、確保するとともに、捜索部隊を裏から支えるための超実働部隊である。装甲車に同乗している軍人がこれに該当する。
なお、捜索部隊と密猟者対策部隊は何班かに別れ、広範囲に調査することになっていた。
車を走らせること20分、平原が終わり、鬱蒼とした木々が姿を現した。
日本とはまた違った異国の森、自然に囲まれた生活をしてきた俺でも、密集する植物にはなかなか慣れない。
着実に歩みを勧め、他の班と連携を取りながら奥に進んでいく。
高い草をナタで切り開きつつ、道を確保していくその様は、インドらしいワイルドさを感じさせた。しばし歩いていると、根元からへし折られている細い広葉樹を発見した。細いと言っても、俺が全体重をかけてもへし折ることの出来ない太さだ。例えるなら、2リットルのペットボトルぐらい。
ロープをひっかけて、車で引っ張ったとしても折れるかどうか怪しい。そんな木をいとも容易くへし折ったような痕跡、サイや象レベルの巨体を持たなければ、到底なし得ない力技だろう。
唐突に巨大オランウータンの生息に現実味が帯び始めた。
探せば絶対にいる、そう確信しながら歩みを進めるものの一向にその姿らしきものを確認できていない。それどころか『へし折られた木』以来、オランウータンの痕跡になり得る物が一切見つかっていない。
さては生息域から外れたか?
しばし歩き、代わり映えのない森林が続いたところで、進路変更をすることにした。他の捜索班も一向に決定打となりうる痕跡は見つけられていないという。
休憩を繰り返しながら捜索を続けるが、進展はなかった。時刻は正午を過ぎ、日は傾き始めた。日が沈むと、凶暴な夜行性の猛獣が活動を始めるため、夜間の捜索は森の中に設置した夜間カメラか、サーモグラフィーを利用したドローンに限られる。我々は一度帰還することにした。
帰還すると立派なキャンプサイトが作られていた。
今回の調査はインド政府が全面的にバックアップしてくれるだけでなく、インド国内の企業やラージャと呼ばれるインドの超金持ちな貴族までもが協賛してくれているため、予算は莫大である。建てられたテントは最新式の大型テント、仮設トイレやシャワーまでついている。軍から派遣された調理班が振る舞う料理は温かく、寝心地の良いベッドまで用意されている。
野宿すら覚悟していたが、めちゃくちゃ快適だ。
夕飯に用意されたカレーを片手に、花神教授と今回の調査についてしばし話し合うことにした。
「今回調査する予定の巨大オランウータンって、かつて存在していた生物に似てる...とか言ってましたけど」
「ギガントピテクスっていう史上最大の霊長類と言われてるオランウータンです」
「史上最大...」
「大きさは約3m、体重も300~450kgくらいだったと言われてます。」
「熊じゃないですか」
「ホント、怪物ですよ。噂によると、雪男やイエティなんかのモデルはこのギガントピテクスと言われてます。ただ、化石は顎の骨しか見つかっていないので、詳細な姿を確証するには至ってません...ただ今回の調査に際して確認した写真では、ほとんどオランウータンでしたから...まぁ、仮説は当たっていたと思います。」
「...そんな怪物と遭遇したら、足震えて動けないでしょうね。」
「多分、叫び声すら出せないでしょう。ただ、発情期だとか...そういった気性の荒い時期でなければ、襲われる可能性はあまりないと思いますよ。それでも注意は必要です。遭遇した場合は自分ではなく他のものに注意をそらすように、例えば所持品を傍らに放り投げるとか」
「...やっぱ、怖いですね。」
「相手は人間の約2倍の大きさを誇る生物ですからね」
「...........そうですね。.....やっぱ辛いな」
「ラッシー持ってきます」
「すいません」
本場のインドカレーは、唇が赤くなるほど辛かった。
その後シャワーを浴びて、夜の調査に向けて仮眠をとることになった。
「...ヤニ入れたいな」
なかなか寝付けなかった。気候が違うと安眠することもままならない、体は疲れていたとしても就寝時間がかなり早いこともあって、生活リズムが追いつかなかった。案の定、目を覚ましてしまった俺は、持ってきていたタバコを一本吸うことにした。
夜もまだ浅い。地平線の緣は微かな黄色と藤紫色に染まっていた。空を埋め尽くす星空は、村で見ていた光景に似ていた。煌々と光る白い月は満ち、摩天楼に遮られることも無く広大な自然の大地を照らしていた。
シュッとヤスリを回し、火花を散らして火をつける。口にくわえたピースの先を炙り、煙を吹かす。
タバコが落ちた。
夜間調査を前にして、キャンプサイトに衝撃が走った。
笹壁 亮吾が忽然と姿を消したのである。食堂横に設置された休憩用のベンチ、そのすぐ傍に、彼の吸っているタバコ ピースが落ちていた。フィルターギリギリまで灰に変わっていたことから、少なくとも姿を消してかなり時間が経ったことが推察された。
調査チームはすぐさま捜索用にヘリやドローンを飛ばし、車も走らせた。
目を覚ますとそこは暗闇だった。ゴツゴツとした岩肌に寝かされていた俺は、うっすらと目を開けながら周りを見やる。幸い夜目は利く。ふと真っ暗闇の空間に一筋の微かな光が刺していることに気がついた。
月明かりだ。
歩みを進め、光のすぐ真下まで来る。ぽっかりと空いた穴はとても手の届く位置にはなかった。ポケットの中に入っていたライターを取り出し火をつける。僅かな光源を持っているだけでもだいぶ心の余裕が生まれた。
刹那
「あ...」
「...」
「...」
「...」
目の前に、超巨大なオランウータンが鎮座していた。
大きさは?3mどころじゃない、座高でこの高さならもっとあるはずだ。
はるか上を見上げてようやく顔があることに気がつくくらいのデカさ。およそ4、5m近く。
足がすくんで声すら出せない。
更にその奥、目視することの出来ない暗闇から、7匹、ほぼ同じ大きさのオランウータンがノッシノッシと出てきた。
「...」
でっけぇ。
怖ぇ。