第7節 ~初めての朝~
ふと目が覚めると、自分の鼓動が聞こえるぐらい心拍数は強く、そしてとてもも早かった。額と体は凄い汗をかいて寒気を感じた。
そして、目の前には子供の小人がこちらをのぞき込んでいる。
見た夢のゴブリンとは全く違う顔付きで、小人は優しい顔つきというのがピッタリと言える顔つきだった。
目覚めた時間は朝日が昇り始め、木の合間を縫って日が入るくらいの時間帯。
気持ちと体は冷えていたが子供の小人に半ば強引に手を引かれ、遊んでいると直ぐに体が温まった。
見た夢のこともあって、ゴブリン・・・小人と一緒にいる抵抗感はあったが、空元気で遊んでいると、抵抗感も徐々になくなっていった。
そして朝ごはんができると皆、洞窟から出てきて一緒に食事をとった。
食事の最中に聞こえる何気ない日常会話、今日の予定などを聞いていると、自分が同じ言語を喋るゴブリンと一緒にいるということを改めて強く意識させられた。
「シュウヤは、今日はどうするんだ。」
まだ名前も覚えていないゴブリンから疑問が飛んできた。
「実は何の予定もないんですよ。元々、自分がまともに暮らせていけそうな場所はないか探す旅だったからね。」
「そうか、じゃあ畑仕事を手伝ってくれないか?」
「え!?畑なんてあるの?」
「あるぞ。川から少し離れたところに、この村の畑が。」
「わかった。手伝いに行くよ。」
これもまた驚きだ。ゴブリンが畑作を行っているのか・・・
「ちょっと待ってくれ、こっちもまだ聞きたい話がある、昼過ぎにシュウヤを貸すという形でどうだ?」
「それでも全然大丈夫ですよ。それじゃあ昼ご飯を食べ終わったら借りにくるんでそれまでに済ませといてくださいよ。」
「わかったわかった。」
村長が呼び止め、農作業を約束したゴブリンはそれを快諾した。
昨日十分に、色々なことを話した気がする。いったいこれから何の話をするのだろうか。
朝ごはんを食べ終わると、村長に手招きされ、洞窟の中へと入った。
「お前はこれからどうするんだ?」
目的地に着き、村長から疑問を問いかけられた。
考えてみると、自分が暮らせる地を探すことが第一目的であり、次の町に行ってもなお、言葉が通じなければ苦労することに変わりはない。それに言語が通じ、満足な食事がとれ、多少不満はあれど寝床もある。生きていくうえで、これ以上を求める必要があるのか。
かと言って、このままゴブリンと生活を送り、醜いアヒルの子のように種族の違うまま生き続けてもいいのだろうか。
「元々明確な目的地があったわけではありませんし、しばらくここにおいてもらえればな、と思っています。」
「そうか・・・この村の方針としてはお前がいてもらっても全く構わない。皆もお前を気にいってくれてるしな。だが、出ていきたいときは、いつでも出て言っていいんだぞ。」
結局、答えは出せず曖昧なことを言ってしまったが快く受け入れてもらえた。
今後の食などが心配である今、ある程度安定した生活が送れることはこれ以上になくよろこばしいことだ。
村長のお言葉通り、甘えさせてもらうとしよう。
「ありがとうございます。早いですけど、話は以上ですかね・・・?」
「いいや、まだだ。と言っても、ここからは俺がお前に質問するのではない。昨日は俺が質問攻めにしてしまったからな。今日は、お前が俺に聞きたいことを聞いてくれ。」
この言葉の前半を聞いたときは、また質問攻めにされるのかとゾクッとしたが後半を聞いて安心した。
「本当ですか。まだまだ分からないことが沢山あったんで、凄く嬉しいです。」
改めて確認をすると、しっかり頷き、質問を受け入れる体制を取ってくれた。
こちらの気持ちを慮ってくれて、凄くいい人じゃないか。
聞きたいことは沢山ある。答えてもらえるなら答えてもらいたい。
「まず聞きたいことの一つ目は、この村の住人は何人いるんですか?」
「一つ目がそんなことでいいのか。面白い奴だな。この村の住人は五十七人だ。因みにかなり前に他の村から独立した経緯を持ってる村だ。」
「独立・・・ということは、考えが合わずに喧嘩別れということですか?」
「いいや、そんなことはない。前の村はそこそこ大きかったんだが、大きくなりすぎたから若くてそこそこ力のあった俺が代表として五十二人を連れて独立をしたのが、この村の誕生だ。」
「なるほど、じゃあ、リビン村と言っても過言ではないということですね。」
