7 芸術室での放課後
五階の美術倉庫。
僕らはそこを“芸術室”と呼ぶことにした。
もちろんそんな名前の教室はどこの学校にも存在しない。僕と五十鈴さんで考えた隠語みたいなものだ。名前の由来は単純、この部屋には卒業生が残した芸術作品が大量に保管されているからだ。
「ふぅ…」
「……」
放課後の僅かな時間、僕と五十鈴さんで整理整頓を試みる。教室を借りることができたのは幸運だが、こんな足の踏み場も腰を下ろす場もない部屋では話し合うどころではない。
しかし…片づけは一向に終わる気配がない。
迂闊に物を引っ張り出そうとするとドミノみたいに物が倒れそうだ。ダンボールとかを開けると、用途不明の道具が次々と出てきて手が止まる。これは思った以上に手強いぞ。
……でも、ちょっと宝探しみたいで楽しい。
「園田くん……缶コーヒーが出てきた……」
五十鈴さんが嬉しそうに缶コーヒーの入ったダンボールを引っ張り出す。
「どれどれ………って、これとっくに賞味期限すぎてますよ」
プルタブ式の缶ジュースって初めて見た。
もしかして昭和のもの…?
「おお~……飲んだらダメ?」
「お腹壊しますから!」
「ふふ……」
五十鈴さんも楽しそうだ。
こんな美少女と二人きりで楽しい放課後を過ごせるなんて……自分の寿命が心配になるくらい今が幸福だ。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎていくもの。
~♪
校内スピーカーから音楽が流れ始める。
これは下校時間を知らせるチャイムだ。
「あ、もうこんな時間に…」
「なんとか座れるスペースは作れたね……」
取りあえず空間を作って机と椅子を並べることができた。別に隅々まで綺麗にする必要はないし、これくらいでいいだろう。
「じゃあ帰りましょうか」
「うん……疲れた~」
五十鈴さんは大きく伸びをする。
退院してまだ日が浅い五十鈴さんにとって日常生活だけでも一苦労だ。それなのに学校案内と教室整理はやりすぎたな。
「大丈夫ですか?」
「うん……元気……!」
五十鈴さんは拳を握って意気込んでいる。
無理させないよう気を付けないと…
「今日はもう遅いですし一緒に帰りましょうか。五十鈴さんの家、僕と途中まで方向が同じなんですよ」
「……そうだったの?」
「五十鈴さんの家にプリントを届けた時に知ったんです」
「あ……」
そう伝えると、五十鈴さんは俯いてしまった。
「どうかしました?」
「……園田くん、ごめんね」
「?」
「園田くんも学校生活で忙しいのに……私なんかに時間をとらせて……」
五十鈴さんがしょんぼりしている。
「…僕は自分の意思で五十鈴さんに協力しているんです。気を使わなくても大丈夫ですよ」
「でも……」
「お恥ずかしい話ですが…僕は五十鈴さんと違って目標も、進みたい道もありません」
「……」
「そんな僕が五十鈴さんの助けになれることが、すごく嬉しいんです」
僕はなんの取柄もない平凡な一般人だ。
そんな僕が五十鈴さんの力になれるなら、いくらでも協力してあげたい。それが今の僕が進むべき道だ。
「園田くん……ありがとう……」
五十鈴さんは笑顔を浮かべて感謝の気持ちを伝えてくる。この笑顔が報酬なら、報酬分は働かないとな。
※
「今日は大きな収穫がありましたね」
「うん……でも、まだ目標は叶えてない……」
帰り道、五十鈴さんと一日を振り返る。
今日は進展の多い一日だったが、五十鈴さんの課題は山積みだ。とにかくクラスメイトと馴染めなければ、やりたいことノートの達成どころではない。
実は僕のクラスには幼馴染が二人いる。
いずれは紹介したいけど、その二人はちょっと五十鈴さんと相性が悪いと思うんだよね。五十鈴さんの初めての友達は、もっと普通で安心感のある女子が好ましい。
「園田くん……」
五十鈴さんは決心したように僕を見る。
「私……また、西木野さんに話しかけてみる」
「おお」
「せっかく話しかけてくれたのに……私がうやむやにしちゃったから」
西木野さんは良い選択だ。
最初の挨拶では失敗してしまったが、別に仲が悪くなるようなやり取りはしていない。今度は五十鈴さんの方から日本語で挨拶できれば十分挽回できる関係だ。
「また明日から、がんばりましょうね」
「……がんばる!」
五十鈴さんは声を上げて気合を入れる。
まるで人生の遅れを取り戻すように、五十鈴さんは今を全力で生きていた。こんな健気な子が報われないなんて結末、絶対に避けないと。




