5 学校案内
五十鈴さんが登校してから数日。
未だに五十鈴さんは友達と呼べる関係を作れていない。というかクラスメイトとして馴染めていない。
「そう簡単にはいかないですね…」
「うぅ……」
放課後、誰もいなくなった教室で五十鈴さんと作戦会議を開いた。
友達作り以前に、五十鈴さんはまだ学校に慣れることで精いっぱいだ。
学校の設備や校則についてなら、勤勉な五十鈴さんはほとんど心得ている。それでも学生経験のない五十鈴さんは新しい環境に適応するのにまだ時間がかかってしまう。
僕以外にも五十鈴さんを支援してくれる親切な人がいればいいんだけど…
「それと五十鈴さん、言いにくいんですけど」
「……?」
「五十鈴さん、周りから日本語が話せないと誤解されてますよ」
「!?」
予想外の事実だったのだろう、五十鈴さんは驚く。
「ど、どうして……」
「だって五十鈴さん、学校に来てからまだノルウェー語しか話してないでしょう」
「………………………あ」
そう…あの挨拶を最後に五十鈴さんは一度も言葉を発していない。おかげで周りの生徒たちは完全に五十鈴さんのことを誤解している。しかも教師陣まで容認して授業を行うくらいだ。
五十鈴さんは可愛い。
同じクラスに美少女がいるのならぜひ関わってみたい。そういった会話はクラス内でひそひそと飛び交っているが、言葉が通じないなら接しようがないと諦めている。
「それが原因で誰も五十鈴さんに話しかけられないんです」
「でも私、ノルウェー語は簡単な挨拶しか知らないよ……」
「なんで!?」
「だって日本生まれの日本育ち……病院暮らしだもの……ノルウェー語はお父さんとの遊びでしか使わない」
「じゃあなんでノルウェー語で挨拶を…?」
「……個性が出ると思って」
僕の助言を参考にしたわけか…
本当にごめんなさい。
「そ、それともっと笑顔が作れればいいんですけど…」
「無理だよ……あんなに注目されるなんて思ってなかったもの……どこを向いても誰かしらと目が合う……」
「うーん…」
クラスメイトが話しかけてこないもう一つの要因は、五十鈴さんの緊張による無表情にある。
入院中の五十鈴さんはころころと表情が変わり、会話なしでも意思や気持ちが伝わってくる豊かさがあった。しかし衆人環視の前にさらされると表情のバリエーションは真顔のみ、見た目の高貴さも相まってどこか近寄りがたい空気を醸し出しているんだ。
「こうなったら僕が誤解を解いた方がいいですね。五十鈴さんはちゃんと日本語が話せるし、病院生活が長くて学校生活が不慣れなことも…」
今の状況は五十鈴さんにとって酷すぎる。
ノルウェー語については僕の責任だし、事情を知ってる僕が誤解を解いていかないと。
「あ……う……」
僕がそう提案すると、五十鈴さんは浮かない表情に変わる。
「…やっぱり秘密にしたいですか?」
「その……初めての友達作りは、自分の力だけでやりたいの……それが出来ないと……自信になれないから……自慢の友達に……なれないから……」
「………」
「誤解だって……ちゃんと挨拶すれば解ける。私はまだ……全然がんばってない……」
自分に言い聞かせるように奮起する五十鈴さん。
まだ心は折れていないみたいだ…
「わかりました。じゃあ僕は可能な限り学校生活の方をサポートしますね」
「園田くん……ありがとう……」
五十鈴さんから感謝の気持ちが伝わってくる。
こんな美少女から頼りにされるのは男として嬉しい限りなんだけど……
初めての友達作りか…
やっぱり僕って、まだ五十鈴さんの友達じゃないんだな。
………
こ、これからだ、これから!
五十鈴さんが頑張ってんだから僕が細かいことを気にするもんじゃない。
「そうだ、せっかくだし少し学校を案内しましょうか?」
「……行く!」
※
こうして僕は五十鈴さんを連れて校内を案内したわけだけど。
「…案内はこれくらいですかね」
「広い……!」
五十鈴さんが驚くのも無理はない。
華岡学校はとにかく広い。広すぎて移動教室で遅刻する生徒も珍しくないらしい。ただ広いだけではなく、この学校ならではの珍しい施設がいくつも見られる。
豊かな緑に囲まれた中庭。鶏などが飼育される小屋。生徒からのリクエストで本を増やし続ける図書館。中等部から高等部まで利用する食堂。イベントなどで使われる多目的ホール。他にもまだまだ謎の建物が目に入る。
とにかく歩けば次々と新しい発見がある学校だ。
取りあえず移動授業で使われる教室とか保健室とかを案内することができたが、学校中の案内となると放課後の残り時間では無理だった。
「迷ったらこの案内図を見てください」
「学校に案内図なんてあるんだ……」
病み上がりの五十鈴さんだから体力が心配だったけど、全然元気そうだ。初めての学校だからすべてが新鮮なのだろう、テンションが上がりっぱなしだ。
………
こうして五十鈴さんと学校を回れるのはすごく楽しいし嬉しいんだけど………
やっぱり、周りの視線が痛いな。
美少女である五十鈴さんが視線を集めるのは仕方ない。
そんな五十鈴さんと二人で行動していれば、僕に嫉妬の目が集まるのは必然なのだろう。教室で作戦会議をしていた時もだけど、隣の席に座ってるだけで憎まれるからな。
五十鈴さんも一日中視線を浴びて気の休まる時間がない。
これから五十鈴さんと話し合う機会は多くなると思うし、二人きりでいると下手な誤解を受ける可能性もある。変な生徒から因縁をつけられたりしないか不安だ。
これだけ広い学校なんだから、人目につかず落ち着いて話し合える場所があるといいんだけど。
「園田くん……」
「どうかしました?」
「ここは……何があるの?」
五十鈴さんが指さすのは、一般棟の五階だ。
「えっと…中等部の最高学年は三年までなので、五階は使われていないはずです」
一般棟だから空き教室しかないと思うけど。
「行ってみたい……!」
「いいですけど、何もないかもですよ?」
「行く……!」
気力だけは有り余ってるな…五十鈴さん。




