9.軋轢
編集者はいつも忙しく走り回っているのだろうか。
春江は、そんなことを思いながら、今日もパソコンと向き合っていた。開かれたWordファイルの中には、甘酸っぱくてほろ苦い青春物語の途中で、カーソル(正しくはキャレットというらしいが)の点滅が次の文字を今か今かと待ち続けている。
「えーっと、『祐子は走る。ただ、がむしゃらに。昨日言えなかった一言を伝えるために。だが』…」
入力する手が止まる。来訪者を伝えるチャイムが鳴っていた。
「今日誰か来るって言ってたかしら?」
「こんにちは、谷川です」
インターホンの画面を見ると、担当の谷川さんが見える。
「前作の受けがよく、ファンレターがたくさん届いていたので、見ていただきたいと思いまして…ここのと ころお忙しいようだったので、ちょっと気も休まるかなっと思って」
どうやら、私がお世話になっている英名出版は作家の調子を見計らって、ファンレターを届けに来るらしい。
「お気遣い痛み入ります。今お茶を用意しますね」
「お気遣いなく。置いたら帰りますから」
「いや、谷川さんと作った作品ですから」
帰ろうとしていた谷川さんだったが、そういうと腰を落ち着けた。
「ええ、こんなにあるんですか?」
驚くと、
「いえ、もっとありましたけど、全員分持ってくることはできなかったので…」
ということらしい。それでも谷川さんが持ってきてくれたこと、それと、持ってこれないほどたくさんの人からの手紙、ありがたい限りである。
一枚一枚、私の本を読んだ感想や、次回作を期待する声が続く。だんだん目頭が熱くなる。そんな時、一枚の手紙が目に入った。
その手紙には一言、こう書いてあった。
『調子に乗るな!死ね!』
この時の感情は、金づちで頭を強打されたようなものだった。皆、同じような表現をしているが、確かにそうとしか書けない気がした。
「あ、見ないで!」
谷川さんがその手紙を取り、隠した。
「中には攻撃的な人もいますし、読みもしないのに中身を批判する人もいます。あまり気にしないでください」
谷川さんはそういったが、この手紙の文字は、なかなか頭から離れなかった。
それからは、ファンレターを見るのが怖くなった。勇気を出して見てみると、大半はやはり応援のコメントだった。
しかし、心ない言葉を、罵声を、浴びせてくる人は少なからずいた。
逆にすべての手紙が応援コメントだったときは、担当に当たった。意図的に振り分けて、私を無理やり元気づけて新作を書かせようとしている敵に見えた。どこにも味方はいなかった。




