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Hell・After・Man  作者: 陸海 空
「この一撃で夜を蹴散らせ」
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異管対報告第4号-3

 世界には、社会的文化や食文化と人種や宗教があればあるだけ文化が存在する。その文化の多様化が"異なる文化への拒絶と潰しあい"を生んだとしても、各文化を形成する各要素の中で多くの地域で認知され揺るがぬ地位を確立したものは数少ない。

 食文化の中でその1つとも言えるのは寿司である。魚類の生食という奇異な文化でありながら日本文化の中で一皿100円の回転からコース数十万からという高級まで幅広く存在するのは唯一であろう。

 そして、社会的文化では"The Beatles"がその1つである。イギリスの地で生まれたこのバンドは、"頑な"にアニソンやボカロといったものしか聞かず、洋楽や洋画を気取ったものとして忌避する"凝り固まった"一部の者達は聞いたことがなかったとしても、"Golden Slumbers"から"Her Majesty"まで聴けば彼らの曲を嫌いなどとは口が裂けても言えない筈である。


「うちは〜〜……芽葱とウニと中トロに、アジとイワシにヒラメ!」

「なんと、サブリナ殿の胃袋は底無しですな」

「おい、お前は食べないのか?なら、そのハマチもらうぞ?」

「えっ!いや、これは拙者の!」

「食べないのが悪い!」


 当然、一歩は両方とも彼の好きなものリストには当然載っている。そして、その2つが同時に堪能出来る寿司が荒木町にあり、"あたぼう鮨"は彼の行きつけであり、シメの寿司の代名詞なのである。

 しかし、あたぼう鮨のL字カウンターの後ろに並ぶテーブルに腰掛ける一歩は自分の横で寿司下駄に両手を伸ばし機械のように頬張り続けるサブリナの姿に肩を落とし、彼女の食欲のみに従う動き"に苦笑いを顔に貼るエリアーシュとのやり取りでお猪口の中身を一気に呷ったのだった。


「んん~!う、ま、い〜!」


 だが、酒を呷っても一歩は寿司ネタが目の前に見えるカウンターで1人しっぽり呑むでもない、騒がしい"食事の中"なのである。

 そんな一歩にサブリナが頬の米を摘んで頬張り笑いかけると、彼は脳裏に過ったあれこれを飲み込もうと寿司下駄へ手を伸ばしコハダを口に運んだ。

 一歩の好みの中で寿司ネタにおいてコハダは、"この店"のものが一番好きなのだ。

 広がる甘酢の酸味や身の甘さ、酢飯の解れる食感や甘みが混然一体となる旨味を口いっぱいに噛み締め、咀嚼し飲み込んだ瞬間に耳に響く"Oh!Daring"は

一歩をただ1人の幸せの中へ引き込んだのだった。


「なんで、俺は寿司食ってんだ……?」

「そりゃ、私達が誘ったからですよ。港さん、追加しますか?」


 しかし、身に染みる幸せが下駄上のコハダと共に胃の腑へ消え去ると、一歩は空になった切子のお猪口の底を眺めて呟いた。そんな一歩の呟きへ返す足立は、彼の徳利から残り少ない中身と朗らかな笑み全てを彼の元へ注ぎ込んだのである。

 お猪口の中身と共に一歩の心にその勢いが波紋を作り、彼は足立の整った笑みから視線を落とし指先で出来た酒の波紋が消えるのを暫く見つめた。

 そうしないと、一歩には騒がしく食らう隣の席と目の前で"自己の目的のために作られた"笑みと共に迫るどうにもならなくなりつつある現実を冷静に対処する余裕がなくなるからであった。

 

「そういうこと言ってる訳じゃ……ホッキ貝とコハダ、ウニ」

「イクラに金目もな!」

「ハハハ……カード使えるよね?」

「大丈夫、戸のとこにシール貼ってありますぞ」


 それでも、自身の追加するネタを待つ足立の視線に

、一歩は出かかった悪態を酒で喉へと流し込みつつ彼女へネタだけを伝えたのである。それに合わせてサブリナも傾けていたグラスを置いて小さなメニュー表を手に指差した。

 そんな2人の注文とその名前の下に並ぶ数字を前にエリアーシュの励ましも虚しく、足立は嵩んでいく会計に瞳の光をなくして薄ら笑いながら紙に注文を書いて店員へ手を振ったのである。彼女の生気をなくした呟きに肩を叩くエリアーシュであっても、足立の会計額はもう軽口で誤魔化せる程度ではないのである。

 テーブルの周りにはただの1人も、幸せに"食べる者"や"食べ方を知る者"はなかった。

 この異様な食事会の原因は数日前に遡る。


「嫌に騒がしい気がするな」

「変わらんだろ、ここらへんは何時だって"ネタが尽きたコンカフェ"のキャッチと"ボッタクリ居酒屋"のポン引きに"脳足りんのくせに自己顕示欲だけいっちょ前"なクソガキ達で五月蝿いんだから」

