第5話 二回目の評議会(前編)
暗闇の中を魔法の燭台が照らしている。
石柱の並ぶ広間にある円卓に、俺と五人の美少女たちが座っていた。
上座に座る魔王ルベルが扇情的なレザーの衣装には似合わない凛々しい顔で宣言する。
「では、第1077回、私たちでは第2回の世界滅亡評議会を始めたいと思う。今日のお題は――」
俺が元気な声で言葉を遮る。
「さあ、俺のハーレムメンバーになりたい人は誰かな!? 一人ずつ、順番に愛していくよ!」
「言い方がキモイのよ!」
ノクティが拳を振り上げて抗議する。黒いドレスの裾が揺れてすらりとした脚が見えた。
ルベルがジトっとした目で俺を見る。
「貴様……ここが評議会でなかったら確実に殺しているっ」
「ふふっ、口ではそう言いつつも、俺を殺さない。わかってます。心の中ではもう俺のことが好きなんでしょう?」
「違うわ! これでも一応、他の実力者たちに配慮しておるのだっ。私が貴様を殺したいのは私事なんだからな」
「俺がみんなを愛したいのは公事ですけどね」
「貴様の妄想を世間に公表するなっ! ――ったく、少しは黙っててくれないか? 評議会が進まないではないか」
ルベルはぷくっと頬を膨らませた。
俺は身を乗り出しつつ軽い口調で尋ねる。
「評議会の評議って、どういう意味でしたっけ? 会議とは違うんですか?」
「みんなで議題を評価や論議しあって、話し合った結果、評決を取って決定するんだ」
「えー、どうせ世界を滅ぼすんでしょ? だったら順番で~とか、くじ引きで~とか、決めればいいじゃないですか」
「いろいろ問題があるからな。各人の事情があったり、滅ぼす時ではなかったり。まあ、魔王たる私はいつでも魔界を率いて人間界を滅ぼせるが、それだと魔王がいつも手柄を独り占めしてしまうんだ」
「なるほど。人間側も毎回魔王じゃ飽きちゃいますもんね。――ああ、勘違いしないでください。俺はルベルのこと大好きですよ。均整の取れたスタイルの良さ、何度見ても興奮します。とくにもう、惜しげもなくさらした素肌、それにこの下乳! エロすぎます!」
「――紅蓮爆嵐破」
ドッゴォォン!
「ぐはぁ! ノーモーションッッッ!」
ルベルを下から乳を覗き込むぐらい近づいていたので、思いっきり殴られた。
吹き飛ばされて石柱の一つに激突する。
邪神スクラシスが大仰に頷いた。
「今のは、アレクが悪いのじゃ」
「そうだな、少しは大人しく――」
ルベルが言い終わる前に、俺は床に着地して茶髪をさらりとかき上げる。
「あんなにも華奢な腕からこれだけの威力が出てると思うと、ますます高ぶります!」
「少しはダメージ喰らわないかっ! だいたいなんで私の火炎系奥義くらって傷一つついていないんだ!?」
「美少女からの攻撃なんて、俺にとってはただ気持ちいいだけです! 次は誰から攻撃されるかと考えただけで、興奮が止まりません!」
「もう、この変態どうにかしてくれないかっ!」
ノクティが椅子にもたれながら呆れて言う。
「どうにもできないでしょ、ここまで極めてると」
「会議が全然進まないではないか! ちょっと魔王として自信をなくしてしまう」
ルベルの俯いた顔に影が差す。
俺は瞬時に彼女の隣に立って顔を覗き込んだ。
「大丈夫。安心してください、ルベル」
「な、なにがだ?」
「すっっっごく、気持ちよかったです」
興奮で頬を紅潮させつつ俺が言うと、ルベルは紅の髪を両手でかきむしった。
「もう、なんなんだ、君はぁ~! 世界を滅亡させようとしたらこんなのと戦わなくちゃいけないとは、悪夢でしかないわ!」
――いけない。ルベルを少しいじりすぎた。
俺は話を変えるため、円卓を指先でコツコツと叩きつつ軽い口調で言った。
「そもそも、みんなは世界を滅ぼすとどういう利点というか、得があるんです? 魔王は配下の者たちの住む場所を確保して、人間を家畜や奴隷にして、より軍勢を強大にできそう、ってのはなんとなくわかるんですが」
俺は取り乱すルベルから目を反らしてスクラシスを見た。
彼女は銀髪を揺らして頷く。
「そうじゃの。わらわは今の神を崇める者どもを滅ぼすことによって、自分を崇める信者を生み出せるのじゃ」
「なるほど。神としての地位を確かなものにするため。ドミナさんは?」
「わたくしは、今の世界を滅ぼすのが強大な力を得た契約の代償なのよ。滅ぼす方法は決まってないから、別の誰かが滅ぼしてくれてもいいわ」
