96 学園祭⑥
時刻は夕暮れ、展示物を見ているとあっと言う間に時間が過ぎていった。
「どこかで休憩したいですね」
「うん……」
五十鈴さんはお疲れ気味だ。
僕も小腹が空いてきた…
どこかで休もうにも、どこに行っても周囲の視線があって気が休まらない。芸術室に逃げる手もあるけど、こんな時まであそこに頼るのもどうなんだろう。
「ここに行きたい……」
そこで五十鈴さんが手を上げた。
今日の五十鈴さんは迷いがないな…もしかして今日のために、事前に計画を立ててたりして。
「向日ちゃんがやってる模擬店……」
「ああ、そういえば葵も出し物やってたんですよね」
葵は友達と一緒に模擬店を開いている。
えっと…たしか名前は“おむすび処”といって、おにぎりなどの軽食を売っている飲食店だ。随分とあいつらしくない、地味な出し物をやってるな。
「じゃあ行ってみましょうか」
「うん……」
※
葵がやっている模擬店は、中等部一階の最果にある。
この学園祭は高等部の出し物がメインだから、中等部の出し物はそこまで人を集めない。しかもこんな中等部の端っこでは、人なんてほとんど来ないだろう。
「ここですね」
「……」
僕と五十鈴さんはおむすび処と書かれたのれんをくぐる。
最終日でも普通に営業しているようだが、やっぱりお客の数は少ない。でも静かな場所を求めている僕らにとっては好都合だ。
内装は床に畳が敷かれていて、テーブルや座布団といった和の物が揃っていた。思っていたよりずっと手が込んでいるぞ。
「あ、庭人くんと五十鈴さん。いらっしゃ~い」
中に入ると甚平服を着た葵が迎えてくれた。
妙に似合ってるな…
「さぁさぁ座って、こちらがメニューになります」
僕と五十鈴さんを空いてる窓際の席まで案内すると、葵はメニュー表を渡す。内容はおにぎりに豚汁、抹茶に和菓子と…やっぱり葵らしくない渋い模擬店だ。
「ここって繁盛してるのか?」
「それほどだね。一般客はほとんど来ないけど、華岡の生徒はそこそこ来てくれてるから黒字だよ」
「へぇー」
確かにお客は全員、華岡の生徒みたいだ。
それにしても、どこかで見たことがある人ばかりだな。知り合いとかじゃなく、なんかテレビで見たような………………あ、思い出した。
「あそこに座ってる二人、大人気のアイドル兄妹だよな」
「そうだよ。因みにあっちのペアはカルタ界のクイーンと名人。あっちに座ってるのは有名な子役と女優。窓際で本を読んでるのは探偵の息子だね」
「…なんで華岡の中でも、一握りの天才たちがここに集まってるんだ?」
よくよく見回してみると、校内では見たことないけどテレビとかで見たことある有名人ばかりだ。そんな大物がこの学園祭でおにぎりに豚汁って…なんだか似つかわしくないな。
「一般客は普通じゃない非日常を求めて学園祭に来てるけど、華岡の天才たちは普通の日常を求めてたりするんだよ。二人もそうなんじゃない?」
そう言いながら葵が水の入ったコップを僕らの前に置く。
確かに僕と五十鈴さんが求めていたのは平穏で静かな空間だが………他の天才たちも同じなのか。
「ねぇ、あれが噂の美少女ちゃんじゃない?」
「興味深い…本当に綺麗な子ですね」
「可愛いけどまだヒヨコ、私には敵わないネ」
そんな天才たちは五十鈴さんの存在に気付いたようだが、そこらのギャラリーみたいに騒ぎ立てることなく落ち着いていた。
流石は選ばれし天才、対応が大人だ。
「あ、五十鈴さんに園田くん」
すると一人の女子がこちらにやって来た。
この人は同じクラスの音無さんだ。
「音無さん、ここに来てたんですね」
「うん、最終日のライブも終わってやっと落ち着けたよ~」
彼女は中等部一年でありながら、超人気バンドグループ“ライジング・ブーケ”のギター担当を務めている。今はバンドメンバーのみんなで食事中のようだ。
音無さんはメガネをかけた大人しそうな女子なのに、ギターを持つと人が変わったように激しい音をかき鳴らす。この人も紛れもない天才だ。
「ところで…二人はデート中なのかな?」
音無さんはメガネを光らせていた。
う…やっぱり指摘されるか。
「……」
五十鈴さんは真顔で頷いている。
これがデートだって認識はあったんだ…
「音無さん…このことは内密にお願いします」
「かしこまりました。それではお邪魔虫は退散しま~す」
そう言い残して音無さんはバンドメンバーの元に戻って行った。
今更な疑問なんだけど、五十鈴さんに恋愛感情ってあるのかな?デートを認識しているのに、僕と二人きりでも平然としているし。
「それで注文は~?」
僕が悶々していると、葵が注文を急かしてきた。
「あ、ああ…じゃあこの豚汁セットで」
「同じものを……」
「はいよ!」
僕と五十鈴さんが注文を終えると、葵は調理場へ戻る。
このおむすび処は葵を含める女子三人だけで運営していた。
一人は真面目で寡黙そうな人。もう一人は前髪で片目を隠した地味な人。意外だな…葵がこんな文系っぽい人と仲良くなるなんて。
「おまたせしました、豚汁セットです」
しばらく待つと目隠れ女子が料理を僕らの前に並べてくれた。
「ゆっくりしていってくださいね」
その人は長い前髪から笑顔を覗かせる。
「…」
何故だろう、ドキッとした。
地味な人だと思ってたけど、なんとも形容しがたい魅力を感じる。美人とか可愛いとかじゃない、何か本能に訴えかけてくるような…
「園田くん……?」
五十鈴さんに呼ばれて我に返る。
ついボーっとしてしまった。
「な、何でもないです。では…いただきましょう」
「うん……いただきます」
おにぎりと豚汁。
この華岡学園祭に似つかわしくない普通の料理だが…
「…!」
おにぎりを一口食べた瞬間、僕はその美味しさに感動していた。
普通だ、普通に美味しい。
普通なのになんでこんなに心に沁みるんだ。海外に行っているお母さんの料理の味を思い出させてくれるような、温かい家庭の安心感がこの料理に込められている。
「……」
五十鈴さんも料理を口にすると、これまでずっと緊張で強張らせていた表情が和らいでいる。この料理にはそういったリラックス効果が含まれているみたいだ。
なるほど…確かにここは非日常に疲れた天才たちにとって、絶好の安息地になる。
あの目隠れ女子が料理を作ってるみたいだけど…何者なんだろう。
※
僕と五十鈴さんは、この居心地のいいおむすび処に入り浸ってしまった。
外はもう暗くなっている。
今頃、グラウンドではキャンプファイヤーが行われているはずだ。
「五十鈴さん、他に行きたいところはあります?」
「ん……」
五十鈴さんはとても眠そうだ。
この五日間、ずっと忙しそうにしてたからな…もう体力の限界みたいだ。
ドォォン!
すると窓から大きな音が鳴る。
学園祭終了を告げる打ち上げ花火だ。
「あ、花火が上がってますよ」
和室でのんびりしながら花火を眺める…こんな普通がたまらない。中等部の最果ては悪い立地だと思ってたけど、最高の穴場じゃないか。
「……」
五十鈴さんは俯いたまま、小さな寝息が聞こえる。
「…お疲れさまです、五十鈴さん」
こうして五十鈴さんの初めての学園祭は、静かに幕を閉じた。




