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第4話 ケイの欲しかった言葉とルベルのいらだち

 月の裏にある邪竜族の村。

 アレクは小屋に飛び込んで姉妹を救おうとしていた。


 ナイフを振りかざして二人の男が襲い掛かって来る。

 アレクはとっさには動けない様子。



 ――だが。

 次の瞬間、白い閃光と共に、アレクはケイのベッドの傍に立っていた。

 剣を鞘にしまいつつ、優しい笑みを浮かべて横たわるケイの頭を撫でる。金髪が豊かに波打つ。


「遅くなってすまなかった」

「あっ……触ってはダメです……」


「早い!」「いつの間に!」「囲むぞ!」

 男たちが声を荒らげた。


 が、アレクはケイを見ながら何気ない調子で言う。

「いや、もう終わったんだが? よくしゃべる死体だな」


「え?」「は?」「なんだ――ぐわぁ!」

 三人の男から一斉に血が噴き出した。床や天井を赤く染めて、持っていたナイフが床に転がる。



 床に倒れて絶命した男たちを見て、部屋の壁際にいたノクティが声を震わせる。

「なんて速さ、それに一撃の鋭さ! アタシの眼にも残像しか見えなかった! いったい、この男は……」


 ノクティの声にこたえるかのようにアレクが微笑む。

「俺は、アレク。五聖勇者アレクだ」

「アレク……人間? あっ、妹に触ってはいけないわ!」



 しかしアレクはケイの頭を優しく撫でつつ呪文を唱える。

「【超越全回復エクストラヒール】――さあ、もういいよ。もう大丈夫だ。さあ……」


 アレクがケイの手を取って立たせようとする。

 彼女は戸惑って華奢な体をひねった。白い寝巻が乱れるとともに大きな胸が揺れた。


「えっ、あっ、無理です。あたしは――あれっ!?」

 ケイが長い金髪を揺らしてベッドの傍に二本足で立つ。



 アレクが華奢な腰に手を回して支えつつ、腕の中の彼女を見下ろす。

「ほら、大丈夫だっただろ?」

「どうして……」


「ああ。今の魔法は、創世神が天地創造の時に使ってたやつだ。見つけるのに苦労したよ」

「アレクさん……じゃあもう、あたしに触ってもみんなは大丈夫なんですか?」


「うん。力を使わなければ暴走はしないよ」

 アレクは優しく抱きしめる。


 ケイは震えながら青い目を丸くすると、彼の胸に顔をうずめて身をゆだねた。心ここにあらずと言った感じで呟く。

「信じられないです……こんなことがあるなんて……」

「辛い日々はもう終わりだ。今日からケイは自由だ。幸せに暮らしていいんだよ」



 しかしケイは弱々しく首を振った。青い瞳に悲し気な光を宿して、床に倒れた男たちを見る。

「ダメです。あたしが生きている限り、みんなを不幸にしてしまうんです」


「すまないな。同胞を殺してしまって。でもこいつらだけはどうしようもなかったんだ。ケイの力を利用することしか考えてなくて」

「でも……」

 ケイが金髪を揺らして怯えるように体をすくめる。



 すると、部屋の端で横たわるノクティが叫んだ。

「ケイは悪くないの! アタシのためにも生きて!」


「おっと、まだ麻痺中か――麻痺除去パラリカ

 アレクがノクティを指さして呪文を唱えた。


 するとノクティが青白い光に包まれるとともに、体を動かした。

 黒いツインテールを揺らして立ち上がる。

「ありがとう。なんでもできるのね」


「まあね。そのために生きているから」

「ふぅん。でも、妹を助けてくれて感謝するわ……ケイもよかったわね」

 ノクティは元気な笑みを浮かべた。



 しかしケイは悲しげな顔を変えない。

「アレクさん、ごめんなさい」

「ん? どうしたの?」


「あたしは自信がないです。今まで生きてるだけで、多くの人々を不幸にしてきました。これからも自由に生きたら、どんな災いを起こしてしまうかわかりません」


 アレクは慰めるようにケイの華奢な背中をポンポンと叩いて抱きしめる。

「大丈夫。その時は俺がいるから」

「ふぇぇ……アレクさんがいたとしても、あたし……」


「俺は不幸な目に合ってる人を全員助けるために努力したんだ。勇者、英雄、聖騎士、賢者、救世主。すべてをマスターした。だから絶対、俺が助ける」



 ケイはアレクの胸の辺りをぎゅっとつかむと、目に涙を浮かべた。

「でも、怖いです……」

「そりゃそうさ。誰だって生きるのは怖いんだ」


「でも、でも……」

「幸せになってみようよ。それに……」

「それに?」


「ケイが生きていてくれると、俺が幸せになれる」

 アレクが腕の中を見下ろして最高の笑顔を作った。



 見上げていたケイの青い瞳が涙で潤む。

「嬉しいです。その言葉だけで……でも、あたしよりも、あたしが不幸にしてしまった人を助けてあげてください」


「それは違う」

「え?」

「ケイも幸せになっていいんだ。俺が幸せにするから」


「あ、アレクさん……」

