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――捜神記―― 第一章 第三節 神の少女

 神の像――誰も知らない、誰が建てたのかさえわからない祭壇で鎖に縛られた像――なぜ、こんな所にあるのだろうか?

 なぜ、誰も入ってはいけない場所に安置されているのだろうか?

 考えても答えは出ないが、ここに神の像がある以上、目にさせたくない何者かの意図が働いているに違いない。


 巫女姫であるシロナでさえ存在を知らなかったという事実が、様々な憶測を生んだ。

 憶測は仮説に、仮説は疑念に、疑念は――確信にするには、思考材料があまりにも足りない。


 神の存在証明をし続けてきた巫女姫にとって、この隠匿された神の出現はあまりにもショックが大きすぎた。


「(神を信じよと伝えてきた――でも、その神は人目に触れることなく隠されてきた。隠した神の教えをなぜ説き続けているの? まさか、今私が教えを伝えているのは――)」


 シロナの頭には、身震いするような背徳感がぎっていた。


「(私が伝え導いているのは――本当の神ではない――?)」


 そう考えながら祭壇に建つ虚ろに見えるその表情の神の像に触れた瞬間だった。


 ――ドクン――


「うっ……」


 激しい動悸と共に襲う強烈な痛み――。

 シロナは耐えきれずに膝をついた。


「シロナ? どうしたの!? 大丈夫!?」

「……頭が……痛い……」


 シロナを激しい頭痛が襲っていた。

 今まで味わったことのないような、何かが頭を割って出て行きそうなくらい激しく痛む。

 シロナの周りでみんなが声をかけているが、もはやシロナには届いていない。


「(何……? 何かが、私の頭の中で……呼んでいる? 私を――?)」


 ――ユ……リ……――。


「(……違う。知らない……名前……でも、どこか懐かしい感じ……あれ――何かが見えてきた――?)」


 倒れ込んだシロナの瞼の裏側で映し出される何かの記憶――。


 朧げに映し出される何者かの記憶――。

 河原で何人かの子どもたちが遊んでいる――子どもたちは無邪気そうに遊んでいるが、表情が見えない。

 口元が笑っているように見えるが、それ以外は全くわからなかった。

 その子どもたちから離れるように、一人の子どもが座っている――。

 膝を抱えて、半開きな虚ろな目を目の前の砂利に向けている――。

 いや――何も見ていないのだろう――。

 無表情とも言える、その寂しそうな、悲しそうな顔――。

 長い髪の毛と見た目から女の子なのだろう。

 この顔はどこかで――あぁ、そうだ――私は、この顔を知っている――。

 なぜだろう――こんなにも切ない気持ちにさせるのは――。


 唐突に見え始めた記憶の中の自分は、空っぽのような心で何かを求めていた。


 この感情は――きっと――多分、だけど――。


 その時、河原で膝を抱え座っている少女わたしに、手を差し伸べて――少女わたしの手を掴んでいる――。

 その手を差し伸べたその人は、眩い光を背後に浴びている。表情は見えないけど――でも、なんだかとても温かくて――。


 手を引かれて立ち上がる――少女の表情にどこか火の灯ったような、そんな気がした。

 あぁ、そうか――少女わたしはきっと――。


 寂しかったんだね――。


 そう感じた途端、視界が急にぼやけて――。



 ◇◇◇



 頰を伝う涙――。

 頰に垂れてくる雫――。


 シロナは薄っすらと目を開けた。

 視線の先には、自分の頭を膝に乗せ、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたジューンの姿があった。

