64 美術部
夏休みも後半に入った。
普段ならそろそろ葵が家に押し掛け、宿題が終わらないとか言って泣きついて来る時期だ。だが僕も葵も宿題を終わらせているから平穏が約束されている。
こんな素晴らしい夏休みを過ごせるのは五十鈴さんのおかげだ。
ピピピ
部屋で漫画を読んでいると、スマホが鳴りだす。
誰からだろう…
……五十鈴さんからだ。
「はい、もしもし」
僕は平静を保ちつつ電話に出る。
『園田くん……ちょっといい?』
「どうしました?」
『実は……杉咲先生に呼び出された……』
「杉咲先生に?」
『美術室の廃材を芸術室に運ぶの、手伝ってほしいって……』
「雑用ですか…」
『忙しいなら大丈夫だって……』
この真夏に雑用のため学校に行くのは億劫だな。
だが先生は芸術室を避難場所として貸してくれたり、前の勉強会では教室を使わせてくれた。この程度の手伝いを受けるのは当然だろう。
五十鈴さんは…聞くまでもないか。
「じゃあ行きましょうか」
「うん……!」
五十鈴さんはやる気に満ち溢れた声で返した。
※
夏休みの学校。
僕と五十鈴さんは校門の前で待ち合わせることにした。
「ファイトー!」
「オー!」
「オー!」
校内から運動部の大きな掛け声が聞こえる。
暑い中お疲れ様です。
「…あ」
しばらく待つと、制服姿の五十鈴さんが駆け足でやってきた。
「おはようございます、五十鈴さん」
「おはよう……園田くん」
「それじゃあ行きますか」
「うん……!」
僕と五十鈴さんは校門をくぐり、杉咲先生が待つ高等部の校舎に向かった。
華岡学校は校門をくぐると、中等部に通じる坂と高等部に通じる坂がある。今回は高等部に通じる左の坂、木々に囲まれた道を進むことになる。
「暑いですね~」
「うん……暑い」
「荷物運び、どれくらいの量あるんですかね」
「面白そうな物がないか……楽しみ」
「前向きですね」
「ふふ……」
そんな会話を交わしながら目的地に向かって歩く。
こうして休みの日に五十鈴さんと会えるだけでも幸福だよな。
「お二人さ~ん」
高等部に到着すると、校舎前で杉咲先生が手を振っていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
まず僕と五十鈴さんは挨拶をする。
「はい、おはようございます。ごめんね…貴重な夏休みなのに来てもらって」
杉咲先生は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえいえ、杉咲先生にはお世話になってますし」
「任せてください……!」
僕と五十鈴さんはむしろ乗り気だ。
これくらいの手伝いをしないと、芸術室は気持ちよく使えない。
「中等部に運びたい荷物は全部一階にまとめてあるから、この荷台に乗っけて芸術室に運びましょう。運んだ荷物は廊下に置いて、整理するのは別の日でいいから」
作業は実に簡単だ。荷台があるから五十鈴さんでも簡単に荷物を運べるし、五階の芸術室までは職員用エレベーターを使えるから重労働ではない。
だが運びたい荷物は大量だ、三人掛でも何回か往復が必要だろう。
「一人で運ぶのは大変でね。美術部があれば、その子たちにお願いするんだけど」
「この学校って美術部ないんですか?」
適当な雑談を交えながら、僕らは荷物が積まれた荷台を押して中等部校舎へ向かう。
「いろいろあって二年前に無くなっちゃったのよ」
「そうだったんですか…」
どうしてなくなったんだろう。
選択科目で美術があるからかな?
「また美術部って、作らないんです……?」
五十鈴さんが疑問を口にする。
「今のところやりたいって言う生徒が来てないからね~」
「……じゃあ、私が作りたいです」
「え?」
五十鈴さんから予想外の提案が飛んできた。
あまりの唐突さに杉咲先生も動揺している。
「無理ですか……?」
「えっと、無理ではないよ?顧問の承認があれば二人からでも作れるし」
「芸術室の集まりを……部活にすれば……!」
「…ああ、なるほど」
杉咲先生が納得したように頷く。
「それは良い考えね!場所は芸術室があるし、人数も揃ってるし、私は美術部の顧問になれる!」
杉咲先生が賛同してしまった。
え、本当に部を立ち上げるの!?
「ちょ、ちょっと待ってください!僕は美術とか絵を描くの苦手ですよ?」
僕が二人の会話に割って入る。
五十鈴さんと一緒に部活をすることなら文句はない。だが僕は今まで美術とは無縁の人生を送ってきた。それなのに天才が集まる華岡学校で美術部に所属するなんて…
「そんな肩に力を入れなくても大丈夫よ。新しい物を作ることだけが美術じゃないから」
「そうなんですか…?」
「芸術室にはいろいろな作品があるでしょ?それらを有効活用して、学校行事に役立ててくれればいいから」
杉咲先生はそう言うが…活動方針の先が見えないな。だが五十鈴さんは勇気を出して提案したわけだし、拒否するのも忍びない。
ええい、飛び込んでしまえ!
「ならやってみます!」
「じゃあ後で手続きしておくわね」
杉咲先生は嬉しそうに荷台を押して先行する。
なんで先生まで嬉しそうなんだ?
………まあ、いいか。
冷静になって考えれば、それなりに利点もある。
まず芸術室での集まりが課外活動として認められたことが大きい。もしこの集まりが他の生徒や先生にバレたら、ちょっと問題になるだろう。だがこの集まりが部活動であるのなら、誰にも文句は言われない。
「部活……!」
五十鈴さんはやや興奮気味の様子だ。
「もしかして部活に入ることもノートに書かれてました?」
「ううん……部活は窮屈だからって、アメ先輩が書かなかったの……」
「アメ先輩…ですか」
それが五十鈴さんと一緒にやりたいことノートを書いてくれた先輩の名前か。
「私も……普通の学校生活すらままならないから、部活は無理だって諦めてた……でも、本当は憧れてたの」
「部活も青春の一つですからね」
五十鈴さんの気持ちはよく分かる。
僕も部活動を羨んだ時期がある。
でも家事とかで忙しいし、自分が平凡すぎるから華岡で部活に入るのは無理だと諦めていた。それなのにこの展開は予想外だ…やっぱり五十鈴さんと一緒にいると、何が起きるか分からない。
この美術部誕生が後にどんな出来事を巻き起こすのか………これも予想できないな。




