7.仕事
遅くなってしまい申し訳ありません。操作ミスで完成稿消してしまって…
ではどうぞ。
「いやあ、こんなところで橋先生に会えるとは思いませんでしたよ」
向かいに座っているのは谷川さん。昔の担当編集者だ。
「その節はお世話になりました」
「いやいや、こちらこそ申し訳ない。お力になれず…」
橋とは私のペンネームだ。橋はるえ、当時私はそんな名前で小説を書いていた。
「スランプに入った時にサポートできればよかったのですが…」
「過ぎたことは関係ないですし、あれは私の問題だったので谷川さんに非はありませんよ」
谷川さんはガバっと顔を上げ、私を見つめる
「でもまさか速水に来てるなんて。何かここに気になるものでも?」
「いえ、実家がこっちで、地元に帰ろうかなって。引っ越してきたんです」
彼女は仰々しく嘆息し、
「何か探しながら歩いてるようでしたけど、小説、書けるようになったんですか?」
と聞いてきた。単刀直入に聞けるというのはすごいもんだ。
「いえ、それはまだ。じっくりリハビリといいますか」
「あっ、それはとんだご無礼を」
「いえ」
彼女はしみじみと窓の外を眺める。
「初めて橋先生が本を出してから、もう10年以上たってるんですね…時がたつのは早いなぁ」
そのことばを聴き、私は昔を思い出していた。
「橋先生、いい出来でしたよ。面白かったです」
「ありがとうございます。ところで、これはいつ頃出版されるのでしょうか」
これは私がプロとして初めて書いた小説なので、出版予定日やらなんやらが、当初聞かされていた8月からどの程度変わるのかが分からなかった。
「そうですね…このままいけば予定通り8月出版になりますね」
「そうなんですね…あんまり変わらないのか」
「作家さんによっては締め切りギリギリだったり大幅にオーバーして予定から遅れることもたまにありますけど…編集部がカンヅメで頑張ることで何とか回避してます」
谷川さんの顔が青ざめた。
「そ、それはお疲れ様です」
「まあうちの作家さんたちは結構締め切り守ってる人多いほうだと聞きますが。前歴聞くとサラリーマンだったりする人が多くて時間に厳しい人が多いみたいです」
遅れそうなら早めに言ってくれますし、と付け加えて谷川さんは、
「そうそう、次の打ち合わせですが」
と話を切り替える。手にはスケジュール帳とボールペン。
「ええっと、いつでもいいですよ。構想はできてきてるので」
「では早速今からでも?」
ズイ、と顔を寄せて、覗き込むように聞いてくる。私はこの人のことが少し苦手だ。
「え、ええ。お茶入れてきます」
そそくさと台所へ。パックを急須に入れ、湯を注ぐ。
「どうぞ」
「ありがとうございます。で、早速ですが」
「ええ、次はラブストーリーで行こうかと」
早川さんの眼が光る。
「詳しく」
「そうですね。舞台は東京のある高校で・・・」
気が付くと西日がまぶしい。時計を見ると、4時間も話し込んでしまっていた。
「そこまでできているならもうすぐですね!いつ頃書きあがりそうですか?」
「あと2週間いただければ、いいものができそうに思います」
「わかりました、では2週間後の…6月8日で!」
「はい、よろしくお願いします」
最近の私は絶好調で、書きたいものが次々浮かんできて、逆に困ってしまうくらいであった。
「あ、忘れるところでした。合間に描いてた短編なんですが…」
早川さんはそれを受け取り、パラパラとめくる。と、沈黙してしまった。
「・・・早川さん?」
「これ、うちの短編賞に応募しませんか?いやあ、忘れる前に言おうと思っていたら、それより先にいいものを出してくれました!」
早川さんは私の両手を握り、ブンブン振る。痛い。
「あ、えっと、短編賞というのは?」
「近々こんなものがありまして」
とチラシを取り出す。1000文字前後、内容は問わず、参加資格は特になし。プロもアマも一緒に登校するようだ。
「大賞作品は来年の3月に単行本として出版されるんです」
副賞は100万円らしい。
「この内容ならかなりいいところまで行きそうです!お預かりしたいところですが…」
まあ、賞のはなしなら主催の出版社の編集者が編集部に持っていくのではいろいろまずいだろう。
「わかりました。表紙と名前ですね」
ということでさっさと必要事項を書いて封筒に入れ、切手を貼る。
「後でポストに投函します」
「お願いします」
この時私は私の実力が分かるいい機会になるのではないか、と期待していた。
大賞は無理だろうし、どこまで評価されるかはわからないけれど、いいところまで行ってほしい、そう思った。




