砂漠の木
広大な砂漠のど真ん中に、ある日、木が一本生えた。
灼熱の大地に突然現れた日陰はたちまち辺りの生き物たちの楽園になった。
しかし不思議なのだ。
まともな植物など一本も生えることが出来ないほどの灼熱の地であり、水もないのだ。
地下水があるのではないかと井戸を掘ろうと試みたものもあったが、砂漠の真ん中にそのための重機を持ち込むのも難しくすぐにその計画は頓挫してしまった。
しかしその木は枯れることなく大きく成長した。
木陰を広げ、枝を張って緑の分厚い葉を茂らせた。
そのうち誰も訪れなかったその木の周りに砂漠にいない生き物たちまでもが集まり始めた。
灼熱の大地に育つはずのない小さな植物や動物たち、それから道に迷った小鳥たちが木陰に避難した。
どうせすぐ枯れるだろうと思っていた人々は驚愕し、学者がその木を調査にやってきた。
木陰の下を独占し、ソーラーパネルを建ててエアコンを動かした。
簡易宿舎を作って快適な部屋で研究を始めたのだ。
木は成長したが、生き物たちはほんのすこしだけ減ってしまった。
それでも木はめげずに成長した。
研究者たちを飲み込むほどの木陰を作り、他の生き物たちが十分に体を休めるほど葉を茂らせた。
教授たちに物を売ろうと砂漠の民が訪ねてきた。
定期的に物資が運ばれるようになり、ラクダの道が出来た。
教授たちが国のお金で定期的に食料や燃料を買うようになると、それに依存して暮らす砂漠の民も出てきた。
木陰の下で収穫できるようになった動物や植物は瞬く間に姿を消した。
木はさらに成長し、必死にその根を深く張った。
高い枝の上には鳥たちの楽園が残っていた。
大きな卵も小さな卵も木の洞や木陰の中でひっそりと冷やされていた。
どんな鳥が巣を作っているのか見てみようと鳥類学者がやってきた。
梯子をかけて上にのぼると木の洞を覗き込み、葉の中にある巣の中身を観察した。
鳥は警戒し始め、小さな生き物たちが去り、生えかけた植物たちが踏み荒らされると、木は少し疲れたように成長を止めた。
それでも冷え込む夜になると夜露を浮かべ、水を作り出しては滴らせ、小さな生き物を呼びこんだ。
奪われても、奪われてもその根を張って枝を伸ばし、体を太らせ地面に杭のようにしがみついた。
その間も灼熱の太陽が容赦なく降り注ぎ、渇き果てた土地は水一滴産まなかった。
どうしてこの木が生きているのか。
どこから来たのか。
なぜこんなにも砂漠の真ん中で青々と茂るのか。
誰にもその答えが出せなかった。
それでも木がある限り人々はそこに惹きつけられた。
成長を止めたかと思われたその木は、また少しずつ成長を始めた。
上へ上に向かい、それから迷い込んでくる鳥を待ち、虫や草の種を待った。
ひんやりとした空気を作り出し、葉を茂らせ木陰を用意し、揺るがない逞しさで待っていた。
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とある国の病室の一室で子供が絵を描いていた。
画用紙の下一面が砂漠の淡い紅茶色で、塗りつぶされており、その真ん中に大きな木が描かれていた。
冷房の入っていない熱い病室でその子供は濃い緑色でたくさんの葉っぱを書いた。
「熱い熱い国で一人で頑張っているそういう木なんだよ」
男の子の描いた絵を見下ろしながら、母親が頷いた。
「とても強いのね」
「うん。世界で一番強いんだ」
医者と看護師が入ってきた。
「そろそろ手術室に行くよ」
子供は目を上げた。そして砂漠の木の絵を母親に渡した。
「終わったら友達と遊べるでしょう?」
「たくさん遊べるわ」
母親はその絵を抱きしめて子供を送り出した。
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ニュースが砂漠に突然現れた木の周りに、苗木を植える実験が始まったことを伝えていた。
その活動に携わっているのは主に難病の子供を抱えた親の会だった。
時々水を与え、その成長を助けるために土を運んだ。
自然に任せた方がいいと主張する教授も中にはいたが、地球上の生き物は助け合って当然だという考えもあったのだ。
砂漠の木を守る会が立ち上がり、そのホームページの表紙を飾ったのは子供の絵だった。
何もない紅茶色の砂漠の真ん中に逞しく枝を張る緑の木。
その木は今もまだ必死にその枝を張り、葉を茂らせている。