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Hell・After・Man  作者: 陸海 空
「狙われた都市」
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異管対報告第1号-1

挿絵(By みてみん)


「おめでとう、港3等海尉。市ヶ谷への転属…栄転ってやつだ」


 静まり返った部屋の中で、一人の男が呟いた。その男は青色の洋上デジタル迷彩のかかった戦闘服を纏い襟に1等海佐の階級章をつけている。

 その1等海佐が渡す封筒には、無数のマス割された名前と印を押す持ち回りの場所が書かれ、大きく目立つ文字で「港 一歩(いっぽ) 3等海尉」と書かれているのだった。


「市ヶ谷……ですか、司令?あそこの管轄は陸自だったかと思いますが?」

「事務官が足りないゆえの人事配置だ。何より、統合幕僚監部から出されてる。拒否は出来んよ。それに、今は陸軍だ」


 転属に関する書類の入った封筒を司令から受け取った港と呼ばれた男は、太めの眉を疑念によってしかめつつ、男にしては長いまつ毛の大きな目元を訝しげに細めて前の上官にその疑問をつぶやいた。

 その疑問と視線を受けた1等海佐はシワという年輪を顔に刻みそこそこ歳を取りながらも、若さを失わせていない顔に歳相応の疲れを浮かばせながら力なく呟いた。その顔は疑問を呟いた港には一切向かず、彼の為に用意された机と、その上に整然と載せられた無数の簿冊(ぼさつ)の山にだけ向けられていたのである。

 その簿冊はどれも種類や内容がバラバラであり、何故基地隊司令の机の上にあるのか解らない改定前の航空路誌さえあり、港は自分の上官が仕事に追われているフリをしているだけなのではないかと疑問に思うのだった。


「航空管制官に事務仕事ですか?この館山基地の運航隊にはそこまでの人的余裕は無いと思ったのですが……」

「おいおい、港。ない腹を探ろうとしないでくれ」


 すると、港は掛けているメガネの位置を直しながら誤魔化すよな発言をする基地隊司令に自分の思うことを意見した。その港の勘繰る一言に、1等海佐も苦笑いを浮かべながら彼の視線を真っ向から受けつつ、戯けるように言い返すのだった。

 その二人のぶつかる視線は、港が左目の泣きぼくろのある下瞼を軽く掻いたことで数秒の後に反れた。


「運航隊…航空管制官でもこの頃はよくあることらしいぞ?私も旧海上自衛隊時代には一度行ったことがある。あれは幹部になりたての頃だったが…」

「いえ、私が言いたいのはこの人手不足の運航隊において、元運航隊長の貴方なら断る力もあったと言いたいんです」

「解るだろう、3尉。私もそんな雲の上の連中とやり合うだけの力はないさ。何より、あそこで"背広組"に書類を作ってやる辛さを知ってるからな、拒否出来んよ」

「しかし…」

「しかしも何もない。なに、"市ヶ谷プリズン"なんてのは所詮は通称さ。"一月家に帰れない"のも、"温かい飯が食えん"のも、"睡眠時間2時間半"もすぐ慣れるさ。ほら、早く転属のための持ち回りしてこい」


 疑念を浮かべる港を前にして、1等海佐である基地隊司令は昔を懐かしむように天井を見上げながら呟いた。その内容に港は自分の言いたかったことを改めて言った。だが、その発言に元運航隊長の1佐は肩を竦め再び苦笑いを浮かべると、目の前に積まれた簿冊の山を軽く叩きながら言い放つのである。

 簿冊の山が嫌に圧力をかけてくる中、港は何とか食い下がろうとした。それでも、彼の発言を気にかけない元運航隊長は、気休めか慰めか解らない言葉を掛けながら机の上の山のような簿冊を片し始めたのだった。

 その行動で完全に会話を引き剥がされた港は諦めたように10度の敬礼をすると封筒を小脇に持ちながら部屋を去っていった。


「やれやれ、行ったか?全く、規則や規律に厳しい割には変に勘ぐるから彼は嫌いだ」

「だけど…有能なんでしょう?なにせ"全職種に適正のあった男"なんでしょう?勉強嫌いながらも国交省の試験に受かり、士官にもなった。こちらとしては、喉から手が出る程ですよ」


 港の去った基地隊司令室で、基地隊司令の男はまるで憑き物が付いたように肩を落とすとイスの背もたれへと深く寄りかかった。その基地隊司令がボヤいたすぐ後に、部屋の隅に置かれた掃除用具ロッカーの扉が独りでに開き、中から1人の女が姿を現したのである。

 その女は142cmほどの身長に茶髪のボブカットと灰色の瞳、高い鼻と白い肌はヨーロピアンそのものであり、まるで絵画や漫画に絵画がれるような絶世の美人だった。

 だが、その女の纏う雰囲気はまるで人間のそれと大きく異なり、その灰色の瞳の瞳孔が不気味に動くと、元運航隊長は引きつった笑みを浮かべるのだった。

 そして、運航隊長に向けて絵画のような現実離れした笑みを浮かべながら、掃除用具ロッカーの中で付いたホコリを髪から取りつつ、その塊をロッカーの中に放り込んだ。そんな女はカバンに手を差し入れ書類を引き出して、元運航隊長の男の言葉に対して意見しながらその手に待つ書類を彼の机の上に軽く放るように置いたのである。


「それは…冗談で?」

「さて…"アクマ"で、私はできませんよ」


 その女の言葉に引きつった笑みを浮かべる元運航隊長の軽口のような質問に、不気味とも思えるような笑みを浮かべながら答えると、その笑みを隠すように口元へ手をやるのだった。


「はぁ…全く、戦争は人間同士でするのが1番だったんだ…それに、ウチは空母の艦載ヘリの駐屯基地なんだ。それを裁ける航空管制官は貴重なんだ。それをあんた等みたいな…」

「そう、それは残念ね。だけど今更嘆いてもどうにもならないでしょうに?"アクマ"でそれを決めるのはあなた達の上司。そして、その戦後処理を貴方がたに変わってしようという、私達のことをよくそんなふうに言いますね?」

「そりゃいい冗談だ…」

「まぁ、何を言っても後の祭りです。彼が着任予定日時に間に合えば、後はあなた方のお好きなように」


 女のまるで馬鹿にするような態度をや発言を前にした元運航隊長は腹のそこに湧く怒りの感情を静かな抗議で現した。だが、女はその抗議を全く意に介さず突き放すように反論の言葉を小馬鹿にするような半笑いで基地隊司令へと叩きつけるのだった。

 その女へ基地隊司令は捻り出した文句に、呆れた笑みを彼女は突き放すように言うと、港の出ていった部屋の扉へ向かった。


「アンタの日本語…下手だな」

「あら、そう?」

「飽くまで、"人間じゃない"ってか?」

「そうね?"アクマ"で私は悪魔ですから?」

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