第2節 ~息の詰まるの買い物~
まず買うものは窓から見えたバッグ。服飾屋のドアを開ける。
「ねまーひゅねらひー」
何と言っているかはわからないが、概ね「いらっしゃいませー」とでも言っているのであろう。その挨拶に会釈をして、バッグの品ぞろえを確認した。
幸い全ての商品に値札が置かれていて、バッグの値段も理解できる。
時に気にすることもなくバッグが買えると一安心。
欲しいバッグは二つ。一つは普通のバッグ。もう一つは、そのバッグに入りきらなかった時のための予備として、少し大きめのバッグというよりも袋が欲しかった。
目当てのものはすぐに見つかった。
普通のバッグは、斜め掛けバッグを買うことに決めた。そこそこ収納が出来そうな上に、仕切りが付いていてものを分けて収納ができる優れモノだ。
価格は、所持金の一割以上の85円(仮)と少し張るが、このぐらいはきっと普通だろう。
二つ目は、少し丈夫そうな袋。
紐で口を閉じることができるタイプの麻袋のようなもの。そこまで大きくはないが、予備としては十分だろう。
価格は15円(仮)。
これを四つ買った方が収容量的に見て明らかにお得だが、手が埋まってしまうのはできるだけ避けたい。
バッグにもそこそこ収納できそうだし、それに大量に食料を買うこともないだろうから買うのは一つで十分。
ということで、二つの合計金額は100円(仮)。
消費税やサービス料なるシステムがなければ、この金額から変わることはない。
この二つを持って、店主が座っている机までもっていった。
「んー、とみとみこがたまぺれしゅつい。」
たぶん「これを買うのね、100円(仮)ね」みたいなことを言ってると推理し、頷いて100円(仮)硬貨一枚を差し出した。
お金を受け取ると、売上記録かなにかを記入しながら更に何かを話しかけられた。
何と言っているか全くわからないが、店主がこちらに目を向けたタイミングで頷き、話を聞いているかのような素振りをする。
それを見た店主は、おまけをバッグに入れて手渡してくれた。
何が入っているかはわからないが、ありがたいことだ。
買った品を受け取ったらあからさまなつくり笑顔をして二、三回頭を下げた。
すると、店主も何かを言いながら手を横に振った。
たぶん「いいんだよ」とでも言っているのだろう。
いい店主だった。
そう思いながら、店を出ようとすると店主は軽く手を振ってくれて、心なしか暖かさを感じた。
怪しまれることなく、バッグを買えたのは幸先が良い。
続いての買い物は肉屋だ。店はオープンで露店のような広々さがある店構え。
目的物は、燻製肉や干し肉などの保存の効く肉だ。店に近づくとやはり
「ねまーひゅね」
と、同じように声掛けをしてくれた。
軽く会釈をし、品揃えを見ると目的物の干し肉は、天井近くの物干し竿に紐で括られてぶら下っている。
値段は10.8円(仮)。
大きさは、手首から肘までぐらいで厚みも結構ある。
それが一個当たりの値段なのか、それとも紐でくくられた二個で一まとまりの価格なのか、はたまた切り売りの量り売りの単価なのかよくわからないが、考えても何も進まない。
取り合えず、ジェスチャーで購入を試みる。
まずは店主と目が合ったときに干し肉を指さし、必要数量三を指で示す。
すると、店主は少し不満げというか何かを怪しみながら干し肉を取り始めた。
やはり喋らないというのは怪しいのだろう。
誤解を解かなければ、面倒なことになりかねない。
頼んだ数の三個を取り終わったときに、店主と目を合わせることができた。このタイミングでこちらが喋れないことを伝える。
まずは自分の喉を指さし、次に口の前で親指と他四本の指をパクパクさせ、その後申し訳なさそうな素振りをしながら手でバッテンを作る。そして、手を合わせ更に申し訳なさそうにする。
ジェスチャーを終えると、何か納得したような顔をしてベラベラと話しかけてくる。何を言っているのかはわからない。
心配げにこちらを見ながら話しかけてくれたが、とりあえず適当に頷く。
一通り話し終えると、手を差し出してきた。たぶん代金を払ってくれということだろう。
だが、一方的に話を聞いているときに、香辛料のようなものを見つけることができた。小さい袋一つ30円(仮)と高額だが、買わない手はない。
この世界観からして香辛料は貴重に違いない。
だから一度手を振り、香辛料を指さし、二本指を立てて追加購入したいことを示す。
ジェスチャーを見た店主は、直ぐに対応してくれた。
その後、店主は間を開けてくれたので軽く商品を見て、もう大丈夫だという印に頷きながら片手で丸を作り、100円(仮)を渡した。
「つわひねえつだせこくげぺれびょぬきわたへがかま、ぺれちょぬひょぬすんてやわがや。」
合計金額は、肉32.4円(仮)と香辛料60円(仮)の92.4円(仮)だ。
今回、初めて出会った小数点以下の商品。どんな対応になるのかは見ものだ。
金勘定が終わるとお釣りをくれた。
はじめて貰ったおつり1円(仮)が7枚と小さな紋章のついた数字の無い通貨6枚。小数点以下の場合は、この数字の無い通貨を使うらしい。そして50円玉(仮)がないことも判明した。
店主は干し肉を包み終わると香辛料と一緒に渡され、それをバッグに入れた。
また最後に何か言われたが、いつも通り会釈をして向かいにある八百屋を目指した。
