――創世記―― 第一章 第四節 見聞録
「……で、俺たちを出し抜いて作っちまったってことか」
ニヤニヤとした悪い笑顔を向けられながら俺は言われるがままにダイブインセプション――頭をすっぽりと覆い、顔にはVRのゴーグルをつけるタイプのゲーム機――を起動した。
みんなで一から作ることを楽しみにしていたのに……という気持ちはあったが、それ以上に、目の前に広がるこの世界の光景に圧倒されていた。
青い空に流れる雲、吹き抜ける風の当たる感覚から、そばに流れる小川の音まで鮮明にリアリティがあり、まるで本当に別世界に来たような感覚に包まれた。
自分を客観的に見ることができたり、主観的に世界を見たりと視点操作だけでも楽しめそうだ。
まぁ、客観的な視点に切り替えると……。
「それで、なんで俺こんな格好なの?」
客観的な視点から自分の姿アバターを見たり、主観的な視点から小川を覗き込んで見たり……何度見ても、俺の姿は……。
「いいじゃん、憧れてたんでしょ? 魔王様」
「いや、確かに好きだよ? 悪役でも魔王でも……」
「だったらなんの文句があるのさ」
ふてぶてしいまでに邪悪な笑みを浮かべながらユカリは肩をヒクヒクとさせていた。
そりゃ、文句の一つも出るよ……この世界での自分の姿をメイキングできることは制作に携わっていたから知っていたのに、そんな場面をすっ飛ばしてこんな平和な草原のど真ん中に佇んでいたのだから。
青い空――白い雲――青々とした草原――小川のせせらぎ――飛び交う小鳥たち――追いかけ合う蝶――そして――この俺……。
「でもさ、ガイコツはないだろ!」
そう、身長は2メートルもありそうな、黒銀の重装鎧に身を包み、裏地の青い暗黒のマントを羽織った厳つい体格のガイコツがそこにいるという光景が、あまりにも違和感でしかなかった。
「ふっふっふ。キャラメイクする手間を省いて差し上げたのだ、感謝こそすれ恨まれる筋合いなどないぞ!」
「いや、恨むわ! 作り直させろ!」
「はっはっは! 哀れだなートウカ君。キャラメイク画面はこの世界の管理者たるあたし……ユーカリア様によって封印させてもらったよ!」
「ふざけんなこのやろー!」
はぁ……全く、ユカリの悪戯好きには本当に参る……。
まぁでも、よくよく見て見ると確かに俺好みの見た目だ。
ガイコツではあるけど力強そうな外見で、目の中は青白い光が灯っていてなんかカッコいいし、何より持っている武器が身の丈ほどもあるバスタードソードで、刃の幅も日本刀の3倍くらいあるもので見応えがある。
これはこれでいいかもしれない。
「はぁ……まぁ、思ったよりカッコいいから許すけど――ユーカリアって?」
「あぁ、最初はユカリでやってたんだけどさ、なんかこう……本名だと神様感がないでしょ?」
「ふーん……まぁ確かにそうかもな。名前をもじったにしてはいいじゃないか。というか、お前の姿、現実とあんまり変わらないから驚いているんだけど」
「あたしは変なガイコツと喋ってるから気分悪いわー……」
「お前な……」
「ちなみに、ユカリは海藻だけど、ユーカリアはユーカリから取ったから常緑樹だからな! 御神木として丁度良いと思って」
「御神木って……お前、どんな世界観にするの? 和風なの?」
「その辺は、全部ミックスしたような世界を作ろうかと思ってる」
「そういえば、いろんな建築が見本としてできるように、サンプルデータは世界のいろいろな建築物を混ぜて作ってもらっていたな」
イメージした世界が作れるとはいえ、想像力には限界がある。
そんな時にデータからすぐに引き出せるようデフォルトマップをプログラムに組み込んである。
確かにこのシステムは便利かもしれない。
「そんなことよりさ、あたしの作った世界を見てよー」
「え、このマップだけじゃないの?」
「そんなわけないでしょ? もう隅々まで作ったよ。会話イベントとかも少しはできたよ」
「ここ3日間くらい音沙汰ないと思ったら、没頭してたのか……」
そんなわけで、俺はユカリもとい、世界の神であるユーカリア様に連れられて世界を案内されることとなった。
◇◇◇
