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37 がんばる五十鈴さん




 五十鈴さんが失踪した、次の日の朝。

 学校に向かう準備を終えた五十鈴さんが、玄関の扉を開け通学路を歩き出す。


 ざわざわ…


 歩くだけでも人の目を惹きつける超絶美少女の五十鈴さん。その姿を目撃した人々が目を奪われるのは必然だろう。


「……」


 だが五十鈴さんは自分の魅力に気付いていない。

 どうして周囲が自分に注目するのか、その理由が分からないのだ。聞こえもしない噂話をネガティブに捉え、自意識で被害妄想が肥大化させ、五十鈴さんの学校へと向かう足を止めさせる。


 園田くんが待つ教室までの辛抱、普段の五十鈴さんはそうやって自分を鼓舞し前に進んできた。登校初日もそうだった。


 しかし今日のゴールに園田くんはいない。

 園田くんは今日も風邪で休みだ。


「……」


 五十鈴さんはポケットから、園田くんから貰ったクマのキーホルダーを取り出す。

 向かう先に園田くんがいなくとも、自分はこの世界で独りぼっちではない。そう強く思うことで、五十鈴さんはなんとか足を前に進める。


「……がんばろう」





 五十鈴さんが教室に到着した。

 絶え間なく視線を浴び続け、五十鈴さんの精神はもう限界に近い。


「……」


 そして自分が向かう席の隣には、園田くんがいない。

 わかっていてもその落胆は激しい。


「おはよー五十鈴さん」


「……?」


 空いているはずの園田くんの席に、何故か星野さんが着席して五十鈴さんを迎えてくれた。


「お、おはよう……」


 五十鈴さんは挨拶を返しつつ、自分の席である星野さんの隣に座る。


「今日も園田くん休みらしいから、心置きなく五十鈴さんの隣を独占できる」


 隣で星野さんが嬉しそうに微笑む。


 それは五十鈴さんにとって、予想外の出来事だった。

 空いた席には友達が座る、そんな普通を五十鈴さんは知らなかった。今日は一人教室の端で一日を終えなければならない、そう覚悟していた五十鈴さんの予想はあっさりと打ち砕かれた。


「このまま授業受けようかな~」


「先生に怒られるでしょ」


 星野さんにツッコミを入れながら、前の席の西木野さんが振り返る。


「おはよう五十鈴さん」


 次に西木野さんは五十鈴さんへと目を向けた。


「お、おはよう……」


「昨日は急に消えたからびっくりしたよ」


「……ごめん」


「心臓が止まるかと思った~」


「……」


 西木野さんは怖い笑みを浮かべながらぐいぐいと攻めてくる。昨日の早退について、西木野さんなりにかなり根に持っているようだ。

 思わぬ言葉攻めを受け五十鈴さんはへこたれそうになっていた。


「早退するなら私に一声かけてね?」


「は、はい……」


「また同じことしたら、今度は警察に捜索届け出すから」


「!?」


 西木野さんの目は本気だった。


「心配性だね~ゆーちゃんは」


 そんな西木野さんの背後から朝香さんが現れた。


「五十鈴さん、隣が空いて寂しいの~?」


「えっと……うん……」


「じゃあ五十鈴さんに、私のオリジナルポプリをあげよ~」


 朝香さんは乾燥した花が詰まった小さな瓶を五十鈴さんの机に置いた。


 ドライポプリ。

 乾燥させた花や香草を瓶に詰め、その芳香を楽しむもの。花の優しい香りには嗅いだ人の心をリラックスさせる効果もある。


「いい香り…」


 その優しい香りに五十鈴さんは驚く。

 香りも素晴らしいが、瓶に詰まった色鮮やかな花はいくら見ていても飽きない。ただ適当に花を乾燥させてできるような完成度ではない、朝香さんの強いこだわりを感じさせる逸品だ。


「良い香りを嗅げば、不安と緊張を和らげられるよ~」


 朝香さんは見た人の気を緩ませるような笑みを浮かべた。ポプリだけではなく、朝香さんの人柄は強張った相手の心を和ませてくれる。


「おはよー」


 そうこう話していると、担任の先生がやって来た。


「朝礼を始めるよ、自分の席について~」


「む…仕方ないか」


 星野さんは諦めて自分の席に戻る。

 結局、五十鈴さんの隣は空いてしまった。


「…」


 そんな空いてしまった席に、今度は木蔭ちゃんが座る。


「じゃあ出席をとるよ~」


 しかし、誰も木蔭ちゃんの席移動に気付いていない。


「…私だったら、授業中でも先生にバレない」


 木蔭ちゃんはドヤ顔でピースサインを五十鈴さんに送る。


「もはやオカルトだね…」


 西木野さんは背後をちら見しつつ苦笑する。


「ということで…今日はよろしく」


「う、うん……」


 授業中は木蔭ちゃんが五十鈴さんの隣を独占することになるだろう。


「……」


 五十鈴さんは不思議な高揚感を感じていた。


 園田くんのいない学校。

 それはいつもとは違う、新しい日常を五十鈴さんに味あわせてくれた。病院の中庭で園田くんが言っていた通りになったのだ。


「園田くんの分まで、しっかりノートを取らないとだね…」


「……!」


 木蔭ちゃんに言われ、五十鈴さんはハッとする。


 自分のせいで園田くんは風邪を長引かせてしまった。

 学校を休んで授業が遅れた分、自分がしっかり授業を受けて園田くんをカバーする。それは迷惑をかけた自分がやらなければならない重要な使命だと五十鈴さんは心得る。


「うん……頑張るっ」


 まだ今日は始まったばかり。

 五十鈴さんは気合を入れ直した。

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