 ジューンに顔を抱きかかえられるようにして、シロナははっきりと意識を取り戻した。


「もう、何があったの? 突然倒れて、心配したんだからね!」

「――ありがとう。ジューン。私は、もう大丈夫だよ」


 そう静かにシロナは返した。

 あの時見たものは幻だったのだろうか。

 いや、確かにあの時見た少女の表情――。

 あの顔は、ここにあるこの神の像と同じ。

 あの時と同じように、また手を取って連れ出してくれるのを待っている寂しがりな少女。


 シロナはゆっくりと起き上がると、徐に神の像へと近づいた。


「ごめんね――待たせちゃったかもしれないけど……。いえ、御身を待たせてしまい、申し訳ございません」


 気がつくと、シロナは像の前で跪き、いつもの祈りを捧げる所作を取っていた。


「お迎えに参上いたしました。我が神――」


 その魂の奥底に眠っていた、その記憶を、歴史を呼び起こすように湧いてくるその名を告げる――。


 「ユーカリア様――」


 不可解な現象は立て続けに起こるものなのだろうか。

 シロナの見た白昼夢のような、誰かの記憶――。

 そして、眠りから覚めるかのように、心の底で湧き起こる確かな力の波動――。

 さらに――シロナが告げたその名に呼応するかのように、神の像を取り巻いていた鎖が黄色い閃光とともに砕け散ったのだ。

 砕け散った鎖は、光の粒子となって霧散していった。


 他の4人は、ただ目の前に起こるその神秘に大きな口を開けて立っていることしかできなかった。


 霧散した光の粒子が再び像の前へと集まると、何かを形作るように凝縮されていき――。


 一人の少女が現れた。


 突如として目の前に現れた幼女。

 無表情で、目に力はなく、呆然と立ち尽くしている幼女。

 アナベルよりも年齢が低そうな幼い子どものようであり、どこかを見据えているような目をしている幼女。

 金色の装飾の入った白いローブを身に纏い、司祭のような格好をした幼女。

 シロナは恐る恐る手を伸ばし、その幼女の右肩に触れた。


「かっわいいーー!!」


 目を輝かせながらシロナは幼女を抱き寄せ、頭をわしゃわしゃと撫でまくった。

 幼女はゆっくりと目を動かしてシロナを見つめているだけでされるがままだった。

 そのシロナに向いていた視線を他の4人に移すと、4人はその目力の無さにふてぶてしさを見ていた。

 まるでぬいぐるみを愛でるかのようにはしゃぎ回るシロナはとても珍しかったが、それよりも目の前の幼女である。


「(か、かわいいかな……?)」

「(あたし、ものすごく睨まれているような気がする……)」

「(確かに、すげー目つき悪ぃな……)」

「(僕は……結構可愛いと思うなぁ)」

「「「(え……?)」」」


 一頻りはしゃいだ後、シロナは幼女の肩を抱きながら4人に振り向いた。


「みなさん、ご覧なさい! このご尊顔を!」

「……いや、さっきからうんざりするほど見てるよ……っていうか見られてるよ」

「ええい、控えなさい! 神様の御前ですよ!」

「かみさまぁ?」


 4人はなぜか誇らしげに胸を張っているシロナの背後にある像が目に入った。

 真っ先に気がついたのは、ジューンだった。


「えっと……その……まさかとは思うんだけどさ、その顔とあの像……」


 他の3人も、その言葉に気づかされるように口をポカンと開けた。


「嘘……そっくり」

「マジかよ……」

「僕……夢でも見ているのかな……」

「わかればよろしいのです! このお方こそ、ユーカリア様の生き写しに違いありません!」


 そして、鼻息を一息荒く吹いてからシロナがさらに胸をそらしていた。

 それを真似るように、なぜか幼女も胸を張っていた。相変わらずの無表情ではあるが……。


「それで……シロナ、その子……をどうするの?」

「うーん……まずは、宮殿にお連れしようかと思っているの」

「確かに顔は神様そっくりだけど……シロちゃん、本当にその子大丈夫なの?」

「え?」

「突然現れたのは本当に奇跡か何かのように僕も感じるけど、でも……もしかしたら……モンスターの類かもしれないし……」

「んなわけねぇーじゃん……モンスターだったら、もうすでに襲われててもおかしくねぇだろ?」

「ま、まぁ……そうなんだろうけど……」

「何はともあれ、宮殿か神殿にお連れしてご様子を見させていただくことにする。そうすれば、何か危害を加えようとしても、民のみなさんに被害は出ないだろうし」


 4人は顔を見合わせて、同意したようにうなづいた。

 その頃にはもうすでに警戒心を解いていたようだ。

 一方の幼女は、相変わらず無表情のまま、シロナの袖を握りしめているのだった。



 ◇◇◇



 滝の祭壇へと続く洞窟から神殿へと戻ると、都は黄昏に染まっていた。

 神殿の石階段に腰をかけながら、石灰色が夕方の赤みに照らされる街並みを眺めていた。

 

 「綺麗……」


 ジューンは夕日に染まる街を眺めながらそう呟いた。

 

 「うん、そうだね」


 シロナの頭の上でやる気も力も無いように垂れている神様らしき幼女のせいで少し台無しにされたような気持ちを振り払い、改めてジューンは夕日に目をやった。


 「あたしね――」


 思い立ったようにジューンが立ち上がる。


 「あたし、この街が大好き。シロナと……ううん、シロナ様と、みんなと出会えた、シロナ様の治める街が、好き」

 「ジューン……?」

 「今日は特別な日……そうでしょ?」

 「どうしたの? 改まっちゃって」

 「深い意味はないよ……でも、なんだかこの景色を、ずーっと思い出にしたいなって」

 「ジューンにしてはロマンチックな提案だね。まぁ、その考えには僕も賛成だけどね」

 「俺も……なんかちょっぴり恥ずかしいけどな」

 「……」

 「カリン?」

 「あ、ううん……なんか、色々と思い出しちゃって……」


 夕焼けに染まった赤色をさらに染め上げていくように、藍色のような、黒い色が空の大半を占めていく。

 追い詰められた光の源がその姿を隠すように、遠くの山の向こうへと沈んでいく。

 残照の明るさは、夜の影に当てられた街路を歩くには心許ないが、心に刻んだ光景を松明にした心はそう易々と消えないものだ。

 それぞれがここで灯した思い出という名の松明を明るく灯しながら、帰路についていった。


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