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――創世記―― 第一章 第二節 プレゼンの神様

「なに~? 今度のプレゼン大会で大学代表になったら欠時をチャラにしろだと!?」


 研究室の教授は「夢でも見ているのか」と叱咤せんばかりにそう叫んだ。

 そりゃそうだ。

 何せ、こんなぶっとんだ提案をしたのが――。


「そうですとも! 必ずやこの研究室、いや、この大学に名声をもたらしましょう! この豊穣縁の名にかけて!」


 そう、この天才的現実逃避人のユカリ様だからだ。

 しかし、この自信はどこから来るのやら……と、言いつつも、こいつの提案に俺も乗っているのは、このユカリの提案が我が研究室にとって最も有効打になりうる一撃だからだ。

 だが……。


「――その話、何か裏があると見た。全てを詳らかにせよ」


 机の上に両肘を付け、顔の前で腕を組む――どこかの地下都市のお偉いさんかよ、と言いたくなるのを抑えた。

 この教授もノリノリだな……これはもしや、ユカリの勝ちかもしれない。いや、この教授から大学の教授たちとの覇権争い、ひいては「うちのやつら(ゼミ生)がもっと優秀だったらなんでもしてやるのになぁ」というボヤきまで引き出した時点で、王手チェックメイトだったのかもしれない。


「せ、先生も大変なんですね」

「まさか、ゼミ生の奪い合いや派閥争いにまで発展してるなんてな……」


 呆れながら聞いている俺と勅使河原を他所に、暗黒組織の黒幕のような2人が作戦会議をしている。

 これでユカリの提案に乗りさえすれば、あとは全力で資料を作るだけだ。


「では司令官《教授》、本作戦の立案ですが――」


 本気の目付きになったユカリが教授に説明を始めた。

 まず、コンセプトとしては、誰でも自由に世界を作ることのできるゲームの作成の提案だ。

 ゲームのグラフィックやアクション性など非常にクオリティの高まった現代において、想像するという楽しさに乏しくなったと言える。

 決まったルートをプレイヤーの操作性に委ねてゴールまで進ませるという、悪い言い方をすれば、接待に近いゲームと言えるかもしれない。

 確かに、自由度の高いゲームは存在している。

 楽しみ方も人それぞれなのだろう。

 だが、レトロゲームに味わえるストーリーの行間や鮮明ではないからこそ補填される脳内世界は今の世では失われつつある。


 ならば、と、企画の説明に移る。

 人はゲームにリアリティこそ求めてはいるが、リアリティの中にあるアンリアリティこそ味わいとしているのだと言えよう。

 今度は自分で考えた世界をリアルに再現できるゲームを作る。その世界に住む人や世界観まで設定し、剣と魔法のファンタジーから、宇宙を飛び回るSF、迫り来る亡者を振り払い生還を目指すサバイバルホラーまで、なんでもデザインできるゲームを作る。

