3 入学初日
私立華岡中学校。
僕が通うことになる中学校は中高一貫校で、敷地面積が広く最新鋭の設備が整った人気の進学校だ。
入学するには筆記試験と面接が必要なのだが、風の噂によれば筆記試験の点数が低くても面接次第で合格が決まる場合もあるらしい。生徒が持つ個性、信念、志しに重点を置いて合格を決めているとか。
正直、平凡な僕のどこで合格が決まったのかは謎だ。
「えっと……1-1が僕の教室か」
クラスは全部で6クラス。
僕は自分のクラスを確認し教室に入った。既に何人かの生徒が席についているが、五十鈴さんの姿は確認できない。
別のクラスだったか……少し残念。
※
「西木野優子です。男女問わず気楽に話しかけていくので、適当に相手してくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
パチパチ
「池田文也。学校行事では積極的に活躍したいと思います。よろしくお願いします」
パチパチ
「向日葵です!運動神経には自信があるので、元気に動き回って行きます!よろしくー!」
パチパチ
「園田庭人です。長い学校生活、みんなで楽しく過ごしていきたいと思います。よろしくお願いします」
パチパチ
こうして始まった自己紹介。
僕は無難に挨拶を終えた。他の人の自己紹介を聞く限り、なかなか雰囲気のいい賑やかなクラスになりそうだ。
五十鈴さんはちゃんと挨拶できてるかな?
入院中にあれだけ練習したんだし、あの容姿だ。きっとクラスの人気者になれるだろう。
「えっと…五十鈴蘭子さんは風邪で欠席っと」
先生がこの教室で唯一の欠席者の名前を挙げた。
………
……
…
!?
僕と同じクラス!?
しかも隣の空いてる席が五十鈴さん!?
………嬉しい。
いやいやそうじゃなくて、まずいよ。
入学初日、顔を合わせて自己紹介をするこの日だけは休んだらダメだ。下手をすると今日中にはある程度の人間関係が決まってしまう。
「よろしくね、大海さん」
「こちらこそ~」
「そのキーホルダ、我の同士ですかね?」
「………ふ」
「小学校から続き、またよろしくね」
「よろしく~♪」
ほら、もう人間関係ができつつある。
まずい…このままでは五十鈴さんの居場所作りが困難になってしまう。
「後ろの人も、よろしくね~」
前の席にいる西木野さんが振り向いて声をかけてきた。
「う、うん…よろしくお願いします」
「…どうかしたの?」
「ああ…えっと。今日休んだ隣の子、知り合いなんです」
「あちゃ~初日から欠席はついてないね」
「登校日が心配ですよ…」
「随分と気にかけてるみたいだけど、内気な子なの?」
「えっと……少し」
ここで彼女の事情を暴露したいけど、それはしたくないと五十鈴さんにお願いされている。病人だから、可哀そうだから、そんな理由で友達は作りたくないというのが彼女の意思だ。
「もしかして園田くんの彼女?」
「………そうでないことは、本人を見ればわかりますよ」
「なにそれ、ちょっと楽しみかも」
西木野さんは楽しげに笑っている。
初対面なのに話しやすい人だな、西木野さん。五十鈴さんとも席が近いし上手く誘導すれば友達になってくれるかも。
「誰か五十鈴さんの知り合いはいませんか?今日は渡すプリントが多いから届けて欲しいのですが」
先生がクラスに呼びかけるが、誰も手を上げない。
当然だ。
あの子は正真正銘、ゼロから人間関係をスタートするんだから。
「あの!僕……知り合いなので届けに行きたいです」
※
僕は先生に教えてもらった五十鈴さんの自宅に向かった。ものすごいお嬢様のように見えた五十鈴さんの自宅だが、少し大きい普通の一軒家だった。
………
今更だが、緊張するな。
女の子の家に訪問するなんて初めてだし。
取りあえずインターホンを押そう。
五十鈴さん、起きてるといいんだけど。
ピンポーン
………
『はーい』
インターホンから聞こえる声は、五十鈴さんにしてはやけに溌剌としている。
お母さんかな?
「あの、五十鈴さん……蘭子さんのクラスメイトの園田です。プリントを届けに来ました」
「あ、はーい。少し待っててください」
少し待つと、玄関からお母さんらしき人が出てきた。
綺麗な人だけど髪も瞳も黒…五十鈴さんはノルウェー人のハーフだって言ってたけど、ノルウェー人はお父さんの方か。
「わざわざありがとうねぇ」
「いえ、蘭子さんにお大事にとお伝えください」
僕は五十鈴さんのお母さんにプリントを渡した。
五十鈴さんと話したかったけど、無理か…
「…君、病院で蘭子のお見舞いに来てくれてた子でしょ?」
「!」
どうしてそのことを…
「蘭子がまだ入院してた時、二人で楽しそうに話している姿を病室の外から見たことがあるの」
「そうだったんですか」
「久しぶりだったわ……あの子があんなに楽しそうに笑う姿を見るのは。あの子、退院間近だった頃からずっと元気がなかったの。学校に通うのが不安で仕方なかったはずよ」
「…」
「君が勇気づけてくれたんでしょ?」
「え?」
「今日だって熱でまともに立てない状態なのに、床を這いずりながら登校しようとしてたんだからビックリしたわ」
そうか……しまった。
第一印象をアピールできる登校初日は重要だって何度も指導したからな。きっと今頃、休んだことで不安な気持ちに駆られているだろう。
「もう一つ、蘭子さんに伝えて欲しいのですが」
「ん?」
「同じクラスになりました。まだ挽回できるのでゆっくり休んでくださいって」
少なくとも孤軍奮闘する心配はないと伝えたかった。
確かに初日の欠席は痛いが、所詮は長い学生生活のたった数日。まだまだ人間関係を築く機会はいくらでもある。
「わかった。それじゃあ私からも一つ」
「?」
「蘭子のこと、お願いしていい?」
お母さんの表情は真剣だった。
きっと僕以上に五十鈴さんを心配しているのだろう。僕も半端な気持ちで五十鈴さんに協力しているわけではない。
「はい!任せてください!」
僕は迷いなく答えを返した。
「…あ、でも交際はちょっと早いと思うな~」
「………はい?」
「せめて高校生に上がってからがいいと思うの」
「いや、あの…」
「それとウチの夫は娘に甘いから、承認を得るのは手強いわよ~」
「そ、そんな関係じゃないので!」
「あら、そうなの?これから?」
「後にも先にもありません!」
そんな下心があって協力してるわけじゃない……と思いたい。
「とにかくお大事にとお伝えください!それでは失礼します!」
「娘のこと、よろしくね~」
五十鈴さんのお母さんは笑顔で手を振っている。勢いの強いお母さんだったけど、五十鈴さんを大事に想ってくれる人で良かった。