「そういえば、てっしー勅使河原は?」
「あぁ、バイトだって」
「そうなんだー残念」
そんな軽い会話をしながら、道なりに草原を歩く。
道の向こうに見える街を目指して。
「そういえば、今のこの姿って戦えるのか?」
「ん? 戦えるよ」
「へー! そうなのか! せっかくだから戦ってみたい!」
ユカリに能力ステータスや攻撃技、魔法などの技能スキルの見方を教わって、なんとなくだが把握できた。
あとは使いたい技を思い描きながらそれっぽく放つだけで良いらしい。
思念伝達装置……本当に便利な機能だ。
「お、手始めにあのぷるんとした四角いやつでも攻撃してみるか!」
ゼリー……のような、寒天のような、可愛らしい表情を浮かべたいかにも平和そうなモンスターを見かけたので、俺は攻撃して見ることにしたのだが……。
「あ……そいつはやめといたほうが……」
時すでに遅し。
「この大剣がお前を真っ二つにしてやるぜ――!」
勢いよく上段からの一撃を放つ。
俺の仕掛けた攻撃は、いとも簡単にそのぷるんとした体に弾かれた。
あれ? と疑問に思う間も無く、そのぷるんとしたモンスターは俺の方に全身してきて――。
「――え?」
頭の上に浮かんでいた棒グラフ状の生命力量表示であることを示すHPバーは、一瞬で0になった。
目の前が白黒の色のない世界へと変化し、俺は――棺桶状態となった。
吹き抜ける風の音とともに、頭の中ではチーンというお燐の音が鳴っていたのは言うまでもない。
◇◇◇
「なんなのあいつ!? 強さが半端じゃなかったんだけど!」
色の無くなった世界から再復活コンティニューした俺は、さっきの草原ではなく洞窟の中にいた。
洞窟の中とはいえ、外からの光が差し込む神秘的な雰囲気のある場所に祭壇が設けられており、その中央には女神像とも言えば良いのだろうか、ユカリをモチーフにした象が置かれていた。
恐らく、ここはセーブポイントのような再復活地点ログインポイントか、転移魔法などの登録地点なのだろう。
「ごめんごめん! テストで作ったモンスターだったんだけど、消すの忘れてた」
「いや、消すとか消さないとかじゃなくて、強すぎない!? あんな平和な顔してさ、微笑みを寄せてきたと思ったらHP真っ赤だったんだけど!」
「ほら、なんかこのゲームのシンボル的なモンスターを作りたかったんだけどさ、スライムとかだとありきたりだから、思い切って寒天にしてみたの! 可愛かったでしょ!」
「いや、確かに可愛いよ!? でも、あの顔見てももう可愛いとは思えねぇよ! 残酷な天使の形相だよ!」
「あーもう、うるさいなぁ。とりあえず後で試したいことがあるから、どこか別のマップにでも飛ばしておくからね」
そういうと、ユカリは杖を掲げて念を送った。
寒天らしいモンスターはその微笑みをこちらに向けたまま、パッとその場から消え去った。
◇◇◇
ユカリが作った最初の国。
街の中は人が大勢いて、初めは驚いた。
市場では何やら店主とお客が話しているような姿や、追いかけっこをしている子どもたちの姿、行き交う人々の姿など、本当の街のようだった。
しかし、やはりゲームなのだろう。
聞こえてくる話し声の音はそれっぽい雑音であり、耳を傾けて聞いても意味のある単語として聞こえてくるものはない。
試しに、と、アイテム屋のようなところで店主に話しかけてみた。
「いらっしゃい! なんでも見ていってくれよな!」
「おぉ! 喋った!」
言葉を交わせたことに感動を覚えた。
「まぁサンプルデータを読み込んだ街だけど、店とか宿屋とか、RPGの基本的な場所は組み込まれているよ。会話もできるけど、機械的な会話をしているにすぎないからね。試しに、目の前の商品以外を頼んでみてよ」
俺は言われるがままに目の前の商品を眺める。
ここはアイテム屋なので、武器の陳列はされていないようだった。ならば……。
「鉄の剣をひとつくれ」
「……いらっしゃい! なんでも見ていってくれよな!」
「銅の盾をくれ」
「……いらっしゃい! なんでも見ていってくれよな!」
「なるほどな……ループするわけか」
「……いらっしゃい! なんでも見ていってくれよな!」