 もちろん、自分でも遊べるし、オンラインで公開すれば複数人で冒険できたり、アドベンチャーモードとして他世界に転移したりと、色々な遊び方ができる。

 企業の儲けとしては、定期的にイベントを開くなり、建築要素やオプションなどサービスに課金システムを採用するなりすればよい。


 ユカリの力説に、顎を右手で擦りながら教授は聞き入っていた。

 ここまでの案を、実はユカリがほとんど考え出したのは正直俺も驚いている。

 何せ俺は、「現実逃避したいんだったら、非現実を作れるゲームでも今度のプレゼンで提案して、メーカーに作ってもらったらどうだ?」という一言だけだったからだ。

 目に輝きの宿ったユカリを見たのはゲームの発売日以外では初めてだった。

 少し考えたそぶりを見せたあと、教授が口を開いた。


「しかし、ゲームを1から作るとなるとそれなりの労力がいる。プログラミングのイロハも知らぬ者が、果たして満足のいくものを作れるのか?」

「確かに……それは俺も考えていました。オブジェクトの配置を1からやっていたら家一軒ですらかなりの時間がかかってしまうので、何か策が必要だと――」


 話を言い終える前に、ユカリの表情を見てしまった。

 あまりにも勝ち誇ったかのような笑みを浮かべているのを見ると……。


「その辺は一番初めに考慮済みだよ。御二方。このあたしを誰だと思っているの? 完璧なる敵前逃亡者ユカリ様よ! そんな面倒な作業、あたしだってやりたくないもの」

「確かに……先輩はクエスト中もたいていオートバトルですもんね」

「あー、一時ゲーム内のAIを魔改造して超反応オートバトラーと化してたもんな……」


(ん……? AIの魔改造……まさか)


 人は豊かさにかまけると怠惰な愚者となるが、豊かさを追い求めると勤勉な賢者となりうる。


 2056年現在、脳波を読み取り機械に思念伝達をする術が公として用いられることとなった。

 自動運転自動車は一般的となり、車内に設置された装置ヘッドギアを通してナビゲーションについたボタンを押しながら行きたい場所を思い描くだけで連れていってくれる。

 危機反応があった場合には即座に思念を読み取り適切な対応を取るようになっている。

 全国の信号とはリンクしているので通常交通事故は起こらない世界となった。

 このようなことが可能であれば、その技術をゲームにも活かすことは可能だろう。

 思い描いた世界が、人工知能を通して描かれ創られていく。

 まるで、神にでもなったかのように。


 これには、教授も、俺も、頷くしかなかった。

 企画としては申し分ない。

 あとは、実現するかどうかはゲームメーカーの判断することだ。


「いいだろう。見事大学代表を勝ち取って見せよ。その暁に、欠時の解消、さらにはこれまでの落単も帳消しにするように学長に計らってやろう」


 その教授の判断には、俺も勅使河原も「えぇぇぇ!?」と叫ばざるを得なかった。

 不敵な笑みを浮かべながら、俺と勅使河原の肩に手を乗せてユカリが言う。


「まぁ、そういうわけだ。あとは……言わなくても、わ・か・る・よ・ね!」


 斯くして、俺たちはプレゼン大会へとコマを進めるのであった。



◇◇◇



「――このように、ゲームとはプレイヤーにとって与えられるばかりではなく、与える側に立つ機会を持たせることができます。故に、今世界に飽和している第二の運動技能要素(e-スポーツ)ではない、人の心の世界を反映し想像力を豊かにするゲームこそが求められているのだと考えます。ご清聴、ありがとうございました」


 都内にある大きな文化会館――スポットライトを浴びながら壇上に立つ我々を包み込む拍手は、これまでの努力に見合うものであった。

 ゲームメーカー関係者の方に視線をやると、何やら隣の席どうしでやり取りをしているのが見える。

 プレゼンテーションを終えたユカリが、これまでにないほどの充実した表情をしている。こんな表情を見せるのは、もしかしたら最初で最後かもしれない。

 そう思えるほど、ユカリにとってこの舞台は人生で唯一の見せ場となったに違いない。



 ◇◇◇



「どうだ? たった数回の発表で大学生活を巻き返した気分は」


 授賞式を終えた俺たちに、教授が満足そうな表情を浮かべて話しかけてきた。


「教授! 見てくださいよ、このトロフィー!」


 ユカリが意気揚々と掲げたトロフィー! これこそが、我が研究室の未来永劫の栄光の証! そう、俺たちはついに成し遂げたのだ。

 7つの大学が集い、大手ゲームメーカーが品評する中繰り広げられたプレゼンテーション大会は、我が大学の提案である「アナザーワールド」が総合的に評価されることとなった。

