呪いの人形
呪いの人形は封じられた木箱の中にいてなおも髪の毛を伸ばし続けていた。
髪の先まであふれ出た怨念は実態のないはずの黒髪を作り出し、その禍々しい髪はとぐろを巻くほどになっている。
さらに髪におさまりきらない怨念は箱の中に充満し、少しでも木箱に貼られたお札が剥がれそうになれば飛び出し即座に人を呪い殺せるほどに力を貯めていた。
あと少しすればこの髪の毛が封印の札を押し上げて木箱の蓋が開くかもしれない。
その時は刻々と近づいていた。
もし封印のお札が破れたら、呪いの人形は考えた。最初に自分を見つけた人間を手始めに取り殺すか。
それともうまく誘導して持ち帰らせ、出会う人間たちの中から標的を見つけるか。
どちらにしろ、人間の誰もこない暗い蔵にいても呪いを振りまくことは出来ない。
一人でも多くの人間を地獄のふちに誘い出し引きずり込み、呪いの中に閉じ込めて苦しめなければならない。
ある日、箱が大きく揺れた。呪いの髪がぎゅうぎゅうと箱の蓋を押す。
馬鹿な人間が呪いの人形が入った箱だと知らずに持ち出したのかもしれない。
箱を開けた途端、髪の毛に覆われた呪いの人形を見つけるだろう。
そして悲鳴を上げ、放り出す。
その時こそ飛び出して憑りついてやろう。
今か今かと待っていたが、ある程度の振動が何度か来るものの何重にも張られたお札はなかなか剥がれない。
しかしお札の糊も何十年も経ち劣化している。蓋もがたつき始めている。
呪いの人形は辛抱強く待った。もう何十年も待っているのだ。あと数分ぐらいなんていうこともない。
がたんと振動が止まった。
誰かに持ち上げられるような力を感じ、次の瞬間、箱が宙を舞った。
やった!誰かが箱を投げたのだ。落ちた衝撃で確実に蓋は外れる。
待ちに待った瞬間が訪れるのだ。
箱は固い地面に落ちてついに札は引きはがされ蓋が音を立てて外れた。
呪いの人形は飛び出した。自分を解き放った人間を呪うために。
しかし、髪を振り乱し宙に浮きあがった呪いの人形の目の前に現れたのは人間ではなかった。
そこにあったのは無数の人形やぬいぐるみ。
同じように髪の長い人形もいる。同じように宙に浮き、呪える人間を求めてさまよっている物まである。
そこは恐ろしいほどの呪詛と怨念に満ちていた。
そこが呪いの物を集めた一つの部屋だと気づいた時、轟音が轟き清められた炎が四方から襲い掛かってきた。
周りを見回したが部屋の中には窓一つない。
炎はあっという間に室内を舐め回し、呪いも怨念も全てを飲み込み浄化して燃え盛った。
「おのれえええええええっ!」
呪いの人形は憎しみに血を滴らせて叫んだが、その呪いがその炎の外へ出ることはなかった。
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お炊き上げを取り囲む人々の間をぬって、一人の初老の女性が駆け込んできた。
「これもまだ間に合いますかね?」
僧侶は女性から人形を受け取ると、頷いた。
「大丈夫ですよ。今回はお社を立てての大規模なお炊き上げなのでまだまだ炎は尽きませんよ。こちらで供養しておきます。」
女性は頭を下げて退いた。
僧侶はぶつぶつ人形に向けお経を唱えると印を結んでえいっと人形を炎の中に投げ込んだ。
ごうごうと燃える炎の音とお経を唱える僧侶たちの声は燃える物が尽きるまで続いていた。