「気恥ずかしいがそうなるかもしれないな。」
一を聞いたら関連情報も含めた三ぐらいの返答があって、話が進みやすい。
嬉しいものだ。
「二つ目の質問をさせてもらいます。なんで、突然現れた俺を仲間として認めてくれたんですか?普通拘束したり、監禁したりするでしょう。」
これはどうしても聞いておきたかったことだ。
もう終わった。ここで骨を埋められる覚悟をしていたのにあっさりと仲間に認定され、朝の様子を見ても嫌がる素振りをしてた人はいなかった。
「なんでだろうな。たぶん一つは俺らの言葉が喋れる中人の存在が面白かったからだと思う。二つ目は、俺なんかは若いうちから色んな所に連れてって貰えたおかげで、他の人種とも交渉したこともあるからだな。」
「普通は反対する人もいるじゃないですか。」
「その辺は俺が稼いだ信頼性のお陰だな。あと、みんなの警戒が解けたのは狼人とか魚人とか色んな話を聞かせた効果があったのかもな。」
信頼性という凄く単純な理由。
確かに信頼性は厚そうだ。でなければ、昨日の時点で森から出てきた鍋を持ってた奴に殺されていたはずだ。
「信頼性だけで・・・凄いですね・・・リビン村長の一存で、ここに居座らせてくれて、本当にありがとうございます。」
「でも少しは働けよ。」
「そうですね。しっかり働きます。」
少し拍子抜けな理由だったが、働けば居座らせてもらえるなら十分だ。
この後どうするかが決まるまでは一緒に生活をするとしよう。
「次の質問をさせてもらいます。この世界はどのような体系になっているのでしょうか?」
「この世界の体系と言われても難しいな。もう少し詳しく聞かせてくれ。」
「すみません。中人や小人、巨人などの各々がどんな生活を送っているかとかどんな言語を話しているのかということですね。」
「あぁそういうことか。生活に関しては、俺ら小人は基本的に洞窟とか森林地帯で暮らしてるな。食料調達は基本的に狩りとか野草やきのこ採りで、良い場所があれば畑作をする。これに関しては、狼人や巨人も同じだと思う。」
「そうなんですか。中人がどんな暮らしぶりかとかはわかりますか?」
「すまんな、詳しくは知らないんだ。でも、基本的には俺らとやってることは変わらないんじゃないか。狩りをして、食べれる野草やきのこを採る。」
「じゃあ森の中で鉢合わせすることもあるんですね。」
特に新情報は得られることはなかったな。
「そうだな。そういう時は大抵、あっちから逃げていくな。あ、そうだ。聞いた話だが、中人が数千人と住んでいる大きな町は、周りに石造りの高い壁があってデカい建物も石造りという話は聞いたことがあるな。」
如何にもな石造りの町と城が目に浮かぶ。
たぶん、王様が済んでいる王都といったところか。
「石造りの町、見てみたいですね。」
大した情報ではないが、大きい町があるというだけで行ってみたくなる。
「それで言語については、中人以外はほとんど同じ言語を使用しているな。だから中人以外は大体会話は通じるはずだ。」
衝撃の事実、中人以外は全人種同一の言語を利用しているという。
「えっそうなんですか。中人だけが、他の人種の言語を理解できないんですか。」
「そうだ。中人だけは、俺らの言語からは逸脱してる。だからもし、お前が今後旅に出るとしても中人以外の言語は理解できるし、会話もできる。まぁ歓迎はされないかもしれないがな。」
「そうかもしれませんね。」
中人以外は同じ言語を使っている。
ということは、このまま中人と会話することなく、この世界での人生を終えてしまうのかもしれないな。
まぁそれはそれで面白いのかもしれないな。別にいいか・・・
「まぁそんなに落ち込むな。俺だって、全てを回ったわけじゃない。俺らの言葉がわかる中人もいるかもしれないだろ。」
「確かに会えるかもしれませんね。」
そんなに落ち込んでいるつもりはなかったが、落ち込んでいるように見えたのか・・・
それなら少し気持ち明るめに次の質問をしよう。
「村長は、中人の言葉でわかる言葉とかってあるんですか?」
「いくつかあるぞ。中人と戦闘した時に、覚えた言葉だ。「ねちいいいいいいいいい」これはこちらに攻撃するときの合図だ。そして「きぃかああああああね」これは敵が逃げ帰るときの合図だ。最後に「ゴブリン」これは、俺らの名称だと思う。出会う者、出会う者が「ゴブリン」という言葉を発する。」
