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10 友達がいる日常




 平日の朝。

 五十鈴さんは教室の扉を開けた。


「……」


 五十鈴さんの朝はとても早い。

 朝礼が始まる一時間前には、もう自分の席について待機していた。とはいえやることもないので、読書をしたり勉強の予習をしたりで時間を潰している。


 どうしてこんなに早く学校に来るのか?

 それは長い間、学校生活に憧れていた五十鈴さんの本能のようなものだった。





 西木野さんが教室に入り、五十鈴さんの斜め前の席に座る。


「おはよー五十鈴さん」


「……おはよ」


 五十鈴さんはがんばって挨拶を返す。

 そんな弱々しい声は、西木野さんしか聞き取れない。


「…10点」


「!?」


「もっと教室中に響く声で挨拶しないと、誤解は解けないよ~」


「う……」


 不甲斐なく呻く五十鈴さん。

 自分の力で誤解を解きたいという意思を尊重した西木野さん。しかし五十鈴さんが勇気を出せるのは、まだまだ先になりそうだ。


「おはようございます」


 今度は園田くんが教室に入り、五十鈴さんの隣の席に座って挨拶をする。


「はよ~」


「おはよう……」


 西木野さんと五十鈴さんは挨拶を返す。

 その時、西木野さんは気付いた。


「25点…私より園田くんに挨拶する方が元気いいね」


「!?」


「信頼の差か~…」


「……!」


 西木野さんはワザとらしく悲しむ。

 その演技に騙され五十鈴さんはあたふたしていた。


「信頼というか、関わった期間の差ですよ」


 その様子を見かねて園田くんが割って入る。


「…気になったんだけど、五十鈴さんと園田くんっていつから知り合ったの?」


「えっと……今年の二月頃からです」


「嘘!?もっと長いと思ってた…」


 西木野さんはかなり驚いた様子。

 二人の距離感と信頼感は、長い年月を重ねていても不思議ではないと思わせるほどだったからだ。


「しかも二月って……同じ学校じゃないよな。どんな出会いだったの?」


「えっと…」


 どう説明しようか悩む園田くん。

 五十鈴さんはまだ自分が病弱であることや、入院生活が長いことは秘密にしたいらしい。どこにでもいる普通の学生、それが五十鈴さんの目指す学校生活だからだ。


「…二人だけの秘密ってやつ?」


「そんな大層なものじゃないですよ」


「いいなぁ~なんかロマンチックで」


 悔しそうに机に突っ伏す西木野さん。


「…私も五十鈴さんの役に立って、親密度上げていこう」


 勢いよく体を起こした西木野さんは、鞄から小さなメモ帳を取り出す。


「実は私、既にクラスの女子全員との挨拶を終えてるの…」


「……!」


「内気な五十鈴さんと相性の良さそうな人を何人か紹介できるよ」


 西木野さんのコミュ力に、五十鈴さんはもちろん園田くんも驚いている。


「園田くんはうちのクラスに友達とかいないの?」


「いや…不甲斐ないですが新しい友達は城井くんだけです。五十鈴さんの隣に座ってるだけで敵視されちゃってますし」


「確かにいい話は聞かないよ」


 この学校で五十鈴さんの隣に座るという特権を授かっているのは、園田くんただ一人。妬む気持ちが芽生えるのは必然である。


「実はうちのクラスに幼馴染が二人います…」


 園田くんはやや言いにくそうに話す。


「へぇ~誰よ?五十鈴さんに紹介したらいいじゃない」


「…向日葵と涼月隼人です」


「………なるほど」


 名前を聞いた西木野さんは顎に手を当て眉をひそめた。どうやら西木野さんも二人とは多少の面識があるようだ。


「どっちも変わり者なので、五十鈴さんには難易度が高いかと…」


「確かに五十鈴さんとの相性は良いかと言われると…」


「でしょう?」


「うちのクラス…というか学校か。変わった人が多いからね」


 華岡学校。