しかし、肉をバッグに入れたのはいいものの、干し肉は大きくバッグの半分以上も埋まってしまった。
八百屋で買うもの次第では早速、袋を使うことになるかもしれないな。
まぁその時は予備用の麻袋を使って対応するだけだがな。
八百屋は、肉屋と同じく露店のような店構え。
店に近づくといきなり話しかけられた。
「てねかや。なわかねらにゅぢみあねわがーけ。ねねそねねそてせあねたま。なぁふてあろおんたねあはね。」
服飾屋や肉屋とは違う挨拶をされた。何と言っているのかはわからないが、適当に頷きながら品揃えを確認する。
店の商品は、八百屋を想像するような新鮮で色色取り取りの野菜が並ぶというわけではなく、根菜類、豆類、ウリ科、ナス科のような地味な色の野菜などが並んでいた。強いて彩りをあげるならば、リンゴなどの果物が少々ある程度。
価格は、重量比的に考えて、豆や根菜類は肉よりも安いものの、ウリ科ナス科の野菜は高く、果物は更に高いといった価格設定だった。
豆や野菜を買ったところで調理をする余裕があるかもわからない。買うものは果物だけにしよう。
肉屋と同様のジェスチャーをしてリンゴを五個とオレンジのような柑橘類の果物を四個購入した。
「さね。びゅなぺれさけびょぬえい。」
リンゴは1個10円(仮)で柑橘は1個8円(仮)、合計は82円(仮)。
果物はやはり高い。リンゴ一つでさっき買えたあのデカい干し肉一つ買える。
腹を貯めることだけが目的なら干し肉だけを買った方が圧倒的にコスパは良いだろう。
だが、果物には水分が十分に含まれている。それも目的の一つだ。
村を一通り回ったときに水らしきものは見たが、さすがにあれを飲む勇気はなかった。それに瓶を買って井戸を使うわけにもいかないだろう。
だから、確実に水分が見込める果物。水分の見込めない干し肉や豆、根菜類を買うよりかはマシだろう。
100円(仮)を渡してお釣りをもらった。そして、商品を貰いバッグに詰める。
肉屋のときとは打って変わって、一切疑われることもなく買い物ができた。もしかしたら、肉屋の時のいざこざを見ていたのかもしれないな。
次の武器購入もこうであって欲しいものだ。
そして、この三店舗を回って何となくわかったこともある。
この世界の通貨はたぶん『ペレ』だろう。
知ったところで役に立つかもわからないが、大きな一歩かもしれない。
次の武器屋に向かう間、心の中で少しだけ喜んだ。
武器屋は少し離れたところにあった。
店舗の大きさは、他三店舗と比べると明らかに大きく、少し厳かな雰囲気がある。
ドアを開けて入ると、大小問わず大量の剣が並んでいた。他にも、包丁や鍋のような調理用具なども扱っており、武器屋というよりは鍛冶屋と言った方が良いのかもしれない。
店に入っても店主は何の挨拶もなく、不愛想にこちらを見つめて、直ぐに打っていた鉄に目を戻す。
店内の雰囲気は、暗く、工場がある影響か少し蒸し暑く、長居したいとは思えない。
さっさと、手ごろで自分に合った剣を買って出ることとしよう。
そう思い机の上に並べてある適当な短剣を手にし、店主のところへ持っていった。
清算しようするために短剣の価格は260円(仮)を出そうと財布に手を掛けると、店主はいきなり手を掴み手の平や腕などを触り始めた。
そしてボソッと一言漏らすと短剣を元の位置に戻し別の剣を持ってきた。
その短剣を握らされると、さっきのものより少し長いものの重くはなく、更に持ちやすさに至っては格段に違った。
店主は短剣を持った姿を見ると頷いて納得し、喋りかけてきた。
「のらに、じむころはゆろろーきあにがも。」
当然何も理解ができないため頷くと、鞘とベルトを渡された。これを買う余裕があるかはわからないが、頷いてしまったのだから購入するしかない。
だが、金額がいくらなのかわからない。思い付いた解決策は、財布の中から金を探している顔を見つつ100円(仮)硬貨を一枚づつ出すということ。
計300円(仮)分出したとき、表情が少し変わったように見えた。それを見て、一応足りなかったら困ると思い、即座に10円(仮)を五枚出した。
その後、すぐに「330円(仮)でお願いします。」という気持ちを込めて右手を広げ差し出した。
すると、ついでに出した50円(仮)のうち30円(仮)はすぐ返され、お釣りとして5円(仮)を渡された。
つまり、短剣と鞘とベルトのセットは315円(仮)だったことが判明した。
少し多く出したのが恥ずかしい。計算を間違えたのか、とか思われてもおかしくない。
まぁこれも気にしていても仕方がない。旅の恥は掻き捨てとも言うしな。
気を取り直し、購入したベルトを装着して鞘に短剣を差す。
片方に重心が行くのは少し気持ち悪いが、短剣を腰に据えたその重みを感じ、気分は冒険家や探検家、勇者になった様だった。
その姿を見て店主はこちらに来て鞘に触れ何かをしている。店主が離れた後に鞘を見ると剣が抜けないよう紐で結んでくれたようだ。
再度全体像を見ると頷き、何も言わずに工場に戻った。
店主はもうこちらを見ていないが、より良いものを勧めてくれた礼として、深く一礼をしてから店を出た。
必要な買い物は全て終わり、旅の準備は完全に整った。
あとは、話しかけられないよう祈りながら村を脱出するだけだ。
話しかけられないかと内心ビクビクしながら村の出口に向かったが、そんなことは杞憂であり、村から出るまでの間、何も起こることなく村を脱出した。