どんなに発展して魅力的な眩しい街にも、一歩踏み入れれば影になる部分がある。
人々の声が微かに聞こえるそんな場所で、僕はチェックをしていたんだ。この街を壊すウイルスが入って来ないかどうかを。
大抵毎日何かしら来るんだなコレが。
その日もラストオーダーギリギリになった、その時だった。
「おいおい…なんだあれ?どこのプロトタイプだ…?あんな伝達シグナルのアバター初めて見るぞ?」
煩くノイズのかかった声が、僕の頭に響く。
「分からない物は余計に、そっこーで止めないと…まずいですね」
ふぅ…と吐いた息は白く、静かで暗い都会の夜に消えた。
「その様子だと、シグナル解析は無理ですよね?直接やるとなると、僕が行った方がいいですよね?」
うーんっと言う声が聞こえる。
「今んところそれがベスト」
僕は、右腕のバッテリー表示を確認する。「36%」
まあギリギリ平気だ。敵であるトロイまでは、まだ1.6km……まて!?距離が離れて…?
体が熱い!?
同時に戦慄した声が聞こえてくる。
「マズい…!こっちが解析にかけられてる!性能高えぞコイツ!!」
強くしっかりと踏み出す。
モード:インビジブル コード:ゴーストステップ
僕は、夜を舞う。
次々に目に映るビルを駆けて。
ヘッドホンから流れるゴーストステップを聴きながら身体情報を加速させて行く。
あと…150m…!
空を蹴り、ヘッドホンのダイヤルを回す。
モード:ライトニング
青い夜に現れる僕。そこに一線の青い光
「おらぁああああああ」
標的に向かって、右手から伸びる短刀を振り下ろした。
刹那、オレンジの閃光が飛沫。甲高い電子音が素早く手に伝わった。
弾かれたッ…!
「待てッ」
トロイは、勢いに逆らわず宙を舞い、夜空の星に溶け込むように消えてわからなくなった。
着地した廃ビルの屋根からは、堂々と光る夜の街と僕が残った。
おいおいマジかよ…
あーあ、やっぱ充電食うなあ、このコード…
「おい大丈夫か?今の壊ったか…なんか消えた様にも見えたけど…なんだよアレ?」
「まあ大丈夫でしょう。撤退させるってのでも十分な防衛です」
本日の勤務は終了かなあ…
「5%」右腕に赤く表示される。
あーあ、嫌になっちまうなあ。
僕は口を開く。
「今日も、やっぱりギリギリで来ましたね」
「最近多いよなラス前のトロイさん。とりま報告書だけ送っといてくれれば上がりで良いよ」
ノイズ音に、返事と挨拶をして、ログアウトする。
「ペイルアウト」
聞き慣れた音声、浮遊感。
意識はだんだんとより、故郷の様な懐かしい所に帰って行く。
換気扇の音に混ざる電波ノイズの音、ヤニの匂いに混ざる香水の香り。
目を開けなくても分かる青の光に照らされている自分。
「お疲れ。キイ君」
落ち着いた、しっかりと通る声。
ゆっくりと目を開けると、そこにはコレまたいつもの風景にいつもの愛らしくどこか憎たらしい栗色の目をした先輩が座っていた。
その日は、月が綺麗な日だった。