 ここは奇才…いわゆる変わり者の生徒が多く在校している。五十鈴さんのような特徴的な生徒は、園田くんのクラスにも隠れているという噂だ。


「おはよう」


 そんな噂の発生源である城井くんが、五十鈴さんの前の席に座って挨拶をしてきた。


「あ、城井くんおはよう」


「五十鈴さんの話してるの?」


「まあね……城井くんは五十鈴さんの噂話って聞いたりする?」


「もちろん。いろいろあるし、日に日に増え続けてるよ」


 城井くんはやや嬉しそうに噂を話してくれる。

 五十鈴さんはお嬢様、日本語を話せない、園田くんは下僕……様々な虚言が飛び交う現状、その誤解はどんどん誇張され増え続けていた。


「何かある?五十鈴さんの最新ニュース」


 園田くんは恐る恐る城井くんに聞いた。


「五十鈴さんファンクラブ……というより親衛隊が結成されたよ。会員数はもう100人を超えてる」


「!?」


 ついに結成されてしまった五十鈴さんファンクラブ。漫画の世界だけの組織と思っていた園田くんは少し感動していた。


「五十鈴さんの席って窓際でしょ?中庭から授業を受ける五十鈴さんが見物できるんだ。その姿はまさに深窓の令嬢。見た生徒はみんな心を奪われてるよ」


 園田くんは病室の窓から顔を覗かせる五十鈴さんを思い出す。

 あの時の衝撃は今でも園田くんの脳裏に焼きついていた。そんな五十鈴さんを中庭に行けば見られるのだから、ファンが増えるのは当然の帰結といえる。


「高等部での人気が凄くてね、下手に五十鈴さんに手を出すと消されるって噂」


「消される…?」


「無謀にも五十鈴さんの下駄箱にラブレターを仕込んだ生徒がいたらしい。その手紙は親衛隊が消去し、送り主には手痛い罰を与えたとか…」


 園田くんは身震いする。

 ファンクラブは想像以上に過激派のようだ。周囲が五十鈴さんに話しかけられない要因が、また新たに追加されてしまった。


「僕もいつか消されるのかな…」


「あ、大丈夫。園田くんは五十鈴さんのペットとして認められてるから」


「…ペット?」


「見るからに平凡で危険を感じないから、警戒対象外らしい」


「…僕がイケメンだったら消されてたのかな」


 複雑な心境の園田くん。

 西木野さんは他人事のように笑っている。


「確かに不思議としっくりくるよね。五十鈴お嬢様に付き添う従者園田くん」


「嬉しいような悲しいような…」


「そう勘違いさせといた方が、何かと都合がいいんじゃない?」


「うーん……確かに消されるよりはマシかな…」


 園田くんは割り切ることにした。

 五十鈴さんと肩を並べられるなら、小間使いでも下僕でも従者でもなんでもいい。せめて友達になれればいいなと控えめに願うばかりだった。


「うちに犬用の首輪があるんだけど、園田くんあげようか?」


「いりませんよ!」


 ペットになる気は毛頭ない園田くん。

 西木野さんにはからかい癖があるようだ。


「ごめん……園田くん……いろいろ……」


 そして園田くんに汚名をかけていたことを知り、五十鈴さんは申し訳なさそうに謝罪していた。


「いいんですよ、僕のことは気にしないで」


「でも……」


「むしろ誤解されて良かったんです。そのお陰で五十鈴さんの側にいられるので」


「……」


 園田くんは笑顔を浮かべて五十鈴さんを安心させる。

 例え下僕と蔑まれても構わない。五十鈴さんの助けになりたいという園田くんの決意に迷いはありません。


「やっぱり園田くんってМっ気あるよね」


「下僕の素実……それが園田くんの隠れた才能」


 西木野さんと城井くんは少し引いていた。


「不名誉ですよ!」





 朝礼が始まる前。

 こうして四人は他愛もない話で時間を浪費する。


「……ふふ」


 五十鈴さんは、この時間がたまらなく好きだった。

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