6 五階のヒミツ
僕らは階段を登って一般棟の五階に到着した。
使われない階ということで人気はなく、放課後の沈みかけた夕日が怪しく廊下を照らしている。
なんだか不気味な雰囲気だな…
「空き教室ばっかりだね……」
「一般棟ですからね」
廊下から見る空き教室の中には、椅子や机が乱雑に積み上げられていた。他にも大量の段ボールに、何かのイベントで使われたであろう飾り付けのような物もちらほら見える。どうやら物置として使っているみたいだ。
どの教室も鍵がかけられ入ることができない。
「……!」
急に五十鈴さんがドタドタと廊下を走りだした。
なんだなんだ。
「はぁ……はぁ……」
でも体力がないからすぐ疲れる。
「どうしたんですか?」
「廊下走るの……やってみたかった……」
自由だな…五十鈴さん。
因みに当然だけど、この学校も廊下を走るの禁止である。
「やりたいことノートには書いてなかったけど……憧れだった……」
「気持ちはちょっとわかりますけど…」
五十鈴さんは基本属性が真面目だ。
だからこそ、ちょっとやんちゃなこともやってみたいのだろう。やりたいことノートにも授業をサボりたいとか書いてあったし。
「ここ……他の人いない……快適……」
今までずっと大人しかった五十鈴さんが生き生きし始めた。
こんなに明るい五十鈴さんを見るのは入院中の時以来だ。それだけ周囲の視線が辛かったのだろう。
ここなら人知れず話し合うには丁度いいかも。
いや…僕らみたいに興味本位で五階に上がって来る生徒がいるかもだし、廊下で二人っきりになっているところを見られたら確実に誤解される。
この空き教室が開けばいいんだけど…
「あ……こっち、屋上に通じてる……」
廊下の端まで行くと、屋上に通じる扉があった。
五十鈴さんは迷いなく屋上への扉に手をかける。
「……鍵がかかってる」
「そういえば危ないから中等部の屋上は立ち入り禁止って説明会で言ってました」
「むぅ……」
五十鈴さんは不服そうだ。
やりたいことノートに屋上でしたかったことでもあったのかな?
ズサ…
その時、僕らの背後から力強い足音が聞こえた。
「!」
「……!」
五十鈴さんも気配を察知したのだろう、体を強張らせる。
ズサ…
誰だ…?
ここにきて無人の階層というシチュエーションが恐怖を煽ってくるな。
ズサ…
僕は恐る恐る振り返って背後を確認した。
そこには、謎の大男が立っていた。
「!?」
いや、この男…見覚えがあるぞ。
確か………ブルータス!?
「…って、石膏像?」
美術のデッサンとかで使われるブルータスの像じゃないか。
石膏像が歩いてる?
「だ、誰かいるの…?」
ブルータスが女性の声で喋った。
……いや、違う。ブルータスの背後に誰かいるんだ。
「えっと…杉崎先生?」
この人は全校集会で見た、美術担当の杉咲四季先生だ。
「て、手伝って~!」
どうやら杉咲先生がブルータス像を持ち運んでいたみたいだ。
すごく重そう。
「は、はい!」
「……!」
事情は呑み込めないが、一先ず手伝うことにした。
※
重たいブルータス像をなんとか教室の中まで運ぶことができた。
「ありがとうございました~」
杉咲先生は像を運んで疲れた腕を撫でながら笑顔を浮かべる。
この学校で美術の授業を担当している杉咲先生。メガネをかけて白衣を羽織った大人しそうな女性で、最初見た時は保険の先生かと思った。
「あら…あなたはもしかして五十鈴さん?」
「……!」
「話に聞いた通り、きれ~い」
「……」
先生は陽気に接してくるが、五十鈴さんは緊張して表情を強張らせている。面識のない先生と話すのって妙に緊張するよね。
「そっちは………園田くんだっけ?」
「そ、そうです」
僕みたいな一般生徒も記憶している!?
良い先生だ…
「杉咲先生はここで何を?」
「使わない教材を置きに来たの。この階は先生が利用する物置だから」
「やっぱり物置だったんですね」
「この空き教室は私専用の倉庫なのよ」
先生が教室の電気をつける。
室内には石膏像などの様々な置物、モデル人形やカルトンに…イーゼルだっけ?美術の授業で使われるような道具が大量に保管されていた。他にも大量の机や段ボールが連なり、ちょっとした迷路みたいになってる。
「この学校って設備は最新鋭だけど歴史は長くてね。生徒が残した作品とか、破損した教材とか捨てるのが忍びなくて……この教室にどんどん溜まっていっちゃうのよ」
先生は物を捨てられないタイプの人みたいだ。
「ところで、どうして二人はここに?」
「あ、えっと…五十鈴さんに校内の案内をしてて」
「あらそうなの。五階は先生の私物とかも保管されてるし、解放してると生徒の溜まり場になっちゃうから立ち入り禁止にしているのよ」
やっぱり立ち入り禁止だったのか…
全校集会で説明してたかもしれないけど、五十鈴さんは登校初日から休んでいた。僕も縁のない五階の説明は適当に聞いてたから覚えてなかった。
「……入ったらダメだった?」
五十鈴さんは怒られると思ってビクビクしている。
「あれ?五十鈴さん、喋れるのね」
「あ……」
「日本語はほとんど話せないって聞いてたんだけど…」
「……」
五十鈴さんはすっかり萎縮してしまった。
僕が杉咲先生に五十鈴さんの事情を説明したほうが良さそうだ、相手が先生なら構わないだろう。
「じ、実は…」
それにしても日本語を話せないという誤解が教師陣にまで広まってるって噂は本当だったんだな。
………
……
…
「なるほどね、五十鈴さんの事情はわかったわ」
杉咲先生は五十鈴さんの事情を知り納得したように頷く。
「………本当に今年は変わった子が多いわね」
先生はなにか呟いていたけど、よく聞こえなかった。
「私も出来るかぎり五十鈴さんの学校生活をサポートするから、困ったことがあったら何時でも相談してね」
「あ……はい……」
先生の優しい対応に五十鈴さんは驚いている。
五十鈴さんにとって教師と接するのは初めての経験だ。生徒を叱る立場にある先生に優しくされ動揺しているのかも。
「人の目を盗んで話し合いたいのなら、ここを使っていいわよ」
「!」
「カーテンも付いてるから、廊下から中を見られる心配もないし」
「…いいんですか?」
「五十鈴さんには気の休まる場所が必要でしょう」
これは思わぬ収穫だ。
一般生徒が立ち寄らない五階の教室、ここでなら他人の目も気にせず五十鈴さんと話し合える。
「ただ、使う時は私に一声かけること。それと教材を整理する時には手伝ってもらおうかしら。念のため名分は立てておかないとね」
「は、はい……!」
「これがこの教室のスペアキーよ、五十鈴さん預けとくね」
杉咲先生は鍵を差し出し、五十鈴さんは一礼して鍵を受け取った。
「……!」
五十鈴さんから喜びの気持ちが伝わってくる。
「ここなら視線もないですし、落ち着いて作戦会議ができますね」
「うん……二人の秘密基地……!」
「………」
…冷静になってみたけど、大丈夫なのか?
こんな誰も来ない密室で、超絶美少女の五十鈴さんと二人っきりになるなんて………五十鈴さんは怖くないのだろうか?
僕を信頼しているのか、五十鈴さんに危機感がないのか…
どちらにしても僕がしっかりしないと。




