82 杉咲先生の美術講義
体育祭が終わり、いつもの日常が戻ってくる。
「体育祭、勝てて良かったですね」
「うん……高等部も勝ってたって」
「まさに完全勝利でしたね」
「園田くんたちのおかげ……」
「いえいえ、五十鈴さんの活躍のおかげですよ。僕の見ていない所であれだけ速く走れる努力をしてたんですから」
「えへへ……」
学校の放課後、僕と五十鈴さんは芸術室に集まり暖かいお茶を飲みながら雑談している。華岡は学校行事が騒がしいからこそ、こうして五十鈴さんと二人で過ごす静かな一時が幸せだ。
「こんにちは。職員室からお菓子持ってきましたよ~」
すると杉咲先生が現れた。
最初は先生だからと萎縮していた僕らだけど、今では気楽に接することができる数少ない相手だ。五十鈴さんも先生を気に入っているみたいだし。
「先生……お茶をどうぞ」
「五十鈴さんありがと~♪」
「……あ、あの」
五十鈴さんはお茶を差し出しながら先生に話しかけている。
「どうかしました?」
「絵の描き方を教えて欲しいです……」
「絵を?」
「上手に……絵が描きたいです」
五十鈴さんの提案は実に美術部っぽいものだ。
いつも忘れがちだけど僕らって美術部なんだよね。季節もそろそろ秋だし、芸術の秋が五十鈴さんに影響を与えているのかも。
「いいですよ。じゃあデッサンから学んでいきましょうか」
杉咲先生は快く了承してくれた。
芸術室に置いてあった大量の鉛筆と紙束を引っ張り出し、五十鈴さんに渡す。
「園田くんも一緒にやりましょう」
杉咲先生は僕にも画材を渡してきた。
「え……でも僕、画力もセンスもないですよ」
デッサンといえば画力が必要だろう。
この芸術室に置いてあるデッサンの絵…特にあのブルータス像の絵なんて、才能がないと描けない領域のはずだ。
「デッサンに画力やセンスは必要ないし、むしろ逆なのよ」
「え?」
「デッサンはいかに手順通り手を付けられるかが重要なの。モデルを観察して、サイズを測って、構図を決めて、順番通り道具を使って、正しい質感に仕上げる…センスがなくてもデッサンは完成度の高いものになりますよ。逆に才能やセンス任せに筆を走らせても、デッサンは上手くいかないのよ」
「なるほど…」
デッサンに才能は必要ないのか…そう聞くと、なんだか僕でも描けそうな気がしてきたな。
「じゃあ試しに、この瓶を書いてみましょう」
先生は芸術室に置かれたワイン瓶を取り出し机に置いた。
「その紙はケント紙っていって、ザラザラしている面が表だから間違えないように。カーテンは閉めるね、日差しで影の向きが変わっちゃうから。鉛筆は9H~6Bの17本あるから、好きに使っていいですよ」
なんか本格的に美術の授業が始まってしまったぞ。
「……!」
五十鈴さんは鉛筆を握りしめて奮起している。
こうなったら僕も頑張ってみるか。
………
……
…
デッサンが始まってしばらく時が過ぎた。
「ふぅ、こんな感じですかね」
いい感じに描けたかも。
「どれどれ~」
僕の絵を杉咲先生が覗きに来た。
「構図やパースはいい感じね。でも初めから黒の調子を乗せ過ぎかも、絵が真っ黒になってますよ」
「う…」
確かに改めて見ると僕の絵はのっぺりしてる。濃く塗るといい感じに見えるからってやり過ぎてしまった。
「先生……私はどうですか……?」
僕の隣で描いていた五十鈴さんが手を上げる。
「五十鈴さんは…お、いい感じね」
五十鈴さんの絵はまだ陰影をほとんどつけていないが、僕の絵よりも正確で綺麗だ。僕みたいに完成を焦らず、手順通り慎重に進めたからだろう。
むむ…新しい紙で描き直そうかな。
「この絵に指摘するとなると、ちょっと細かいことになりますけど…聞きたい?」
「はい……!」
五十鈴さんは嬉しそうに頷く。
こうして僕ら美術部は、たまに美術の講義が開かれることになった。
※
放課後はあっという間に過ぎていった。
「そういえば五十鈴さん、学園祭でしたいことは決まってます?」
僕は帰り支度をしながら、五十鈴さんが学園祭でどうするつもりなのか聞いてみた。
うちの学校ではもう学園祭の準備期間に入っている
華岡の学園祭は様々な学校行事の中でも一番力の入れる大イベント。僕らもクラス委員としての雑務が山住だ。
本当にこの学校は僕らに暇を与えてくれない。
「……」
五十鈴さんはやりたいことノートを取り出し、ページを開いて僕に見せてくれた。
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11 委員会に入る。
12 勉強会を開く。×
13 みんなでテストの見直しをしたい。×
14 何かの賞をとる。
15 体力測定は平均以上を目指す。
16 身長は目指せ160以上。
17 運動会で一位になる。×
18 マラソン大会で完走する。
19 学園祭の実行委員をやる。
20 学園祭で全ての模擬店を回る。
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この内容だと、後半の二つに挑むことが出来る。
「実行委員としてクラスの出し物に集中するか、出し物よりも模擬店を回ることに集中するか。どちらか一つを選んだ方が賢明ですね」
僕にとっても学園祭は未知のイベントだ。
どれだけ大規模になるか予想できないから、目標を絞って活動したほうがいいだろう。
五十鈴さんは少し悩んでから口を開く。
「あのね……私は……」




