大海の星
とある惑星で男が一人星釣りをしていた。
目の前の大海には溢れるほどの輝く星が波の底から輝きを放っている。
星釣り用のサングラスをかけ、男は再び星釣り用の餌を針にひっかけた。
闇玉だ。
ぽんっと投げ入れて小さな星がかかるのを待つ。
しばらく待つと、軽い引きが来てぴくんぴくんと竿が揺れた。
釣り上げてみれば本当に小さな星であった。
きらきら光っているが、少し小さめだ。
「釣れているかい?」
同じように釣竿を持った男がまた一人隣に座った。
「いやぁ小さいのが一個だよ。大物は難しいね」
「長く使えるものが欲しいところだな」
隣に座った釣り人が同じように釣り糸を大海に投げ入れた。
うねるような波が星々を押し流し、さらに引き戻していく。
「昨日次郎のところが網を食い破られたらしいぞ」
「星喰い魚かい?」
男の竿が再びしなったが、それも小さな引きだった。
嘆息しながら再び竿を上げて、糸を手繰り寄せた。
手のひらに収まるサイズの小さな星が瞬いていた。
「ああ。百ぐらい飲み込まれたっていう話だ。やっぱり一匹釣りが一番安全で確実だ」
違いないと言って、男は再び闇玉を針にひっかけ海へ竿を振った。
銀色の針がきらきらと海原に落ちていく。
それが着水する寸前、大きな水音を立て魚が飛び上がった。
ぱっくりと針に喰らいつく。
隣の釣り人が慌てて男の腰を掴んだ。
ぎゅんと糸を引っ張られて、男が海に落ちそうになるのをかろうじて食い止めた。
「踏ん張れよ!」
「星喰いだが、まだ小さい。上げてしまおう」
二人がかりで引っ張り上げると、確かにまだ腕に抱けるサイズの黒い魚であった。
星と一緒のバケツに入れてしまえば光を食べてしまう。
すばやく男はナイフを取り出すと魚を解体し、お腹に詰まっていた闇玉を取り出した。
「餌代が浮いたな」
隣の釣り人も一緒に解体し、真珠のようなつるりとした目玉をくりぬいた。
「こいつは海に戻してやるか」
星喰いの卵は海の中に落ちてあっという間に星の合間に消えてしまった。
大海原の向こうから汽笛が聞こえてきた。
巨大な船が丈夫な金属で作られた網を巻き上げながら陸地に向かってくる。
星喰い漁専用の船であった。
「これでは商売にならないな」
星々が一斉に逃げるように波に乗って離れていってしまった。
海底から立ち上るきらきらとした灯りが遠のくと、二人の男は立ち上がった。
「明日はまた釣れるさ」
それでもバケツに数個の星が瞬いていた。
職場の星族館に戻ると、二人はバックヤードに回り、梯子を伝って水槽の縁まで登ると、今日釣り上げた小さな星を投げ入れた。
きらきらと輝く星々が水面にしぶきを立ててぽちゃんと落ちて、ふわふわと漂うように水底へ沈んでいった。
____
「本日の閉館時間は午後6時になります」
アナウンスが館内に流れ、一組の親子が水槽の前で顔を見合わせた。
「そろそろしまっちゃうの?」
男の子の質問に母親が答えた。
「そうね」
もう一度目の前の巨大な水槽を見上げると、いくつもの惑星と炎のように輝く星がぐるぐると周り、さらにその周りを無数の星がきらめきながら動いていた。
規則性があるようで時々突拍子もない動きを見せる星々の動きは見ているとどこか心休まる光景なのだ。
「ぐるぐるしているね」
男の子の言葉に母親が頷いた。
「そうね、また来ましょう。何か変わっているかもしれないわ」
手を引いて、母親は出口に向かって歩き出した。
いくつもの巨大な水槽の中に、たくさんの星や惑星が浮かんでいる。
不意に、視界の横で惑星が一つはじけた。
「星がぶつかっちゃったの?」
丸かったはずの惑星がぱっくり二つに割れていた。
「そうね、でも大丈夫。また係の人が新しいものを捕まえて中に入れるのよ」
なら安心だねというように男の子は笑い、二人は閉館の音楽が終わる前に星族館を出て行った。