第15節 ~思い~
ゴブリンは卑怯で、凶暴で、頭も悪く、顔も醜い。
私は子供のころからそう教えられてきた。
ゴブリンを見たら逃げなさい。ゴブリンは頭の良い人間とは違い、人間の言葉など理解ができないから注意しなさい。
そう教えられてきた。
だけど、実際はどうだったか。
私たちみたく家を建て暮らしている訳ではないが包丁を使いや鍋、火を使って調理し、食器を使って食事していた。
ゴブリンたちの間ではしっかりとしたコミュニケーションが取れていて、しかも農業を行い、しっかりした作物も収穫している。
それに、両手両足に残った傷跡には傷薬を塗ってくれた。そのおかげか、今では遠目では目立たないほどまで、回復している。
本当に頭が悪いということはあるのだろうか。
少しはちょっかいも出されたが、卑怯で凶暴ということもなかった。
顔にしてもそうだ。
一人一人に違いがあり、笑ったり怒ったり哀しんだり楽しんだり様々な表情があって、特別、醜いということもなかった。
今までの生きてきた十二年間、私が教えられてきたことが、こんなにも不完全で不適当だったとは思いもしなかった。
それに村の前に着いたらどうだろう。
ゴブリン側は一切敵意を見せていないのに、村の人間は剣を抜き、こちらを威嚇している。
私たちの方がよっぽど凶暴じゃないか。
私は、たぶんこの村に帰されるためにここに連れてこられたんだと思う。
でも私は、そんな気はさらさらない。
もっとゴブリンたちとコミュニケーションをとって、お話してみたい。
それにシュウヤ。シュウヤは人間だけど、私たちの言葉がわからない。きっと色んなことを経験してきたに違いない。もっともっとシュウヤのことも知りたい。
だから少なくともこの村の皆には、しばらくあの洞窟で暮らすことを許してもらわなきゃいけない。
シュウヤやリビン、他ゴブリンたちが武器を納めるよう交渉をしても聞いてくれないは目に見えている。
ここは私が行かなきゃいけない。
シュウヤの手を放し、一歩二歩と前に出る。
私は緊張しながらもみんなの前に出て、手を広げ、皆に聞こえるように言う。
「みんな、剣を締まって。」
そういうと、村人全員がおぉと声を上げ、所々で「本当にリリアンだ。」「よかった。本物だ。」という声も聞こえた。
「リリアン。いい子だからこっちに来なさい。みんな心配してたんだぞ。ゴブリンは危険だからこっちに来なさい。」
剣をしまう様子は一切なく、剣をしまって欲しいという言葉は無視された。
「この人とゴブリンたちは私の恩人なの。剣を向ける必要なんてない。それに皆もあの森の中を探してくれたんでしょ。私は今、大きな怪我とかをせずにここにいるの。だから剣を締まってくれてもいいでしょ。」
「残念だがリリアン。それはできない。ゴブリンは卑怯で凶暴。そう教えただろ。剣を納めたタイミングで襲い掛かってくるに決まっている。」
そんなことはない。たった一日ではあったけど、どれだけ良くしてもらったか。
理解されないのが悔しくてたまらない。
「知ってるかもしれないけど三日前の夕方、私は森で誘拐されたの。そして一昨日、後ろにいるゴブリンたちに助けてもらって今の今まで一緒に暮らして良くしてもらったの。だからここにいられるの。それでも信用してもらえないの?」
「あぁそうだ。ゴブリンたちを信用することはできない。」
やはり、剣を納めて欲しいという願いは届かない。
どうすればいいのだろう。後ろを見てもみんなこっちを見ているだけ。
前を見ても剣を構えて、みんな警戒態勢をとっている。
どうすれば、どうすれば。
そう思っていると、自分の横をゴブリン数人がゆっくりと通り過ぎ、捉えた盗賊を村人たちの前においた。
