58 自転車
五十鈴さん宅の駐車場。
「蘭子のために、自転車を買ったよ~」
五十鈴さんのお母さんが、かかっていたシートを外し新品の水色自転車を五十鈴さんに見せる。
「……!」
念願の自転車を目の当たりにして五十鈴さんは無言で興奮していた。
自転車を乗りこなすことも五十鈴さんのやりたいことノートに書かれた重要な目標だ。プールの時ではお荷物になってしまい、園田くんに迷惑をかけてしまった。自転車さえ乗りこなしてしまえばどこへでも行ける。
さっそく自転車に跨ってみる五十鈴さん。
「……」
ここで五十鈴さんにある疑問が生まれた。
どうやって乗るのだろうか。
「???」
まずペダルに足をかける。
それからは…縦に並んだ二つのタイヤに全体重を預け、バランスをとりながら足を回転させて前進、事故が起きないよう周囲に気を配ることも忘れてはいけない。
「……」
想像以上の難易度に五十鈴さんは尻込みする。
園田くんと向日ちゃんはすごいと思った、こんな物を平然と乗りこなしている。しかも園田くんは自分を後ろに乗せているのにだ。どれだけの技術と経験があれば、あそこまで乗りこなすことが出来るのか。
「近くの公園で練習しようか」
困惑する五十鈴さんを見かねたお母さんが助け舟を出してくれた。
※
「それじゃあ手を放すよ」
そう言ってお母さんは自転車の荷台から手を離した。
「……!」
お母さんサポートがなくなっても、五十鈴さんは安定したバランスで自転車を乗りこなしている。
「流石は私の娘、覚えが早ーい」
お母さんが拍手で五十鈴さんを称える。
練習時間は十分程度、挑戦してみれば簡単なものだった。
頭で考えると無理難題に思える自転車の操作だが、運動神経に長けている五十鈴さんにとっては造作もない。スポーツに関しては頭で考えるよりも感覚で覚える方が得意のようだ。
「……!」
五十鈴さんは自転車をこいで驚く。
走るよりも速いスピードで移動できるのは爽快だ。障害物のない真っ直ぐな道を全力で走ってみたくなる。最初はあまりの難易度に冷や汗を流したが、そんなものは風で吹き飛んだ。
『30 自転車に乗れるようになる。』
これで達成だ。
「……」
しかし五十鈴さんは考え直した。
自転車に乗れるようになったとは、少し前に進めるようになっただけで良いのか?自転車で遠出をして無事に帰ってくる。そこまでしてようやくではないのか。
「ちょっと行ってくる……」
五十鈴さんは自転車を押して公園の外に出ようとする。
「待ちなさい」
だがお母さんが自転車を掴み静止させた。
「一人で遠くに行くのはダメ。行くなら友達と…園田くんと一緒に行きなさい」
「……」
「それと夏場に遠くへ行くのは止めておきな、出先で熱中症になったら大変。行くなら春か秋にしなさい」
お母さんの心配はもっともだった。
直射日光が差す真夏で、何の準備もせず一人で遠くへ行こうとする娘を見送れるはずがない。退院して半年の五十鈴さんはまだまだ虚弱、無茶はさせられない。
「……わかった」
五十鈴さんはすんなりと受け入れる。
冷静になって考えれば、予定も目的地も決めず自転車を走らせるのは無謀だ。そんな一人のお散歩でノートにチェックを入れられる思い出が作れるとは思えない。
友達のみんなでサイクリングに行けたら、きっと素敵な思い出が作れるだろう。
「じゃあ……もうちょっと練習してる」
いつかみんなで遠出する日に備え、五十鈴さんは自転車の練習を続けた。




