94 五十鈴さんの学園祭
五十鈴さんは充実していた。
初めての学園祭は見る物すべてが新鮮で、自分の中の狭い世界が何度もひっくり返った。
さらにクラスメイトのみんなと学園祭を回ることが出来た。それが五十鈴さんにとって一番の成果だった。まだちゃんと会話をするのが難しい五十鈴さんだが、頷いたり首を横に振るだけで意思疎通は問題ない。
困った時は西木野さんや出雲さんといった頼もしい友達がカバーしてくれたので、園田くんがいなくても安心して学園祭を楽しむことが出来た。
素敵な思い出をたくさん作り、五十鈴さんは十分満足していた。
「……」
しかし、一つだけ気になることがあった。
それは園田くんと一緒に遊べてないことだ。
だが五十鈴さんは冷静になって考える。
園田くんにだって一人で自由に動く権利がある。園田くんはいつも自分に親切にしてくれて、やりたいことノート達成のために協力してくれた。今回はやりたいこと達成を保留にしているので、向こうから来ない限り園田くんとは距離を置こうと五十鈴さんは考える。
いつも五十鈴さんの隣にいるから今回はいいだろう。そう考える園田くんと似たような結論に至ってしまったのだ。
だから二人は一緒に学園祭を回らない。
でも今回はそれでいい。
五十鈴さんはそう自分に言い聞かせていた。
「……」
だが五十鈴さんはモヤモヤしていた。
学園祭一日目。
「ちょっと写真を何枚か撮りに行くか」
「そうですね、行きましょうか」
学園祭二日目。
「実は………一緒に行ってほしい模擬店があるの…」
「いいですよ。どの模擬店ですか?」
学園祭三日目。
「予定がないなら一緒にゲーム喫茶に行かない?」
「じゃあ行きましょうか」
学園祭四日目。
「……」
そのモヤモヤは、五十鈴さんの中で日に日に大きくなっていった。
これだけ充実した学園祭を送れているのにどうしてなのか。そのモヤモヤを表現するならば、五十鈴さんはこう言葉にするだろう…
「どうしたの?五十鈴さん」
考え込む五十鈴さんを心配する西木野さん。
今はいつもの五十鈴さんグループと学園祭を回っている。
「なんか元気なさそうだね」
「体調…悪い?」
「リラックスするポプリ嗅ぐ~?」
星野さん、木蔭ちゃん、朝香さんも元気のない五十鈴さんを心配してくれていた。
「……」
五十鈴さんはどう答えるべきか迷った。
今のモヤモヤを言葉にすると、一緒に回ってくれている西木野さんたちに失礼だと思ったからだ。
「今更遠慮することないよ、何でも言ってみな」
よそよそしい気配を感じ取った西木野さんが笑顔でそう言うと、他の三人も微笑みながら頷く。
「……」
その言葉は、五十鈴さんが無意識に張っていた心の壁を壊すきっかけになった。この四人なら、アメ先輩や園田くんと同じように心を許してもいいと思えた。
今ならこのモヤモヤを言葉にして、四人に相談できる。
「あの……最終日、園田くんと二人で学園祭を回りたい」
※
五十鈴さんたちは人のいない空き教室に移動した。今は学園祭、使われない教室はいくらでもある。
「ごめん五十鈴さん、ちょっと話し合う時間を頂戴」
西木野さんたちは五十鈴さんに聞こえないよう、遠くに集まってひそひそ話を始める。
「これは青春…アオハルなのでは!?」
「やっぱりフラグ立ててたんだ…!」
「これが、恋の香りなのかな~?」
女子らしい話題で盛り上がる星野さん、木蔭ちゃん、朝香さん。
「みんな、ちょっと落ち着こうか」
そんな中でも冷静なのが西木野さんだ。
(結局誘ってないんかい…!)
そして心の中で園田くんを非難した。
五十鈴さんが園田くんに依存していることを西木野さんは知っている。こうなるんじゃないかと危惧していたからこそ、学園祭初日に二人の時間を作るよう園田くんに提案していた。
そこまで予想していた西木野さんだが、こうして五十鈴さんから相談を受けるのは予想外だった。
「えーと…つまり五十鈴さんは、園田と二人っきりで学園祭を回りたいのね?」
西木野さんは遠くで待機している五十鈴さんに意思を確認する。
「うん……星野さんや木蔭ちゃんみたいに、園田くんと遊びたい……」
星野さんと木蔭ちゃんはギクリとする。
「私ら、もしかして妬かれてる?」
「う…私なんて園田くんとカップル喫茶まで行っちゃった」
「西木野センセー!木蔭ちゃんが抜け駆けしてまーす!」
「ち、ちが…!」
二人でわちゃわちゃしている。
今まで縁のなかった恋バナでテンションが上がっているようだ。
「だから落ち着きなって…ほら、五十鈴さんの様子を見てみなよ」
西木野さんは二人を宥め、五十鈴さんの方を指差す。
「……?」
五十鈴さんはキョトンとしていた。
どうしてみんなはひそひそと話し合っているのか。何に盛り上がっているのか。ただ友達である園田くんと二人で遊びたいだけなのに、なんでそんなに興奮しているのか。
要するに五十鈴さんから、ラブコメの気配が感じられないのだ。
「これは…脈なしってことかな?」
「普通に友達として遊びたいだけ…」
「好感度が足りないね~」
そうと分かった途端、拍子抜けする三人。
「五十鈴さんはいろいろ経験不足な面が見られるから、多分だけど恋のこの字も知らないんじゃない?」
西木野さんの想像通り、五十鈴さんには恋愛に関する知識がない。人生の大半が入院生活だったのだから当然だろう。
「つまり五十鈴さんはただ園田と遊びたいだけ。それを踏まえて五十鈴さんの最終日の予定を立ててあげよう」
西木野さんは話し合うべき点をまとめる。
「二人きりで学園祭を回れるよう、お膳立ては私がしておくか…まったく世話の焼ける男だな」
やれやれといった仕草で息を吐く西木野さん。なんだかんだ言いつつも、世話を焼かずにはいられないようだ。
「五十鈴さん、園田くんと行きたい模擬店とかってある…?」
木蔭ちゃんが五十鈴さんに尋ねた。
「……」
五十鈴さんは首を横に振る。
学園祭を数日間体験したとはいえ、まだ五十鈴さんは学園祭の底が見えていない。それだけ華岡学園祭は奥が深いということだ。
「じゃあ二人をどの模擬店に向かわせようか」
「お化け屋敷とかどうかな?」
「うーん…もっと落ち着いた場所がいいよ…」
「向日ちゃんが何か出し物やってたよね~」
四人はパンフレットを開いて、真剣に五十鈴さんと園田くんのデートプランを話し合った。
「……」
五十鈴さんは嬉しかった。
自分のことに、これだけ真剣に悩んでくれる友達と出会えたことに。
「あの……!」
居ても立ってもいられなくなった五十鈴さんは、話し合っている四人の輪に踏み込んだ。




