開かずの間
開かずの扉と聞いて何を連想するだろう。
「ここは開かずの扉でね…」
この一言だけで他に何も語らずとも人は口を閉ざし、その続きを勝手に想像するだろう。
開けてはならない禁断の理由について。
大昔に病弱だったお嬢様が外に出たいと嘆きながら亡くなった部屋であるとか、あるいは呪われた何かが封印されているとか。
怨霊や呪いの類がごっそり入っているようなイメージを膨らませるかもしれない。
そう、その人々の期待値は年数を重ねるたびに跳ね上がっていくのだ。
私が開かずの間になって百年近く経つ。
この家にやってくる人々は口々に勝手な想像を招いた客に語り継いでいる。
「ここはね、父さんがここを買った時から開かずの間だったんだ」
新しい住人のお嬢さんが友達を連れてくると得意げに語りだす。
「ここを買う時の条件の一つがこの開かずの間を開けないことだったんだって」
それは持ち主が変わるたびに受け継がれている話であり、その理由を覚えている持ち主は当然いないし、最初にその条件を付けて売った持ち主はとうに死んでいるはずであった。
「どうして?」
当然友人は不思議がるが、お嬢さんはもったいぶった様子で声をわざと低くした。
「理由は語ってはいけないの。もし口にすれば扉の封印が解けて怨霊が解き放たれるとか……」
また新たな話が生まれている。
開かずの間を開けてはいけない理由がわからないため、口にしてはいけないということにしたらしい。
ここを買った人の子供達がひっきりなしにどうして開けてはいけないのか聞き続けたに違いない。
うんざりして大人が言ったのだ。
「聞いてはいけないことになっているのだ!」
なにせ開かずの間であるから、その一言だけで十分説得力があるのだ。
しかし、私はその真実を知っている。
初代の持ち主であった老婆が鍵を失くしたのだ。
それを子供や孫に知られるのを恐れ、この部屋で怪奇現象が起きて困るため、霊能者を呼んで封印し鍵を捨てたと話してしまったのだ。
鍵を失くしたならまた作ればよかった話であったが、その老婆には業者を呼んで人前で扉を開けたくない理由があった。
それ故、封じられた部屋となり子供から孫へ相続され、そしていつしか売られるようになったのだ。
年月が経てば古い屋敷はその重厚さを増し、軋む廊下や色あせた床、傷んだ手すりなどから、何人もの人間が多くの思念を残して死んでいったのではないかと想像してしまう。
もはやお化け屋敷の貫禄である。
これでこの開かずの間にたいしたものがないと知られたらどうなってしまうのか、人々の落胆する顔が目に浮かぶ。
こうなったらもう何年でも開かずの間で居続けなければならない。
時折ぎいぎいと床をしならせながら、固く閉ざされた扉をさらに重々しい雰囲気に見せるように努力し、開かずの間の名に恥じない外観を保つのだ。
そんなある日、テレビで開かずの間の扉を開けようという番組が始まった。
全国に存在する開かずの間の真実が暴かれ始めたのだ。
そして、大抵が予想に反して、人々が落胆するようななんでもない部屋であることが明らかになっていったのだった。
この家の住人達も私の前に集まって、番組に手紙を出そうと話し始めた。
開かずの間の真実など明かさない方が良いに決まっている。
なんてことなかったと知ればこの家の面白みも半減するではないか。
何より、たいしたことなかったと言われなければならない私の身にもなって欲しい。
勝手につけられたイメージで散々怖がっておいて、最後には嘲笑されて終わるなど、開かずの間として培ってきたプライドが形無しだ。
だが、ついにその日は来てしまった。
百年近く開かずの間であった扉を開けたいという住人の願いが採用されテレビ局の人間が押しかけたのだ。
プロの鍵屋までやってきた。
私はついに初代持ち主の老婆が死の間際まで隠し通していった開かずの間の秘密を人目に晒すことになったのだ。
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体のごついカメラマンが肩を廊下にぶつけながらタレントを追いかけてきた。
