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70 新学期




 夏休みが終わり、登校日がやってきた。


「……」


 五十鈴さんは登校時間の一時間前に1-1の教室に到達する。

 人が少ない朝早くに出ることで、登校中や学内の視線を大幅カットすることが出来る。それとは別に、五十鈴さんは休み明けの教室でやりたいことがあった。


「おはようございます」


「おはよー」


「おはよ…」


 教室には園田くん、西木野さん、木蔭ちゃんが揃っていた。

 この四人が集まったのはまったくの偶然で、朝早く教室で集まろうなんて約束はしていない。ただ考えることが一緒だっただけだ。


「やりますか、掃除」


 園田くんが掃除箱を開けた。

 登校日初日、夏休みの間無人だった教室には少し埃が溜まっている。教室の掃除をきっかけに友達となったこの四人にとって、こうして集まることは自然の帰結だった。


「やっぱり初日は綺麗な教室で過ごしたいからね~」


 西木野さんが箒を手に取る。


「頑張ろうね…」


 塵取りを手にした木蔭ちゃんもやる気満々の様子だ。


「……」


 五十鈴さんは雑巾を握りしめる。

 みんなで掃除をするこの一時を、五十鈴さんは待ち望んでいた。





「…あ、体育祭のプログラムが張り出されてる」


 西木野さんは教室の後ろにある黒板に、体育祭に関するプリントが貼られていたことに気付く。 


「……!」


 それを聞いた五十鈴さんは駆け足でプリントの元に駆け寄った。


「華岡の体育祭、どんな種目があるんですかね」


 園田くんもプリントを覗き見る。


「玉転がし、パン食い競争、借り物競争、リレー……意外と普通ですね」


 プリントの内容を見て拍子抜けする園田くん。

 天才が集まる華岡学校では、どんな奇抜な競技があるのか内心期待していたようだ。


「運動は苦手…はぁ」


 遠くで文系女子の木蔭ちゃんが深いため息を吐いている。

 

「僕はちょっと楽しみなんですよね、体育祭」


 木蔭ちゃんとは違い園田くんは体育祭に対してやる気になっていた。


「え、そうなの?意外だね…」


「子供の頃から葵の運動に付き合わされてたので、体力にはちょっと自信があります」


「ああ…なるほど」


 木蔭ちゃんは納得したように頷く。

 園田くんはスポーツの天才である向日ちゃんの幼馴染で、子供の頃からずっと一緒になって遊んできたのだ。運動能力が上がるのも必然だろう。


(運動は嫌いってほどでもないし…五十鈴さんにいいところを見せるチャンスだ、頑張ろう)


 平凡を自称する園田くんにとって体育祭は、自分にある数少ない特技を生かせる場。そんな時くらい活躍したいと思うのは若者として当然の願望だ。


「どの種目がいいかな…五十鈴さんは、何やりたい…?」


 木蔭さんが掃除を再開させながら五十鈴さんに聞いてみる。


「うーん……」


 どの競技にも興味を惹かれ、五十鈴さんはどれか一つを選ぶことが出来ないようだ。


「五十鈴さんに無茶はさせないよ。その傷一つない綺麗な肌は大切に守らないと」


「……」


 西木野さんに気遣われているが、五十鈴さんは無理をしてでも一位になりたかった。


 17 運動会で一位になる。


 五十鈴さんのやりたいことノートにはそう書かれていた。もちろん一種目での一位ではなく組での総合優勝が五十鈴さんの目標だ。


「僕らは赤組ですね。やるからには優勝を目指しましょう」


 五十鈴さんの目標を知っている園田くんは、少しでも力になれるよう全力で体育祭に挑むつもりだ。


「いつも控えめな園田が珍しくやる気じゃん」


 園田くんの不自然なやる気に違和感を覚える西木野さん。


「がんばろう……!」


「五十鈴さんまで…」


 便乗して五十鈴さんも意気込みを露にする。


「やる気になるのはいいけど、勝てるかは運次第だよね。私ら中等部一年の頑張りなんて些細なものだし、スポーツの天才が偏ったりすると手に負えないでしょ」


 熱くなっている二人とは対照的に、現実的なことを言う冷めた西木野さん。


「明日はテストがあるし…運動に勉強と、学生は忙しいねぇ」


 西木野さんは疲れた息を吐く。

 どうやら休み明け特有の憂鬱な気分になっているようだ。


「やることいっぱいで楽しみ……」


 だが五十鈴さんに休み明けの意気消沈はない。

 むしろ生き生きしていた。


「…五十鈴さんって学生生活を全力でエンジョイしてるよね」


 元気な五十鈴さんの姿を見た西木野さんの目に光が戻る。

 五十鈴さんと一緒に過ごす学校生活が灰色になるわけがない。西木野さんも木蔭ちゃんも知らず知らずのうちに、五十鈴さんの存在に励まされていた。


 そんな五十鈴さんと過ごす新学期、いよいよスタートだ。

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