「はいはい、そうだな」


 貞元から仕事帰りに無理な仕事を振られた一歩とサブリナは、新宿駅を越えて歌舞伎町へと足を踏み入れた。

 新宿の街は、東西を堺に街の景色が大きく変わる。西武新宿駅の前を通り過ぎてからが特にであり、きらびやかなネオンや大きなテレビ広告の見えるビル、並ぶ飲み屋に道を塞ぐ客引きの店員達や飲んだくれは街の異様さを人々に見せつけていた。それは、まるで一歩に文字通りの"コンクリートジャンル"と思わせ、彼は街へ踏み込むたびに自分を"野生動物の騒ぐ未開の地"へ足を踏み入れた冒険家のように思わせるのであった。

 そんな一歩にサブリナは、辺りを並ぶキャッチの男達やメイドにセーラー服、はたまた旧軍服を身にまとうコンカフェ嬢達の姿を見ながら呟いた。一歩も彼女の言葉に釣られて周りを見渡すも、彼には何時もの"騒がしいだけ"な街並みと人の流れのみが見えたのである。

 ただ、一歩も口から"見たまま"の景色を言ってみせるも、不思議と店員達はお互いに少しだけ顔を青くしながら大久保病院側を伺い、道端に座り込む子供とそれに群がる大人達の姿も変に少ないことに気付いた。

 一歩はそれでもサブリナに自身の意見を呟いてみせたが、彼の顔を見つめる彼女は目を細めて肩を落とすと力なく首を振った。そんなサブリナの姿に、一歩も一歩で肩を竦めた。

 2人は、お互いの"どうにもならない点"を治すのではなく受け入れていく形に切り替えていたのである。

 そして、2人はそのまま東宝シネマ横をまっすぐに進み続け目的地へ足を急がせたのだった。


「お疲れ様です、異管対新宿局です」

「取っ捕まえた奴を保護しに来たぞ!」


 大久保病院へ続く緩やかな坂を含む十字路の直ぐ側にある歌舞伎交番に辿り着いた一歩は、その縦長な建物を見上げるサブリナの腕を引きつつ正面入口へ向かった。

 そこには警官達の姿がガラス越しに見えていたが、室内の空気は向こう側に居るはずの一歩とサブリナにも判るほど冷たかったのである。

 だとしても、一歩は気にせず扉を開き軽い笑みとそれ以上に軽い軽い声です警官達に声をかけた。そんな彼の口調に合せてサブリナも腰に手を当て胸を張り部屋に響くように気風良く言い放った。


「やっとかよ……」

「おいバカ、聞こえるだろ!」


 しかし、軽やかな一歩とサブリナの声と態度に対する警官達の視線は鈍器のように重く2人を突き刺し、最先任と思われる白髪混じりの男の警官の手招きは重々しかったのである。

 その白髪混じりの警官に促され奥に進もうとする2人の耳に、カウンター奥で書類を書き込む2人の若い警官が小声で悪態をつくも、一歩はそれを無視しつつ顔を皺くちゃにしながら怒り肩で飛び掛かろうとするサブリナの襟首を掴みながら男の元へ歩み寄った。

 そんな2人の態度に眉をひそめる警官2人によって室内は一層冷たい空気へ変化していたったのだった。


「これはこれは、異管対の捜査官……いえ、専従班の方ですかね?」

「えぇ、一応は」

「なら、話は聞いてると思うんですがね。この子ですよ」


 白髪混じりの警官の前まで歩み寄った一歩とサブリナに会釈する彼は、2人の姿を見比べつつ尋ねかけた。それにサブリナの襟首から手を離す一歩が彼女の睨みを無視して苦笑いを作り応えると、彼は警官の視線に促されながらカウンター前のパイプ椅子に座る悪魔の少女に視線を落と眉を顰めた。


「えっと、この子は……」

「サキュバスだな。しかし、ボロボロじゃないか。来る途中で見た半グレ達より格好は酷いし臭いぞ?」


 一歩が少女を見つめて呟くと、サブリナは空かさず彼の耳を引っ張り視線を反らし小声で耳打ちした。

 2人の前で虚ろな目を床に落とし肩を震わせる少女は、見た目は人間の10代程度に見えた。サブリナの言う通り、彼女はボロキレのような大きなシャツだけを着ており、交番から借りたジャケットを羽織っている。さらに、彼女の両側頭部から伸びる角は右側が根元から左側は前方に伸びていたであろう面影を残すも中央から切断されていた。その断面は古いものなのか乾燥し荒れ果て、白かったと思える表面は汚れとヤニによって黄色黒く汚れていたのである。汚れは角だけでなく、短い黒髪はフケと脂にまみれて乱れ、その隙間から見える顔は殴られたのか頬や目元が腫れ赤黒くなっている。

