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まとも

過去に向かう雨

 雨が降り始めて三年以上が経ったらしい。思い返せる記憶は雨の日ばかりだ。小さい頃は晴れの日もあったはずだけれど、思い出の中も、夢の中も常に雨が降っている。雨じゃない日が思い出せない。

 それというのも、天のバケツに穴が開いたからというのが、偉い学者たちの主張だ。天なんて抽象的な言葉が気象学者から聞ける日がくるとは誰が予想しただろうか。それに加えてバケツに穴が開いたなんて、完全に馬鹿にしているとしか思えない。けれど、それが通説となっている。全く止むこともなく止む気配すらない雨を前に科学は敗北したのかもしれない。

 理由がなんであれ我々、一般人には関係がない。うんうんと頭を捻ってみても雨が降り止ませる手立てなんて無い。

 私はといえば、しとしと降り続ける雨の中、今日も大学に通う。大雨が降ろうが、あるいは小雨が降ろうが日常は続いていく。


 雨のイチョウ並木は、葉が萎れきっていて、とても気だるげだ。世界から元気や覇気といったものが奪われて久しい。グジュグジュになった落ち葉を踏みつけ、鬱々とした並木通りを抜けて講義室に入り席につく。いつもの前から三列目の入り口近くの席だ。

 最前列に座るほど真面目ではないし、後ろの方に陣取る人たちに仲間入りできるほどの陽気さは持ち合わせていない。どっちつかずの妥協席だ。

「田中さんや、この雨はいつまで続くと思うね?」

 友人の山本が隣の席を占拠して、身を乗り出して話しかけてきた。

「いつか雨が上がると良いね」

 私は暑苦しい態度に辟易して、答えになっていない答えをした。

「私は全ての過去が海で埋め尽くされるまでだと予想してるんよ。地球が産まれた時は海に覆われていたというじゃないか。だけれども、今の地球はそうじゃないだろう。時空のねじれが生じてるんだよ。つまりは雨が降り続けて過去の地球が海に覆われるまで降り続けるに違いないよ」

 何やら自信ありげに持論を展開し始めた。彼を友人と呼ぶべきかどうかは議論の余地があるかもしれない。それはともかく私の頭は彼の言葉を拒みがちだ。

「雨が降っているのは現在の話だよ。過去は変わらないよ」

 山本は分かってないなとでも言いたげに、かぶりを振っている。支離滅裂なことを言っておいて、理解できないのをこちらのせいにするのは如何なものかと思う。

 講義を受ける準備をしながら私は続けた。

「それに地球が海に覆われなくなったのは、地殻変動で地面が隆起したり極地の海水が凍ったりと色んな影響でこうなったんだよ。時空はねじれてないよ」

 講義ノートと参考書、筆記用具にICレコーダーを机上に並べて準備は万端だ。

「いやいや時空がねじれてるんよ。田中さんともあろうお方が、事実に目を背けるなんてね」

「事実なんていうけれど、過去が雨に変わっていくなんて事は確かめようが無いじゃない」

 そういう私に山本は「これを見なされ」とポケットから大袈裟にスマートフォンを取り出して、一枚の雨の写真を見せてきた――。



 なんだかぞわぞわしてしまって、講義に集中できなかった。山本の言うことを真に受けた訳では無いけれど、家に帰って確かめたくて仕方がなかった。

 相も変わらず降り続ける雨のなか、早足に帰宅した。急いだせいで裾がびしょびしょだ。だけどそんなことは気にせず自室に飛び込んだ。

 高校の卒業アルバムを押し入れから引っ張りだして開く。どの写真も天気は雨だ。何もおかしい事はない雨は何年も降り続けているのだ。時空はこれっぽっちもねじれていない。

 続けて中学の卒業アルバムを開く、やはりどの写真も雨ばかりだ。悔しいけれど、山本の言っていた通りのようだ。気づいてみればおかしい。何で気づかなかっただろう。


 山本の言葉思い出す。

「これは僕の中学の運動会の写真だよ」

山本が見せたのは、ありふれた雨の写真だ。

「特におかしいところはないようだけれど」

「田中さんや、雨が降り続けはじめて何年だい?」

「三年ぐらいだね」

「これは五年前の写真だよ。それなのに雨の中で運動会をしている。おかしいとは思わんかね?」

 山本はしてやったりと言った顔をしている。だけど、そう簡単に過去が雨に変わっていっているなんて暴論には納得できない。

「言われてみればそうだね。この一枚で過去が雨に変わっていっていると主張しようと?」

「いいやこの一枚だけじゃない、過去の写真も映像も全部変わっていっているよ」

「そうだとしたら、今頃SNSなんかで騒がれてニュースになっててもおかしくないよね」

 世界中の過去が雨に変わるなんて事になったなら今頃世界中で話題になっているはずだ。

「だから時空がねじれてるんよ。過去が変わったことに気付かないのは、記憶も一緒に変わっていっているからなんよ」

「じゃあ何で山本さんは気づけたの?」

「天才だからかね。自分が世界で最初にきづいてしまったのかもしらん。これから世界は盛り上がるかもねぇ」

「なにをバカな」――。



 アルバムをさかのぼっていくと、小学生、五年生の集合写真はカラリと晴れた緑萌える春の景色が写されていた。けれども、その一年後の六年生の写真は大雨で、みんな満面の笑みで脛まで水に浸かっていた。

 どうやら、地球が海になるまで、まだまだ雨は降り続けそうだ。

※同じ作品をエブリスタにも投稿しています。

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