大きなカメラを肩に担ぎ、さすがにその目はレンズを離れない。
「古い家は造りがいろいろ小さいからな」
機材を持ち込んできたスタッフたちも手すりにぶつかりながら足をコードに引っ掛けないように気を付けて登ってきた。
大勢のスタッフとタレントと一緒にあがってきたのはこの家の現在の住人達で、家主の男が深刻そうな顔でもっともらしく語りだした。
「この家を買った時に開かずの扉はあけてはいけないという条件が入っていたんですよ」
「で、お父さんはそれから22年もその条件を守ってきたということですか?」
インタビューをしているタレントが大げさに驚いてみせた。
「すごいですねー!私ならすぐ開けちゃいますよ!」
さっそくプロの鍵屋にスポットが当たり、古い鍵穴をいじり始めた。
「ああ、これはちょっと古いですね」
苦労している様子を醸し出し、汗をかきかき鍵開け業者が作業を進めること小一時間。
ついに開かずの扉がおよそ百年ぶりの音をたてた。
カチャ。
生唾を飲み込み、集まった人々がその先の光景を想像し互いに緊張の面持ちで目を見交わした。
「じゃあ、お父さん、どうぞ!」
家主がドアノブに手をかけると、ゆっくりと扉を押して開いていく。
ギィィィィ
おどろおどろしい伝説に相応しい軋んだ不気味な音と共にゆっくりと扉が開かれていく。
その先を食い入るように見つめていた人々の後ろからライトがたかれた。
百年近く人の手が入っていなかったのだ。
窓は薄汚れ、さらに古びたカーテンも閉められているため外の光はほとんど入っていなかった。
廊下側から差し込まれたライトの光を少し弱くすると、中の物がぼんやりと浮かび上がってきた。
そして足を踏み入れた家主は思わず悲鳴を上げて尻もちをついた。
後ろから入ってきたタレントもつられて悲鳴を上げ大げさに扉の外に飛び出した。
その途端、後ろの人々も恐怖が連鎖したように飛び出した。
「ぎゃああああああっ!!!」
悲鳴と共に集まった人々が狭い階段や廊下でぶつかり合う音が響いた。
だがたった一人、その道のプロであるカメラマンが残りその部屋の中を撮り続けていた。
小さな六畳ほどの四角い部屋には棚がぎっしりと壁を埋めており、その棚の中には無数の髪の毛が飾られていたのだ。
まるで百年近く伸び続けたかのような長い髪がマネキン型の丸く削りだされた木の頭に載せられ、ライトの灯りで光沢を放っていた。
そのほとんどが海藻のようなにだらりと垂れさがる黒い髪であり、長さもばらばらであった。
『開かずの間に隠されていたのは伸び続ける呪いの髪の毛だった!』
その日の収録は、開かずの間を開けてみようという番組史上、初めて本物が出た回として伝説に残ったのだった。
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私は元開かずの間である。
ついに開かれた扉にどうなることかと思ったが、私の予想に反し、百年近く前の女主人が隠し持っていたかつらの数々は嘲笑されることもなく、語り継がれてきたとおりの恐怖を住人に与えることに成功した。
私も開かずの間としての面目躍如を果たしたと言えるだろう。
あのテレビの収録以降、呪いの髪の毛を封印していた部屋として祈祷師やら霊媒師やらが祈りを捧げに来た。
そして家主たちは有料で元開かずの間を見学してもらうという商売を始めた。
テレビ放映後、怖い物見たさで近所の人や、心霊に興味のある人たちが遠くから足を運んでくる。
そして、もっともらしく、霊の気配を感じるなどと言って満足して帰っていくのだ。
私はもはや開かずの間ではないが、代わりに立派な名前をもらった。
部屋の扉の上に表札をかけてもらったのだ。
古びた板で刻まれた私の名前は「呪いの髪の間」。
時々、初代家主の老婆が下りてきて、一般公開されている自分のかつらを目にして屈辱のあまり怒りに震え、呪ってやるなどと呻いているが、それ以外は今まで通り平和なものである。
これからは由緒正しい呪いの間として立派に務めようと思う。