 そして、一歩は少女の垢まみれなで無数の痣を残す素肌を観察する中で、右足首の赤黒い血の跡に視線を向けた。その瞬間、少女が足を隠すように動かす彼女が一瞬苦悶の顔を見せ吐息を漏らすと、一歩は膝を突き彼女と視線の高さを合わせた。


「これは誰にやられたんだ?」

「一歩、コヤツの何かわかったのか?」


 急に視線を合わせようとする一歩に、少女は顔を背けた。それでも見つめ続ける視線と落ち着き静かに尋ねかけた彼に、彼女は少しだけ視線を戻し始めたのである。

 その横で一歩の言葉に怪訝そうに少女を見つめるサブリナだったが、彼の言葉を聞くと彼女はより一層眉の間に深い皺を刻みつつ一歩に尋ねたのであった。

 だが、首を傾げるサブリナを無視して一歩は少女を見つめ、彼女も彼の視線に耐えられず視線を落としていった。

 そして、最後に少女はただうなだれるだけとなったのである。


「やっぱりか。これ、どういうことです?」

「どういうことも何も……わかったら説明してますよ。なにより、この子何も説明してくれなくてですね」

「なんだ、どういうことだ?」

「なるほど……ってサブリナ!たくっ……」


 うなだれ続ける少女に一歩は黙って頷き呟くと、立ち上がりながら警官の男に尋ねかけた。その疲れた顔を作った一歩に、警官は彼に呼応するからようにわざとらしく頭を抱えて答えてみせたのである。

 そんな2人のやり取りはサブリナを蚊帳の外に追いやっており、彼女は一歩の肩を揺さぶり無理やりに会話へ参戦した。

 そんなサブリナの腕を軽く払う一歩は軽く悪態をつきつつも、再び少女の目線に合わせるようにしゃがむと柔らかく笑いかけたのだった。


「君、嫌かもしれないから無理だったら首を横に振るなりそのまま黙っていてくれ。"そういうことだ"と理解するよ」


 ただ、笑みに対する一歩の声がサブリナには不思議と冷たく感じ、彼女は僅かにその場から後に下がりかけた。


「口を開けて舌を見せてくれないか?」


 一歩は少女に静かに尋ねた。

 少女は、ただ黙り動かない。


「おい、一歩……これは!」

「そりゃ、"舌の根が乾かなくても"喋れない訳だ。乾くべき舌がないからな」


 微動だにしない少女の姿にサブリナは一歩の横で言葉を失い、彼は苦虫を噛み潰したように悪態をついたのである。

 すると、サブリナは少女を一気に抱きかかえながら出入り口へ足を進ませ、腕の中でバタつく少女を無視して先に進んでいった。


「えっ、ちょっと!それはどういう……」

「警察の皆さんには申し訳ないですか、この被害者が悪魔である以上、異管対の管轄ですので」

「コヤツのことも禄に見もしないで"取り調べ"か!何のための警察だ!」

「サブリナ、言い過ぎだ。ここは碌でもない奴等が事件を"起こしすぎる"から対応し切れないんだろ」


 困惑する警官達のなかで、カウンターの奥で書類を作っていた若い警官か2人に止めようと尋ねかけた。

 しかし、サブリナは気にもとめず先へ進み、一歩は警官全員に会釈すると恭しく説明しながらその場を去ろうとした。その中でサブリナが大声で悪態を飛ばすと、彼は肩を落として彼女の背中に説明したのである。

 そんな2人を止めようと警官達は駆け寄ろうとするも、最先任の警官は全員を抑えるように間に立った。


「大丈夫です、ここからは私達が対処しますから。私達の知ったことはこちらの取調室にて起きて、皆さんは全て"見なかったこと"に。休める方は休んでください。お騒がせしました」


 去れとばかりに手を振る警官に、一歩は再び恭しく一礼しながら詫びの言葉を述べると、彼は止めた足を先ゆくサブリナへ追いつかんと進めた。


「アンタ、異管対の奴等にしては"結構いいヤツ"だな」

「"新参者"ですから」


 一歩の背中に声かける警官に、彼はただ静かに呟くと交番を後にして新宿局から来た道をまた戻ったのだった。


「はい、お待たせしました"芽葱とウニと中トロに、アジとイワシにヒラメ、ホッキ貝とコハダにイクラ"です」


 一歩は目の前に置かれた寿司下駄に並ぶネタを見ながら、数日前に自分と横で目を輝かせながら手を伸ばすサブリナへ降りかかったことの始まりを思い出したのだった。

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