まぁゲームの世界なんだしある程度は仕方のないことだが、ユカリは不満そうだった。
そんなことよりも、こんな街の中で厳つい鎧のガイコツが歩き回っている方がよほど異常な気がするのだが……こいつらに自我がないことに感謝するしかない。
街の中をひとしきり見てから、城を見ることにした。
城は間近で見ると巨大で圧倒された。
門をくぐり、城の中へと足を運ぶ。
普通なら、門で兵士に呼び止められそうな気がするのだが、素通りだ。
城の中もこれまた広い。天井には細かな装飾が施されており、中世ヨーロッパのような建築美を思わせる。
天井から視線を下ろすと、階段があるのだが……。
その階段を昇った先にあるものに違和感が……。
「おい、なんで日本の武将の甲冑があるんだ?」
「あ、本当だ。なんか城には鎧がおいてあったようなイメージだったから、適当に思念伝達エディットしちゃったのかも」
「明らかに場違いだろこれ……しかもこの兜の愛の字がまた絶妙な違和感を醸し出してるな」
「これはこれで面白そうだから置いておこうかね!」
「あはは! 有事に王が侍大将の格好をして戦に出陣したりしてな!」
こうしたハプニングもつきものだったが、これも手作りの世界の醍醐味かもしれない。
階段を昇ると長い廊下が伸びていた。
その先には一際装飾に凝った扉があり、甲冑を身につけた騎士が二人立っていた。
大きな扉を開けると、そこには天井の高い間取りと、その天井に真っ直ぐに伸びた丸柱が点々と続き、その先には玉座が見えた。
――謁見の間だ。
何やら魔王のような見た目のガイコツが、この国の王に話しかける。
客観的に見たら異様なシュールさに吹き出してしまいそうだったが、主観的に見ている俺は普通に話しかけた。
「国王陛下、謁見に参りました」
恭しく跪いて礼をする。
なんとなくやってみたかった所作ではあったが、実際にやると恥ずかしいものだ。
「おぉ! よく来た! 勇者よ! お主はあと500000経験値でレベルアップするぞ。ただし、街を出たところの南の草原に現れるプルプルとしたモンスターには気をつけろ。あやつはこの世界最強の存在だ。次に向かう場所は――」
などと、よくあるRPGの王様のセリフフルコースを叩きこまれ、適当に相槌を打っていたら、「もう一度聞くか?」と聞かれていたらしく、2週目に突入したのはいい思い出だ。
謁見の間を出て元きた階段を降りる。
あちこち部屋を覗き回って、ふと廊下の片隅に重々しい扉があることに気づいた。
「こっちは?」
「あぁ、そこは地下だよ」
「へぇ。何があるの?」
「そういえば、行ったことないから覗いてみようか」
暗く、冷たい空気が漂う地下への階段を降りていく。
マップデータから、そこは地下監獄であることがわかった。
見張り、囚われた者、看守たち。
何やら拷問道具や処刑場のような場所まであったのがとてもリアルだった。
まじまじと見学するのがガイコツの俺なのが余計に不気味さを煽っているが、そんなのは御構い無しだ。
囚人たちは老若男女問わずいるらしく、看守が必要以上に責め苦を浴びせているのであろう姿があった。
囚人たちの瞳に力はなく、ただただぐったりと鎖に繋がれて鉄格子の中で座っている。
ふと、一人の少年の姿が目に入った。入ったと言うより、こちらに向けるような視線を感じたという方が正しいかもしれない。
うなだれているものや、寄りかかって虚空を見つめているものなど様々だが、少年の視線にあまりにも現実味があるためか、どうもこちらを見ているような気がしてしまう。
その視線に少し後ろ髪を引かれるような思いだったが、その場を後にした。
他にもまだまだユカリオリジナルの不思議な内装で溢れていたのだが、全てを紹介するにはあまりにも多すぎた。
妙な社会見学をして来たような気分だったが、十分に楽しめた。
「どうだった?」
「いや、これは本当にすげぇよ。ところどころツッコミどころがあったけど、やっぱりお前は天才だな」
褒められないれていないため、微妙な表情をして照れ隠しをしているユカリに俺は質問することにした。
「で、俺もどこかマップを作っていいの?」