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65 美容院に行こう




 五十鈴さんは少し伸びた前髪を弄っていた。


「……」


 今まで自分の身だしなみに拘ったことがない五十鈴さん。拘ったとしても、入院中に見てくれる人はナースか母親くらいだ。


 だが今は違う。


 今の五十鈴さんには自分を見てくれる友達がいる。

 友達が選んでくれたお洒落な私服がある。


 それに理由は分からないが、五十鈴さんはよく周囲の人に注目される。多くの人に見られるのなら、見られても恥ずかしくないよう身だしなみはきちんと整える必要があるだろう。


「……」


 だがお洒落に疎い五十鈴さんは悩んだ。

 その時、ノートに書かれたやりたいことを思い出した。


 23 美容院にお任せで髪を切りたい。


 入院中、髪を切る時はいつも母親に任せていた。その頃の五十鈴さんは髪型に興味がなくいつも適当に済ませていた。

 そんな五十鈴さんをアメ先輩が注意してくれた。


“今はいいけど、元気になったらお洒落に気を遣いなよ!”


 先輩に指摘され、五十鈴さんは初めて自分の容姿を意識し始めた。

 もし元気になったら、人気のある美容院に行っておまかせで髪を切る。そうすることで五十鈴さんは自分の磨き方を学ぼうと思った。


 もうすぐ夏休みも終わる。

 学校が始まる前に、自分の髪型を整えたかった。





 華一美容院。

 ここの美容院は華岡学校卒業生が経営しており、この地域に住む芸能人やアイドルの誰しもがここで髪を切っている。名実共に文句なしの一流美容院だ。


「~♪」


 店内ではダンディな男性オーナーが掃き掃除をしていた。

 オーナーは稀代の天才ヘアアーティストと呼ばれる人物で、モデルを見れば最高のコーディネートを瞬時に見極めることが出来る。そんなオーナーだが、彼はいつだって自分の予想を超える個性を持つお客様を求めていた。


 カラン


 すると、店の扉のベルが鳴る。

 本日最初のお客さんがやってきたようだ。


「いらっしゃいま…」


 お客さんを迎える女性店員は、言葉を詰まらせた。

 その様子に気付いたオーナーもお客さんを確認する。


「…」


 そしてオーナーは思った。

 神様はいつだって気まぐれだと。


 気まぐれに才能を授け、気まぐれに努力家を優遇し、気まぐれで人に個性を与える。だがこのお客様はどうだろうか、これだけ容姿に恵まれた人間は見たことがない。


 人が神の作品なら、この少女は神の傑作と呼ぶべきか。


「……」


 それがこの五十鈴さんだ。


「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」


 オーナーは店員を下げさせ、五十鈴さんを店内に招き入れた。


「……」


 五十鈴さんはかなり緊張しているようで、いつも以上に表情は強張り人相が悪くなっている。

 そんな五十鈴さんが放つお嬢様オーラは、この場を支配し店内の空気を張り詰めさせる。もしお嬢様のお眼鏡にかなわなければ、この店は潰されてしまう…店員たちはそんなありもしない不安に駆られながら息を呑んでオーナーを見守っていた。


「ふむ」


 だがオーナーには、そんな上っ面だけのオーラは通用しない。


(こんな上客、逃すわけにはいかないねぇ)


 神の傑作に手を加えられるのだ、ヘアアーティストとしてこれ以上の幸福はない。是非とも常連客として確保したい。


「どのように致しましょう」


 オーナーは五十鈴さんのオーダーを伺う。


「おまかせで……」


 五十鈴さんがこの店で発した言葉は、これだけだった。


「…」


 オーナーは理解した、神は自分の才能を試すためにこの少女を使わせたのだと。


(…さて、どうしたものか)


 これには百戦錬磨のオーナーも思案顔だ。

 五十鈴さんレベルの美女を相手にするのは初めて、今までの知識と経験はほとんど役に立たないだろう。まさに自分の才能が試される状況だ。


「………………よし」


 長考の末、オーナーは動き出した。





「ありがとうございました」


 店員が総出で五十鈴さんを見送る。

 五十鈴さんが店を出ると、店内は嵐が過ぎ去ったように盛り上がった。


「あーびっくりした、なにあのいいとこのお嬢様」

「花夜院兄妹と同じ華岡の生徒だよね?」

「あんな綺麗な子、初めて見た!」


 店員たちはてんやわんや。

 それだけ五十鈴さんの放つオーラが凄まじかったのだ。


「オーナー、お疲れ様です」


 一人の女性店員がオーナーにタオルを手渡す。


「ああ…ありがとう」


 オーナーは信じられないくらい疲弊していた。

 それだけ集中し神経を研ぎ澄ませていたのだろう。


「お見事の出来でしたね、オーナー。機会があったら彼女をヘアモデルにスカウトしたらどうです?」


 オーナーが仕上げた五十鈴さんの髪型は、女性店員が大絶賛するものだった。


「…」


 だがオーナーの表情は芳しくないように見えた。

 女性店員は首を傾げる。


「何か失敗でもありましたか?」


「いや、失敗はしていないよ。出来としては100点を超えてる」


「え?それでしたら…」


「でもやりようによっては120点…いや、もっと高みを目指せた。底が見えない少女だったよ、終わっても達成感が得られなかったよ」


 天才はいつだって100点以上の結果を求めて己を磨いている。オーナーは五十鈴さんから無限の可能性を感じていた。


「…また来てくれるといいな」


 オーナーは新しいアイデアを思い浮かべながら、五十鈴さんの来店を心待ちにするのだった。

23 美容院にお任せで髪を切りたい。×

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