 しかも、それだけではない。

 開発部から直々に招かれることになり、ゲーム制作に携われることが決定したのだ。

 それはつまり、ユカリが考案したゲーム企画が商品化されることが決まったことと同義である。

 ユカリは大興奮だった。これには俺もテンションをマックスにせざるを得ない。勅使河原はというと……緊張と興奮のダブルパンチで貧血、失神寸前なので、そっとしておこう。


「よくやったな……お前たちは俺の誇りだ!」


 感極まって涙を流したのは教授だった。

 まぁ、夜な夜な研究室にこもって準備に明け暮れ、朝晩とご飯をご馳走してくれたり、プレゼンの原稿を手直ししてくれたりと色々と協力してくれたからな。

 発表スライドは勅使河原が作ってくれたし、夜食を作ってきてくれたりもした。

 俺は主に原稿の準備。ユカリは発案者兼監督……とかわけのわからないことを言いながらゲームができたことを妄想してほとんど寝ていた。


 そんな愉快なチーム力で乗り切ったのだ。


「ところで、例の約束の件なのだが……」

「約束?」

「おいおい、ユカリが言い出しといて忘れたのか?」

「あ! そういえば……教授、単位の件、どうなったの!?」


 教授が含みのある表情をしている。

 その表情をユカリと怪しんでいるうちに、視界の奥から歩み寄ってくる人物の姿が見えた。


「その件については、ワシから直々に話をしようじゃないか」


 ――学長だ。


「この度は、本当におめでとう。君たちは我が校の誇りだよ。社会に出れば、必ず求められるのが誰かに熱意を伝える、ということ。それも、ただ熱意だけではなく、そこには論理的筋道ロジックがあり、誰かを納得させられるだけの説得力が肝要だ。君たちのプレゼンテーションは、年老いたワシでさえ大いに楽しめたよ。小さい頃よくやったんだよ。あの時は、一つのゲームソフトを兄弟でコントローラーを取り合って楽しんだものだ」


 過去を思い返しながら、学長がとても優しげな表情を浮かべているのがとても印象的だった。


「さて、君が豊穣さんだね? なんでも、落としてしまった単位が欲しいそうだね」


 ユカリは気まずそうに苦笑いをしている。


「うーむ。落とした単位をワシの権限でひょいとあげるわけにはいかんのだが、どれ、今年度分で納得してもらえんかね?」

「こ、今年度分!? 今は前期だから……後期の分ももらえるってことですか?」


 俺は思わず声が出ていた。

 年間大体40単位前後取ることができるが、それが現段階で約束されたも同然だ。

 大学3年生ともなると後期には就職活動が入ってくるので、必修科目は1〜2年で取るのが普通だ。そういった単位を落としているユカリからすれば、出席せずともフルで単位を取得できたのと同じことなので願っても無いことだ。


「それから、櫟木くんと勅使河原さんにもご褒美だ。豊穣さんも含め、君たち3人は卒業まで学費を免除するとしよう」


 この言葉には、横になって朦朧としていた勅使河原も飛び起きた。

 あまりにも順調にことが進みすぎていたので気がつかなかったが、俺たちはよほど大きなことを成し遂げたらしい。



 ◇◇◇



 後日、ネットニュースで俺たちのことが記事になっていた。

 大手ゲームメーカーとのコラボが達成され、俺たちの通う大学名も大々的に取り上げられていた。

 その記事には、ちゃっかり教授と学長の写真も載っていた。


 大学生活――俺が思っていたよりも、充実した偉業をなすことができたのかもしれない。


 大手ゲームメーカーとの共同制作に呼ばれた俺たちは、ゲーム開発部の担当者の方々と打ち合わせをした。

 このゲーム開発中にも、色々とあった。広報部の部長に気に入られ、特別枠で就職が内定することが決まった。

 勅使河原は第一志望が別にあったらしいけど、開発部に内定。

 ユカリは、なんと開発部の最深部であるゲームシナリオや発案を担当する企画部に内定した。

 そして、人生も順風満帆に動いたところで、ついに、異世界創造ゲーム「アナザーワールド」を完成させるのであった。


 まるで、夢を見ているかのような1年間は、あっという間に過ぎていった。

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