「なるほど、契約。邪竜姉妹は?」
「人や他の竜に追い出された地上の住処を取り戻せる。邪竜族の悲願よ!」
「でも、あたしが力を振るったら、取り返すはずの住処ごと消え去ってしまうと思うんです……いいんでしょうか?」
おどおどと金髪を揺らして怯えるケイが、儚いぐらいに可愛らしい。
俺はこぶしを握り締めつつ、猛る思いをを口にする。
「エクセレントっ! か弱くて華奢なケイに強大な力があるのは、ほんとうにギャップ萌えで美しい! ケイ自身が恐れるその力ごと、俺はケイを愛してる! 大好きだ!」
「はぅぅ……あ、ありがとうございます。あたし、嬉しいです」
ケイがなだらかな頬を染めてうつむいてしまう。そんな仕草が可愛い。
すると隣にいたノクティが黒い瞳を吊り上げて叫ぶ。
「どさくさに紛れて妹を口説かないで!」
「でもあたし。アレクさんのこと、好きです。アレクさんが良ければ、お嫁さんになりたいです」
「全然おっけー! ケイのこと幸せにするよ! さあ、優しく愛を確かめ合おう。――ん? 暴力が飛んでこないぞ? ノクティは俺がケイと結婚してもいいのか?」
俺はノクティを見た。
彼女は顔を真っ赤に染めつつ戸惑いに揺れていた。裾の短い黒いドレスが乱れている。
「べ、別にあんたなんか好きじゃないし! ――でも、き、嫌いでもないんだからねっ。……だから、妹を幸せにしてあげなさいよっ」
「手本のようなツンデレ! でも大丈夫だ、ノクティ」
「なによ?」
「ノクティの気持ちもわかってるさ」
「はあ?」
俺はイスから素早く立ち上がると、姉妹に近づいて強引に両腕で抱き寄せた。二人の耳元でささやく。
「姉妹同時にベッドの上で愛してあげるよ」
「ケンカ売ってんの!?」
「あ、あたしも。お嫁さんになったら、あたしだけを見てほしいですっ!」
二人は腕の中で暴れたが、ぎゅっと力を込めてますます抱き締める。
「大丈夫! 二人同時に口説いてみせるから」
「妹だけを幸せにして、って言ってるでしょ! ――【破局大災竜撃破】」
ノクティの拳がアッパー気味に俺の顎を襲う!
ドガァッ!
「はびばっ!」
吹っ飛ばされて床を転がった。
「ったく、節操がなさすぎよ。一人でアタシたちと付きあおうなんて欲張りすぎ」
ノクティは呆れて髪をかき上げた。黒いツインテールが後ろになびく。
すかさず俺は立ち上がった。
「だからだよ」
「うわ、もう起きた。――なにが?」
俺はノクティの細い肩を抱きつつ顔を覗き込む。
「本当に、俺が妹とだけ結婚して、ノクティは幸せになれるのか?」
「そ、それは……」
ノクティは頬を染めて視線を逸らす。黒いドレスが弱々しく揺れる。
俺はケイへ顔を向けた。たれ目がちの青い瞳と目が合う。彼女は胸の前で手を合わせて戸惑っていた。
「ケイもそうだ。お姉ちゃんのこと好きだろう?」
「はい……当然です」
「妹のことを想って、俺と付き合えないお姉ちゃんは、本当に幸せと言えるかい?」
「あっ、それは……あたしが自分勝手だったかもしれません……でも、アレクさんのことが好きで。独り占めしたいぐらい好きで……」
ケイは可愛い顔を泣きそうにゆがめる。
ノクティが黒い瞳を吊り上げて、俺を睨んだ。
「男女つがいになるのが普通でしょっ。ハーレムってのがおかしいのよ!」
「それでも俺は姉妹を同時に、そして邪神も魔女も魔王も同時に、幸せにしてあげたいんだ!」
「あんただけがアタシたちを幸せにできると思わないで! ほかにもいっぱい、いるんだからっ!」
ノクティは腕を振りほどこうと暴れた。黒髪ツインテールが鞭のように跳ねる。
けれども俺はコミカルなほどにとぼけた表情で、腕の中の彼女を見下ろして尋ねた。
「例えば、誰? 俺より強くて、俺より愛して、お前に怯えない男なんて、ドラゴンの中でもいないんじゃないのか?」
「う……っ。うるさいっ! だからってハーレムはダメでしょ!」
「ダメじゃない! 俺ならできるさ! みんなまとめて愛してやる!」
俺は強引にノクティとケイを両腕で抱き締めた。
二人は顔を真っ赤にしつつ、されるがままになる。
「アレクさん……」
「もう……なんなのよ、こいつ……」
ノクティだけは弱々しい力で俺の胸を叩いたが、可愛さが増しただけだった。
――ハーレムエンド、間近!
と、俺に寄り添う姉妹の柔らかな体温を感じつつ内心で思った。
だが、議長であるルベルの冷酷な声が響いた。