14 学校をサボってみた
平日の朝、そろそろ家を出る時間だ。
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
親に見送られ、いつものように家を出る。
そしていつものように学校へ…向かわない。
「………」
僕が向かっているのは、五十鈴さん宅の近くにある公園だ。僕も真面目な部類の学生だから、こんなに堂々と学校をサボるのは初めてで少し緊張する。
まさか五十鈴さんからあんな提案をされるとは…
『一緒に、学校サボれない……?』
あの後、五十鈴さんは慌てて提案を撤回した。でも僕は咄嗟に「いいですよ」と言ってしまい、こうして二人で学校をサボることになった。
…本当に良かったのだろうか。
学校をサボることもそうだけど、僕なんかをサボり共犯者にしちゃって。
「…この公園か」
そうこう悩んでいると待ち合わせ場所である公園に着いてしまった。
「…」
相変わらず五十鈴さんは朝が早い。
待ち合わせ時間より三十分早く来たのに、もう五十鈴さんは公園に来ていた。
「……♪」
五十鈴さんは楽しそうにブランコで遊んでいる。
すごい光景だな…
「おはようございます、五十鈴さん」
「!」
五十鈴さんは僕に気付くと、慌ててブランコから降りて乱れた髪を整えている。
「おはよう……園田くん……」
「は、はい」
「……」
「………」
そしてお互いに沈黙する。
思った以上に気恥ずかしい状況だぞ。二人で学校をサボって、公園で待ち合わせなんて…
「では行きますか………サボりに」
「う、うん……!」
このまま公園にいても始まらない。
学校をサボって何をするか、電話である程度の予定は話し合っている。
「まずはコンビニですね」
今日の目的は、朝から放課後まで学校をサボることだ。それならば食べ物を用意しなければならない。
「前の寄り道ではエイトに行ったので今日はローゾンにします?ファモマでもいいですが」
「……いろいろあるんだね、コンビニ」
この前の寄り道から五十鈴さんはすっかりコンビニを気に入っている。今度はどんなものを買うのか見ものだな。
「コンビニの次はゆっくりできる場所に行きたいのですが…」
問題になるのは人目につかない場所の確保だ。
この近辺や華岡の敷地内には様々な店があるし、ベンチでゆっくりできるスペースもある。だが当然、学校関係者の大人が目を光らせている。平日にふらふらと歩いていたらすぐ補導されてしまうだろう。
「五十鈴さんは良い場所を知ってるんですよね?」
「うん、とっておきの場所……ある……」
そこで五十鈴さんにアイデアがあるらしい。
周囲の視線を気にする必要も無く、いくらでものんびりできる場所。ここまで詳細を聞かずに来たけど、どんな場所なのだろう…
※
僕らはコンビニで食べ物やらを買い込み、五十鈴さんの言っていたとっておきの隠れ家に到着した。
「………なるほど」
そこは五十鈴さんが入院していた病院の中庭だった。
確かにここなら大人の補導員が来ることもないし、周囲に注目され変な噂が立つこともない。問題は退院した五十鈴さんがここを利用していいのかどうかだ。
「あら、蘭子ちゃん。久しぶり」
「!」
早速、ナースさんに声をかけられた。
「こんにちは……」
「制服可愛いね」
「……!」
「今日はどうしたの?学校じゃない?」
「サボり……!」
五十鈴さんは意気揚々と大胆発言。
ナースさんは僕を見る。
「…悪い友達?」
「ち、違います!」
いや、違わないかもだけど…
状況が状況だけに否定しづらい。
「私が悪い子……今日だけ……」
「…楽しんでいるみたいね、学校生活」
「うん……!」
「中庭なら好きに利用してくれて構わないからね」
まだ事情も話していないのに、ナースさんはあっさりと中庭の利用を許可してくれた。
本当にいいのか?