村人たちもゴブリンが来ると後ずさりし、幸いゴブリンたちに攻撃はなく、怪我をした人間はいなかった。
「この二人が私を攫った二人。森の中でキノコと山菜を取っていたら攫われたの。これでわかってくれた?」
村人たちもザワザワし始める。「ゴブリンが人攫いから人を助ける。」「そんなことがあり得るのか」と。
そんなザワザワした集団の奥から誰かがかき分けてこっちに来た。
「ゴブリンが襲ってきたと言っていたのに、ここで固まってどうした。どういう状況だ。」
人だかりの奥からは村長さんが出てきた。
「村長。聞いてください。ゴブリンが人攫いからリリアンを助けたというのです。信じられると思いますか?前に倒れてる奴らが犯人で、ゴブリンがこいつらを捉えたってリリアンが言うんだ。」
「あぁそういうこともあるだろう。目の前に犯人がいる上にリリアンがそう言っているんだ。そういうこともあったんだろう。」
「しかし、村長。」
「納得できないなら縛られている奴の顔をよく見てみると良い。私はこの村で、そんな奴を見たことがない。少なくともこの村の人間でもなければ、この村と取引のある町や村の人間でもない。大方、本当に盗賊なんだろう。」
村長に諭されると、剣を抜いていた村人は縛られた人の顔を近づいて確認し、納得したような表情をして持ち場へ戻った。
「村長さん。誘拐されたあげく、直ぐに帰ってこれなくてごめんなさい。私、助けられてからは後ろにいるゴブリンたちと暮らしてたの。」
「そうか。それでお前はどうしたいんだ。この村に帰ってきたいならもうこっちに来ているはずだろ。そうやって、真ん中で手を広げているということは、他に何かやり他ことや考えがあるからんだろう。」
村長さんは、私の態度を見ただけで、剣を納めることが主目的ではないことを見抜いた。
流石は村長さんだ。私の話を分かってくれるかもしれない。
「村長さん。私。私、ゴブリンたちと一緒に暮らしたい。ゴブリンたちは、私たちとは違う言葉で、会話しているの。それに今は、ジェスチャーでしか伝えられないけど、何れはしっかりとお話ができるかもしれないの。」
精一杯自分の考えを表に出した。
相手は村で一番偉い村長さん。村長さんに逆らうということは、村に逆らうということかもしれない。だから、今までになく緊張した。
「そんなのダメ。」
村長さんじゃない声が返ってきた。
この声は、お母さんだ。
人の壁を縫ってお母さんとお父さんが前に出て来る。
「リリアン戻ってきなさい。私たち凄く心配したのよ。もう帰ってこないんじゃないかって。」
「そうだ。リリアンこちらに来なさい。いくらゴブリンたちが助けてくれたからと言ってもこれ以上ゴブリンたちと一緒にいさせるわけにはいかない。」
「そうよ。あなたがゴブリンと一緒に住むなんて、この村のだれも望んでいないのよ。」
両親からの猛攻撃。
でも、私にもやりたいことがある。
その意思は曲げずに、交渉する。
「ゴブリンたちの言葉を聞いて、理解して、私の中で何かが見えた気がするの。やりたいことがあるの。なんでわかってくれないの。」
「わかったことって例えばどんなのがあるの。いい加減なこと言うのはよしなさい。」
お母さんが怒る。
あまり怒らないタイプだったから、怒った姿は久しぶりに見た。
「例えば、メドワ。ゴブリンたちの言葉では「リンゴ」って言うの。それに私が大好きなイッズム。ゴブリンたちの言葉では「オレンジ」って言うの。まだ、しっかりしたのは、これしかわかってないけど、これから色んな言葉がわかってくると思うの。」
私は、少し後ろに戻ってシュウヤとゴブリンの両腕を掴んで仲の良いことをお父さんやお母さん、それに村人たちに見せつける。
「いい加減なこと言わないで。」
そういったところでお父さんがお母さんの肩を掴む。