「その「ゴブリン」といわれるのには、どういう印象を?」
「何も思わんぞ。あぁそう呼んでいるのか。程度だな。」
途中から、小人をゴブリンと考えるのは失礼だと思っていたが、問題はないようだ。これからは遠慮なく使わせてもらおう。
「他に気になることとしては、中人と小人、狼人などってどの位の人数がどんな割合でいるか、どの人種が一番幅を利かせているかわかりますか?」
「悪いが細かいことはわからないな。だが、中人が一番幅を利かせてるだろうな。どこに行っても中人が村や町を構えてるからな。俺が今までで見た一番大きな町は、千人を超える人が生活を送っていたな。それに、他の人種と話しても中人と戦ったという話はよく聞く。俺も四、五回は中人と戦ったな。」
興味深い話だ。一番幅を利かせている人種が他人種の言語を理解できていないとは何とも不思議。
「良く生き残っていられましたね。流石リビン村長です。」
おだてると、村長を少し嬉しそうにしながら照れていた。
「次の質問をさせてください。同じ言語についての話です。文字についてはどうなってるんですか?昨日は通貨の数字を見せたらみんな納得してましたよね。」
「それはこの村の教育水準は高いからな。我が村の自慢の一つだ。四則演算も問題なくできるぞ。文字については、数字は中人と同じ文字を使っている。他のは今書くから少し待ってろ。」
村長は地面に文字を書き始めた。文字の形状は多少違えど、文字の種類は現代と変わりはなかった。
「文字に関しては、俺らと中人とでは全く違う。俺らの文字は、あ~んの五十音が基本だ。形は今書いた通りで・・・」
そこからは文字と読みの解説が始まった。
日本語とそん色はなく、一応解説は聞いているが聞く必要がないほどに一致していた。
ここでも、適当なタイミングで頷き、時折声を出して聞いているふりをする。
一通り話し終えると村長は、別のものを描きながら話し続けた。
「それでな、これ以外にも文字はあるんだ。」
描き終わった文字を見ると、紛れもなく漢字だった。
「これらの文字は漢字と言って使える奴は少ないが、人種間の重要な交渉書類に使われる重要な文字だ。この村では俺も合わせて数人しか使えない文字だ。漢字は教えるのにも苦労するから全員が全員読めるというわけではない。」
「なるほど。でも、漢字をしょっちゅう使わないからこそ教える必要もないんですよね。」
「そうだな。基本的にこの村では漢字なんて使わないからな。」
ここまで文字が一致するのは感謝する他ない。
文字の形状になれれば、十分に使える。ありがたい限りだ。
「ありがとうございます。文字に関しても、しっかり勉強して何とかしたいと思います。」
「そうだな。聞きたいことがあれば何でも聞いてくれ。」
「その時はよろしくお願いします。」
言語については十分聞くことができた。
これ以上聞く必要もないだろう。次は魔法について聞くか。
「それじゃあ質問の内容をガラッと変えさせてもらいます。「魔法」というのはどんなもので、どうやれば使えるんですか。」
「魔法は火や風を起こしたり、水や石を生成したりすることができる。魔法の根本的ことについては解明されてないが、誰でも使えるらしい。ただ、使えるまでの過程も含め、分からないことがだらけで使える人間は少ないな。」
村長は天を仰いで、指折りしながら何かを数える。
「今までで、しっかりと魔法を使えた奴の人数は2,30人程度だと思うな。この村で、しっかりとした魔法使いは三人だけだ。」
「三人しかいないんですか。凄く貴重な人材ですね。」
誰でも使えるはずなのに、五十人中三人しかしっかりと使えない。
何とも不思議な話だな。
「いや、魔法を使うときは主に魔石が中心なんだ。取れる場所などは一切不明で、道端に落ちていたりすることもある魔石だが、それを使えば誰でも簡単に魔法を使うことができる。」
「今この村は魔石を持ってるんですか?」
「一応持っているが、軽く火をつけれるぐらいだな。あとは水が少し出せるのもあるが、全く足らないから川まで汲みに行ってるんだ。魔法を使える奴にしてもそうだ。大した魔法は使えない。ただ、物凄い魔法を使う奴も世の中に入るらしい。見たことはないがな。」
この世界の魔法について何となく理解できた気がする。
きっと大魔法使いは存在しているんだろうけど、凄く珍しいということだろう。
