1 紙飛行機 □
妹が交通事故に遭って入院した。
怪我の方は幸いにも大事には至らず、妹は病院に隔離されていても元気いっぱいだ。今月中には退院できるらしい。
「はいよ、お見舞いのアンポンマングミ」
「わーい、今度こそ開封タイムアタック世界記録を目指すぞ~」
「どんな競技だよ…」
この通りである。
兄として寂しがっている妹の見舞いに行くのは構わないんだけど、僕は来月から中学生。それも通うのは名門の中高一貫校、それなりに準備をしなければならない。
この僕、園田庭人が目指すのは平穏な学生生活だ。
外見も性格も特質すべきところはなし。こんな僕が名門に入学できたことは嬉しいが、期待よりも不安な気持ちの方が大きい。平穏な学生生活を送るにはしっかりと計画を立てねば。
「そうだお兄ちゃん。この病室は窓から中庭が見えるんだよ」
「へぇ…いい病院だね」
「それでね!前にすっごい綺麗な女の子が見えたんだ!」
「女の子?」
「うん!本当に絵の描いたような美少女!」
病院に入院する美少女か…
どこかの物語に登場するヒロインみたいだな。
「ふーん……じゃ、もう帰るぞ」
「…中庭に行くの?」
「行かないよ」
病院に隔離された薄幸美少女が本当に実在したとしても、僕みたいなモブじゃどうしたって関わり合えない。友達になることでさえもおこがましいというもの。
………
でも、一目くらいは見てみたいかも。
少し中庭に寄ってみるか。
※
妹の言う通り、病院の一階には広い庭スペースが設けられていた。緑の草木は造花ではなく本物のようだ。白い噴水に白いベンチ、石畳の雰囲気が落ち着いていて、どこかの貴族がもつ庭みたいな雰囲気だ。たまに聞こえる鳥の鳴き声は……録音された音がリピートで流れてるだけか。
「確かに、外に出れない患者からしたら嬉しいスペースだな」
僕は適当にプラプラと庭を散歩する。
美少女は………いない。
そろそろ病人は夕飯の時間だし、もう病室に戻ってる頃合いか…今日は諦めて僕もとっとと帰ろう。
コツン
「イタ」
頭に何かぶつかってきた。
全然痛くないけど、なんだろう?
「紙飛行機…?」
それはメモ帳で作られた紙飛行機だった。
何処から飛んできたんだ?
辺りを見回すが、広場には僕しかいなかった。
ってことは病室からか?
「…」
僕は上を見上げる。
高い病棟に並ぶ窓の一つから、一人の女の子が顔を覗かせていた。
その少女は、一目で妹の話していた美少女だと分かった。
外国の子だろうか。透き通るような白い肌、夕日に煌めく薄い金色の髪、綺麗に輝く碧眼………あの少女を美少女と呼ばずに誰を美少女と呼ぶ。
すごい…本当に実在したんだな。
「……!」
そんな儚げな美少女だが、何故か慌てた様子で腕でバッテンを作り僕に向けてジェスチャーを送っている。
何がダメなんだ?
僕は何も気付かず拾った紙飛行機を開いた。
『学校に通うの、こわいクマ?(クマの落書つき)』
…下手なクマの絵が僕を煽ってきた。
タイムリーな内容だな。
「……!」
窓の少女は顔を赤くして手で顔を覆っている………もしかしてこれを見て欲しくなかったのか?
だとしたら悪いことしちゃったな。
「…」
僕は近くのベンチを台にして紙飛行機に鉛筆で新しい文字を書き込み、再び紙飛行機に戻した。
「さて…」
ここは中庭。
病棟に囲まれたここならほとんど風は流れていない。僕のコントロールが正確なら真っ直ぐ飛んでくれるはず…
「よっ」
僕は少女の居る病室の窓に向かって紙飛行機を飛ばした。
「!」
少女は飛んでくる飛行機にあたふたしつつも、両手を広げてパシッとキャッチした。
我ながら良いコントロールだ。
別に大したことは書いていない。「ごめんなさい、クマ可愛いですね」と謝罪しつつクマの落書きを評価しただけだ。
「……」
紙飛行機を開いた少女は、驚いた様子で僕を見ている。
さて………帰るか。
これ以上ここに居座ってても気味悪がられるだけだろうし、少しでもあの美少女と文通できただけでも僕は果報者だ。
これが、少女との最初の出会いだった。