「リリアン。お前、王都の学校に行くのを楽しみにしていたよな。お前は優秀だから直ぐに色んなことを覚えて、王都の先生にスカウトされたってときは大喜びしてたよな。もう王都に行く、目標はお前の中にはないのか。」
「うん。ない。ゴブリンたちの言葉を理解して、それで沢山お喋りして、色んな話を聞いたり、暮らしぶりを見てみたいの。」
私は一片の迷いもなく、自信を持って言った。
「わかった。俺はそれでもいい。好きにやりなさい」
お父さんはあっさりと了承してくれた。
「あなた・・・村長、村長もゴブリンと暮らすなんて反対ですよね。」
「いいや、僕は反対するつもりはなかったよ。」
村長に最後の望みを託すも、玉砕したお母さんもなし崩し的に了承した。
王都の時もそうだった。
お父さんは直ぐに許してくれたけど、お母さんは長い間反対だった。
私が、王都に行きたい気持ちを何度も伝えて、お母さんも許してくれた。
二人とも違うからこそ、バランスがしっかりと保てているのかもしれない。
たぶんいい夫婦という奴だ。
そこからは、話が早かった。
両親はゴブリンも恐れず、前に出てきてくれて、最後の別れでもないのに両親と抱き合ってくれた。
「時々帰ってくるから、その時は美味しいご飯を食べさせてね。」
その後、二人の弟たちも恐る恐るこちらに来てくれたので抱き合った。
「そして、あんたらはしっかり勉強するんだよ。色々あるとは思うけど、勉強はできるに越したことはないんだから。」
そうやって、抱き合っている姿を見たシュウヤとゴブリンは帰ろうとしていた。
離してもらった後、直ぐにシュウヤの手を取って引っ張った。
シュウヤは手を振っていたが、こちらが首を振ると何かを察して、ゴブリンたちを引き留め村の前に戻ってくれた。
お父さんやお母さんに、これからお世話になるシュウヤとリビンと握手してもらいたい。そう思い、二人の手を引いてシュウヤとリビンを横並びにさせた。
「お父さん、お母さん。記念にこの二人と握手してくれる?」
「いいぞ。これからのことも頼みたいしな。」
「そうね。娘を信用して一度ぐらいは触れ合わなきゃね。」
快く握手をしてくれ、光景を見ればゴブリンと人間が握手をする。
前代未聞、歴史的な瞬間なのかもしれないと子供ながらに感動する。
「説明するね。人間のシュウヤさん。人間なんだけど、私たちの言葉が喋れないの。だけど、ゴブリンとは会話できてる不思議な人。そしてゴブリンのリビンさん。たぶん住んでる洞窟で一番偉いゴブリンなの。」
説明をすると、後ろにいる村人たちから「俺らの言葉が喋れない⁉」「ゴブリン一匹一匹に名前なんてあるのか。」声が上がる
「お前は人間みたいだが、ゴブリンとしっかりやっていけているのだろ。凄いな。って言ってもわからないのか。どうか娘をよろしくお願いしたい。」
「そして、ゴブリンの君には謝りたいことがある。今まで毛嫌いしていて悪かった。どうか許してくれ、そして娘を頼む。」
二人との握手の時、お父さんは結局、娘を頼むしか言っていないような気がした。
「人間でもゴブリンと一緒にいるのは尊敬する。娘を護ってくださいね。」
「どうもはじめましてリビンさん。娘が迷惑を掛けると思いますが、その時は許してあげてください。」
お母さんの方は、ゴブリンとの握手をする前は抵抗感を感じたが、握手をしてからはごく普通といった感じだった。
ゴブリンと人間が握手をする。
感動の一歩。
この瞬間は生涯忘れない。
これから私とゴブリンたちとの洞窟生活が始まる。
この姿に村人たちも、多少は感化され、ざわついていた。
村長も拍手していたが、耳打ちをされると口を開いた。
「あ、そうだ。知ってる人もいたかもしれないけど、今日の夕方に王都からゴブリン討伐部隊が来るの忘れてた。ごめんね。」