「よろしいのですか…?」
「いいのよ、蘭子ちゃんは特別だから。その友達である君も特別ですからね」
そう微笑んだナースさんは手を振って僕らを見送る。
「優しいナースさんですね」
「物心つく頃から……ずっと親切にされてる……」
「…」
五十鈴さんは幼い頃から入院生活を余儀なくされた。
ここのナースさんはそんな五十鈴さんをずっと見守ってきたんだ。他の患者よりも思い入れが強いのだろう。
「それでは、何しましょう?」
まず白いベンチに荷物を下ろし、この後の予定を五十鈴さんに聞いた。
「勉強……!」
五十鈴さんは鞄から教科書を取り出す。
学校を休んで勉強って、本末転倒のような…
「教室だと……まだ勉強に集中できない。この問題も、わからない……」
「…なるほど」
まだ学校という環境に慣れていない五十鈴さんは、教室で勉強に集中することは困難。解けない問題があっても、先生やクラスメイトに聞くのは今の五十鈴さんでは難しい。
「えっと………あ、ここは五十鈴さんが風邪で休んでいる間の授業でやってた範囲ですね」
「う……どうりで……」
「僕のノート貸しますよ」
こうして学校をサボった僕たちは、真面目に勉強をした。
※
その後、二人でのんびりと時間を潰した。
勉強をしたり、コンビニで買った食べ物を食べたり、中庭を散歩したり、西木野さんや城井くんについても話し合った。
都会の喧騒とはかけ離れた自然あふれる中庭、落ち着いた空間での一時はとても充実している。ナースさんがお茶やお菓子をご馳走してくれたりと至れり尽くせりだ。
「そろそろ学校の授業が終わる時間ですね」
もう日は沈みかけ、綺麗な夕日が中庭を紅く染めている。
「サボり……成功……」
五十鈴さんは満足げだ。
そして鞄からノートを取り出し、ペンで印をつけた。
――――――――――――――――――――
1 学校に通う。 ×
2 まず友達を作る。 ×
3 輪になって雑談する。 ×
4 友達と一緒に下校する。 ×
5 放課後、友達と寄り道する。 ×
6 お昼ご飯を一緒に食べる。 ×
7 男の子の友達も作る。 ×
8 友達と連絡先を交換する。 ×
9 自分から友達に電話をかける。 ×
10 授業をサボってみたい。 ×
――――――――――――――――――――
「一ページ目、コンプリートですね」
「……!」
五十鈴さんは嬉しそうにノートを抱きしめる。
「園田くん……ありがとう……」
そして笑顔で僕に感謝の気持ちを伝えてきた。こうして感謝されると、この前の件を思い出して申し訳ない気持ちになる。
電話越しじゃなく、面と向かって謝っておこう。
「五十鈴さん、この前はごめん…」
「……?」
「僕は自分に自信がないんです。だから平凡な僕なんかが五十鈴さんの友達になれるわけないって卑屈になって、あんなこと言っちゃって…」
「……」
五十鈴さんは俯いて考え込み、納得したように顔を上げた。
「私は園田くんに会う前……ずっと病室で一人だった」
「…?」
「テレビを観たり、勉強したり、落書きしたり、クマのぬいぐるみと話したり、紙飛行機を飛ばしたり……そんな空っぽな毎日を過ごしてた。窓を閉め忘れて……飛ばした紙飛行機が外に出て行った時は……心臓が止まるかと思った……」
「あれ、事故だったんですね」
「この紙飛行機を……園田くんが拾ってくれた……」
五十鈴さんはやりたいことノートに挟まれていた紙飛行機を取り出す。ずっとノートに挟んで保管してあったんだ。
「私に紙飛行機を飛ばしてくれた、お見舞いに来てくれた、学校に行く勇気をくれた……周りの人たちや、園田くん自身が自分を悪く評価してても……私にとっては恩人。大切な……最初の友達」
「………」
僕は平凡で、誇れるものがない。
自分を褒めたこともない。
自慢できることは一つもない。
そんな僕は、寂しがっている五十鈴さんを見つけることができた。このことだけは誇りに思いたい……五十鈴さんのためにも後悔で終わらせたくない。
僕は五十鈴さんの友達になれたんだ。
その特別を手放したくない。
「僕はこれからも何があってもずっと五十鈴さんの味方です」
「……!」
「こんな僕ですが、いつでもどんなことでも頼ってください」
「うん……私も、園田くんが落ち込んでたら助けになる……」
そう言って五十鈴さんは小指を差し伸ばした。
「指切り……助け合っていく、約束……」
「は、はいっ」
指切りなんて久しぶりにするな……ちょっと恥ずかしいけど、断る理由が見つからない。僕は五十鈴さんの細い小指を結んだ。
「…」
「……」
やっぱり恥ずかしいな。
みっともなく赤くなった顔が、夕日で誤魔化せていればいいんだけど。




