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9 寄り道




 職員室にプリントを届けた後、教室の掃除をしながら五十鈴さんは西木野さんから質問攻めを受けていた。


「それじゃ日本語は普通に使えるんだ」


 五十鈴さん頷いている。


「周りの視線で緊張しちゃって上手く話せないんだ」


 頷いている。


「どこかのお嬢様って噂は…?」


 慌てて首を横に振っている。


 五十鈴さんは身振り手振りで西木野さんの質問に答えていた。まだ僕以外の相手だと緊張してしまうらしく、言葉を発することができない。


「それにしても、面白いくらいに踏んだり蹴ったりな出だしだね」


 五十鈴さんの事情を知り、西木野さんは箒で床を掃きながら苦笑する。

 記念すべき初登校日から体調不良で欠席。登校してみれば全校生徒から視線を集め緊張に襲われる。オマケに個性を出そうとしたら言葉が通じないと勘違いされた。


 泣きっ面に蜂どころじゃないぞ。


「う……」


 五十鈴さんはしょんぼりしながら雑巾で窓を拭いている。


「そんな落ち込まなくていいじゃん、これからこれから」


「……」


「見た目が綺麗で中身はこんなに可愛いいんだから、向かうところ敵なしでしょ。五十鈴さんが頑張ればきっと上手くいくって」


 西木野さんは自信ありげな笑顔を浮かべて五十鈴さんを励ましてくれた。


 やはり西木野さんの加勢は頼もしいな。

 僕はこういった前向きな励ましが苦手だ。それに異性の僕が五十鈴さんの容姿を褒めると、なんか気まずくなるし。


「……!」


 励まされた五十鈴さんは拳を握ってやる気を見せている。


「お、その意気だ。五十鈴さんってこうして見ると分かりやすいよね」


 そう言って楽し気に五十鈴さんを観察する西木野さん。

 内面さえ分かってしまえば、五十鈴さんはかなり分かりやすい性格をしている。表情は真顔のままだけど、なんか気配というか雰囲気で何を考えているか察せられるんだ。


「園田くん」


「!?」


 いきなり背後から名前を呼ばれた。

 誰だ?


「って、城井くん………いつの間に?」


「噂を探して歩き回ってたら、ここに辿り着いた」


 噂好きの城井くん。

 こうやって地道に噂を集めているのか…


「…もしかして五十鈴さんのこと、聞いてた?」


「うん。そもそも二人の会話は前の席からでも聞こえてたから、大体の事情は知ってる」


「よく五十鈴さんの小さい声が聞き取れたね」


「耳には自信がある」


 城井くんはドヤ顔で自慢しているが、盗み聞きは褒められた趣味じゃないぞ。


「下手に噂とか広めるなよ~」


 箒を突き立てて城井くんへ警告する西木野さん。噂に振り回されて五十鈴さんを誤解した被害者だからな。


「僕は噂を流すより聞き専だよ。それに秘密は自分だけが知っているほうが優越感がある」


「素直なんだか捻くれてんだか…」


 西木野さんは呆れている。


「なんでもいいけど、盗み聞きした罰として掃除手伝いなさい」


「…了解」


 逆らうことなく城井くんは塵取りを手に取って構える。


 僕、五十鈴さん、西木野さん、城井くん。

 教室窓際の隅で集まった四人が、奇しくも五十鈴さんの事情を共有する集まりとなった。二人が味方に加わってくれるなら五十鈴さんも安心だろう。


「城井くん、今日の噂探しの成果は五十鈴さんの秘密だけ?」


 なんとなく僕は今日集めた城井くんの噂話を聞いてみる。


「華岡学校の敷地内にあるコンビニでなにかセールをやってるらしいよ」


「へぇ…」


 地味な情報も集めてるんだな。


「……!」


 すると何故か五十鈴さんが過剰に反応した。

 何か言いたげな様子だけど…


 ………


 …確か五十鈴さんのやりたいことノートに、帰りに友達と寄り道がしたいって書いてあったっけ。コンビニは寄り道の定番だからな。


「五十鈴さん、帰りにコンビニ寄ってみます?」


「え、でも……寄り道……いいの……?」


「校則によると華岡学校の敷地内ならいいらしいですよ」


 華岡学校の敷地は校門の外にもある。

 どんな癒着があるかは知らないけど、その敷地にはコンビニ、雑貨店、本屋、飲食店など外部の一般人でも利用できる店が揃っている。中等部の寄り道は原則として禁止だが、敷地内ならオッケーとされている。


「うーん……」


 五十鈴さんは悩んでいる。


「何かまずいことでも?」


「ううん……コンビニ……行ったことないから……」


「………」

「………」

「………」


 僕らは驚愕した。

 こんな都会の真っただ中に住んでいるのに、コンビニを利用したことがないなんてかなり珍しい。家庭の事情にもよるだろうけど…


 そっか…五十鈴さんはずっと病院生活だったから、学校生活どころか日常生活ですら未体験なことが多いんだ。


「え、なに?もしかして五十鈴さんって箱入り娘ってやつ?」


 西木野さんが小声で僕に聞いてくる。

 当たらずとも遠からずだな…


「似たようなものです…」


「へぇ…これは面白くなりそうね。私も行く!」


「僕も行く」


 まだ行くと決めてないのに、西木野さんと城井くんは手を挙げて同行を希望する。きっとコンビニで五十鈴さんがどんな反応をするか見物したいのだろう。


 その気持ちは僕も同じだったりする。


 世間知らずの箱入り五十鈴さん。

 この個性も五十鈴さんの魅力の一つだろう。


「じゃあ行きましょうか」


「……うんっ」


 こうして四人でコンビニに寄ることになった。





「それじゃ、また明日ね~」


 僕と五十鈴さんは手を振って西木野さんと城井くんを見送った。


「肉まん、美味しかったですね」


「うん……」


 コンビニでは中華まんが半額セールをやっていたから、みんなで一つずつ買って食べることとなった。五十鈴さんはあらゆるものに目移りして見てて面白かったな。


「楽しかったですね」


「うん……」


「やりたいこと、また一つ達成ですね」


「うん……」


 五十鈴さんは上の空だ。

 まだ気持ちの整理ができてないのかな。


「友達、できましたね」


「うん……嬉しい」


 無表情な五十鈴さんだけど、顔を赤く染め喜びを嚙みしめているのがわかる。


「明日はもっと楽しい一日にしましょうね」


「……うん、がんばる」


 こうして僕と五十鈴さんも帰路についた。

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