「どういうことですか。」
あそこで暮らせると思っていた私に衝撃が走り、思わず声が出た。
村長の言葉は、祝いの言葉ではなく一言で私の計画を崩壊させる一言だった。
感動も一気に崩れ落ちる。
「いやぁどうもこうもないよ。十日ぐらい前にね。ゴブリンの巣を見つけたって話になって、うちの村じゃ対応することができないから王都に頼みに行って、王都の遠征隊に討伐のお願いしちゃったんだよ。」
「え、それじゃあ、あそこはもう。」
「そうだね。見つけた巣とリリアンがいた巣が違うなら大丈夫だと思うけど、そんな都合の良い話はないと思うし、もう駄目だね。」
「断れないんですか。」
「断ることはできないよ。「巣からゴブリンがいなくなりました。」って言っても村のために巣の周辺、村の周辺確認ぐらいはするだろうね。」
「それなら一時的にどこかに隠れて。」
「それも無理だろうね。彼らは超一流だ。相当遠くに行かない限り、簡単に見つけちゃうだろうね。」
私は言葉が出なかった。
そんな私を見て、村長は続けて口を開いた。
「昔、この村で一番目の天才だった子は王都にスカウトされなかった。何もかも飛びぬけている人でなければ、王都の学校には入れなかったんだ。そんな学校を卒業した人しか入れないのが王都の遠征隊だ。」
あそこに戻れないと私の計画はどうなるの。
でも、そんなことよりもみんなに今の状況を伝えなきゃ。
私は、集団に戻っていたシュウヤとリビンを呼んで地面に絵を描いた。
一本一本の線に余裕を持たせて、五本の線を引いて線の上に家や洞窟を描いた。
一本目の線は、家と洞窟と人。
二本目の線は、お城と家と人。
三本目の線も、お城と家と馬。
四本目の線は、家と馬。
五本目の線は、洞窟と馬と人。
五本の線を使って、一つずつ説明した。
一本目の線は、棒人間が、洞窟を見つけてびっくりする構図で!をつけて、人間がゴブリンの巣を発見したことを表した。
その後、棒人間から家の間に矢印を引いて、洞窟を見つけて村に報告したことを表した。
すると、二人はうんうんと頷いたため次に行く。
二本目の線は、家の近くに棒人間を描き、その棒人間がお城へと向かうっている様子を矢印で表現する。
これも二人ともしっかりと理解できているようでしっかりと頷く。
三本目の線では城の近くに、棒の馬を作って城から家へ矢印を描く。そして、この絵の隣に丸を描き、今の状況はここだとアピールしてみる。
それが理解できているかどうかはわからなかったが、頷いているため次に行った。
四本目の線は、家と馬を描いたがそれ以上書くことはなかったが、今日ここに来るという話だったので二重三重の丸を描いて今日であることを伝える。
そして、五本目の線には、馬と人に剣を持たせ、人から槍が投げられ、洞窟が攻撃されているという構図を描いた。
それを見た二人は驚き、リビンは村民を睨んだ。
もしかしたらリビンは今、洞窟がバレて今からでも伐隊が来ると勘違いしたのかもしれない。
だから、誤解を解くためにも線の間と間に括弧をつけ、数字を書き、日数を表してみた。
日数を理解したからか、リビンは怒りを納め、後ろにいるゴブリンたちに指示を出す。指示を貰ったゴブリンは走って、洞窟の方向へ走っていった。
「リリアン、これからどうするの?ゴブリンと一緒に次の住処を探しに行くの?」
「わからない。わからないけど、色々なところに旅に出るのも悪くはないと思うの。だから行かせて。いつかきっと戻ってくるから。」
お母さんは凄く心配そうな顔をしていたけど、旅をすることすら許してくれた。いつか手紙が書く暇があれば、手紙を書こう。
私はそう心に決めて、ゴブリンたちの対応を待った。