 ケイは潤んだ瞳でアレクを見つめる。アレクは微笑みで返事する。



 ノクティは息をのんで二人のやり取りを見つめるしかなかった。

 そして、アレクはもう一度ケイを両腕で強く抱きしめる。

 腕の中でケイは「あっ……」と切ない声を上げた。


 そしてアレクは耳元でささやく。

 ――呪われた存在だと思いこんでいたケイが、一番欲しい言葉を。

 父にも母にも言ってもらえなかった、心から望む言葉を。


 すべての呪縛から解き放つ祝福。

 それは――。


「ケイ。……この世界に生まれてきてくれて、本当にありがとう」



 はっとケイは涙を散らして青い瞳を見開いた。

 言葉が胸に染み込むにつれて、彼女の瞳にますます涙が溜まっていく。

「……アレクさんっ――ああっ!」


 ケイはアレクに抱きついて張り裂けるように叫んだ。

 華奢な体を震わせて、思いっきり号泣する。青い瞳からぼろぼろと涙がこぼれて、白いネグリジェを濡らした。


 アレクは微笑みつつ、愛おしそうにケイの金髪や背中を撫でた。


 ノクティが近寄ってきたものの、声はかけられない。ただ泣きじゃくる妹を見て優しく目を細めるだけだった。

 そして子供のように泣くケイに、ノクティは寄り添って肩を抱く。慰めるように、慈しむように微笑んで。



 しばらくして小さな部屋に響いた泣き声が収まってきて、ケイの体の震えも止まった。

 ノクティが優しい声で尋ねる。

「そんなに泣いて疲れてない? ケイ」


「うん、すごく気分がいいです。体が軽くなった感じ」

「ケイ、動けるようになったのね」

「全部、アレクさんのおかげ……触っても死なない人……あったかい」

 ケイはアレクの胸に顔をこすりつけるように埋めた。



 その様子を見ながらノクティが黒いツインテールを揺らして首をかしげる。

「アレク、一つ聞かせてもらっていいかしら?」

「なんだ?」

「あなた、いったい何が望みなの?」


「美少女ハーレムで世界を平和にする」

「は? 意味がわかんないわ」



 アレクはノクティとケイの手を取って握った。柔らかな手のひらを通して柔らかな体温が混じりあう。

「ケイのように大人に騙されて苦しんでる子供がいる。利用されて絶望している子供もいる。不幸な子たちを助ける手伝いをして欲しいんだ」


「……それで妹が欲しいって言うの?」

「ケイだけじゃない。ノクティもだ」

「なんでよ!?」


 アレクは口の端を上げて、ふっと笑った。

「言っただろ。世界最高の美少女ハーレムを作るって」


 その後、世界滅亡の急進派だった副族長一派がなくなったため、邪竜族は穏便な意見でまとまりを見せた。


       ◇  ◇  ◇


 元の薄暗い廊下。

 美少女五人が立ち止まって、ノクティの話を聞いていた。


 すべての話が終わると、ルベルが紅の髪を揺らしつつ顔を俯かせる。

「そんなことがあったのか……」


 ケイが大きな胸の前で手を合わせつつ、金髪を揺らして頷いた。

「はい、助けてくれた上に外を歩けるように治療してくれて、アレクさんは本当にあたしの命の恩人です」



「正直、助けられなかった妹を助けてくれたから、アタシもあいつのこと嫌いじゃないわ」

「あたしも好きです。ううん、大好きです」

 姉妹が笑顔で語り合う中、ルベルの握った拳が震えていた。

「なんなの、それ……」

「ルベル?」


「私には、なにもしてくれなかった……あいつは、あいつは! 私の父上を奪った! 絶対に許せないんだ!」

 ルベルは踵を返すとマントを翻し、紅の髪を乱して出口へと走り去った。

 後には困った顔をしてお互いを見合う美少女たちが残された。


       ◇  ◇  ◇


 赤い空の下、荒野が広がる魔界。

 ルベルは紅の髪を揺らして真っ黒なゲートから飛び出した。

 そして大きな城――魔王城へと入っていく。門番が敬礼をするが返事すらしない。


 赤く染まる城の中、ルベルが肩を怒らせて大股で歩いていると、禿げあがった三つ目の男が手もみをしながら近づいてきた。ずんぐりした体型が不格好だ。

 魔王軍幹部のヌエルパドスだった。

「おかえりなさいませ、魔王様。どうでしたか今日の評議会は? さっそく決まりましたか?」


「うるさい、話しかけるな! 問題の起きた場所を教えたら、さっさといなくなれ!」 

「ああ、はい。揉めているのは、西地区でございます、魔王様」

「行ってくる!」

 ルベルはマントを翻すと、眉間に深いしわを寄せたまま歩き去った。


 その背中を眺めつつ、ヌエルバドスは狡猾な笑みを浮かべる。

「やれやれ、魔界を率いる魔王の自覚があるんだかないんだか……困ったものですねぇ」


 くっくっくっ、と笑う彼の声は、誰もいない魔王城に不気味に響いた。


ここまでで一章です。明日は二章を分割して投稿します。

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