「因みに魔法の適性を測るものとかってあるんですか?」
「聞いたことはあるが、見たことはない。それに適性があったところで使えなかったら意味がないからな。」
「それもそうですね。誰でも使えるって聞いて早とちりしちゃいました。」
「まぁ魔法は突然使えるようになるらしい。感覚的な面が大きくて、人に教えるのも難しいから解明も進まない。魔法の話をしてから少し楽しそうだな。折角だし、使えるようになると良いな。」
「そうですね。どんな魔法でもいいから使ってみたいですね。」
誰でも使えるなら使える日が来るのが楽しみだ。
ライター程度で良いから指先から炎を出してドヤ顔をしてみたいものだ。
「次の質問です。あの中人が住んでいた村以外で近い村はあるんですか?」
「そうだな。あの村以外となると、歩いて二日ほど離れたところにそこそこの町がある。他には俺らが独立した故郷の近くにも、あの村と同じぐらいの規模の村がある。あの村の近くとなるとこの二つだな。もし、中人目当てで目指すなら町に行くことを勧める。」
「まさか。ただ気になっただけですよ。ここに置かせてもらえる間は甘えさせてもらいます。」
「そうしなさい。そうしなさい。」
ずっととは言えないものの、しばらくの間ここに泊まれることを確認出来て安心した。
他にも質問することはないかと考えたが特に浮かぶものはなく、打ち止めを判断した。
「もう思い付く質問はありませんね。ありがとうございました。」
「いやいや、いいんだよ。いつでも聞いてくれ。」
そういわれた後に一つ思い付く。
「すみません、質問一つ思い付いちゃいました。」
「構わん。言ってみろ。」
「中人と戦ったと言ってましたが、中人との戦闘はしょっちゅうある物なんですか?」
それを聞くと村長の顔が少しこわばった。
「それは難しい質問だな。結論から言えば、しょっちゅう戦闘をしている訳ではない。けれど、中人は我らを見ると攻撃的になり、剣を向けてくることも少なくない。だから身を護る為に戦うことはある。」
「こちらから手を出すことは少ないってことですかね。」
「そうだな。こちらからはまず手を出さない。だが、例外もある。お前のようにこの村に近づいた場合だ。もし逃がしでもしたら討伐部隊を呼ばれ、勝ち目のない村の防衛戦を強いられる可能性もある。だから、先に仕掛けることとしている。」
襲われた理由は想定していた範囲内だったため、あまり驚くことはなかった。
だが、ゴブリンたちの平和的な考えは先進的なものがあり、これまたイメージとは真逆だったことから驚かされた。
「ありがとうございます。これでたぶん本当に最後の質問でした。」
「気にするな気にするな。聞きたいことがあれば何でも聞いてくれ。答えられることなら答えてやる。」
「そうしたいと思います。本当にありがとうございました。」
聞きたいことは色々聞けたが、まだ昼には相当に時間がある。やることも特にはない。
暇をつぶすために洞窟の外に出ようと歩き始めたその時、
「ちょっと待ってくれ」
と村長に呼び止められた。
はい。と振り返って確認すると、
「シモンもちょっとこい」
と手招きして、他のゴブリンも呼びよせた。
「いやぁ丁度良いところに通った。シモンは魔法が使えるから魔法の実演をさせようと思ってな。それに、シモンも刺激を受けていきなり魔法が使えるようになるかもしれないだろ。」
実にありがたい提案だ。魔法というものを未だなまでは見ていない。
百聞は一見に如かず。見たら何かが変わるかもしれない。
「ありがとうございます。まだ魔法を見たことなかったんで凄く嬉しいです。」
お礼を言い、残りの時間は全て、魔法につぎ込んだ。
実物の魔法は、指からライターの火なんかよりもよっぽど凄く松明ぐらいの大きさはあった、水魔法も水を操ったり、無から鍋一杯分は出していた。
思っていたものよりも数段凄い魔法を見せてもらい、自分も何かできるんじゃないか。出来たらどうしようなどと凄い興奮を覚えた。
見せてもらった後はシモン先生に感覚的なものを教えてもらい、見様見真似で魔法を使った。
結果は、何も起きることはなかった。
魔法と言えばな、色々とポーズをとったり、掛け声を出したが結果はダメ。
ポーズや掛け声のイメージと実践だけで、一ミリたりとも魔法の成果が出ぬまま昼飯時となり特訓は終了した。