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1.初心

19XX年、世界は核の…やめよう。

石橋春江は筆を進めようとして、また止めた。もう何度書き始めようとしてやめたか分からない。どうあがいても、有名な作品に引っ張られて、自分らしい作品が書けない。


「もう、書けないかな」

呟いて部屋の隅にある本の山を見る。家には大きな本棚がずらりと並んでいたが、数年前に本棚に収まりきらなくなって、その後は片隅に積んでいくだけだった。今ではさしずめモンブランかキリマンジャロか。いや、マッキンリー?


10年前、彼女が初めて書いた「思い出との仲直り」がヒットし、数年間はアイディアが湧き出て止まらず、出せば出すだけ売れた。ファンレターもたくさん届いたし、いやらしい話になるがお金もたくさん入ってきた。忙しさにかまけて著作の推敲も徐々におろそかになった。編集者との会話も徐々に億劫になった。ファンレターも徐々に減り、否定的な意見ばかりが聞こえるようになった。そしてそのころから、私の無尽蔵にも見えるほど湧き続けていたアイディアが、まるでこれまでが夢だったかのようにぴたりと出なくなった。


書けない作家を抱き続けている余裕はないと、懇意にしてくれていた出版社は早々に引き上げた。ほかのところに投稿しようにも、書けないものは出せない。



昔の自分の作品を読み返してみて、現状の打破を図っても、どうしてもそれをなぞった作品しか書けない。過去に囚われてらしさを出せない。こんなことばかり考えていても気が滅入るばかりで進めないので、外に散歩に出かけてみる。美しい自然、動物たち。親切なご近所さん。この様子を表現したいと思っても、うまく表せずにいる。家にこもっても自己嫌悪、外に出ても変わらない。昔に戻れたとしても、あの頃ほどのものは書けないだろう。


このままではいけないと思っても、自分で考えていてはいつまでたっても突破口は開けないだろう、初心に帰って、いや故郷に帰って、日記でもつけながらゆっくりしようかしら。また書けるようになったら戻ってくればいいし。


物件を探して契約し、引っ越しの準備をする。家具自体は高価なものでもなければ、大きすぎたり多すぎたりはしないので、荷物の運搬の手間はそこまでではない。向こうに越してもすぐにいつものように過ごせるだろう。本棚は年季が入っていい色をしており、それが実に惜しかったが、1つを除いてリサイクルショップに売った。そこそこいい値段で買い取ってもらえた。


引っ越しの手続きをして、荷物をまとめる。あまりに多かった本は、取捨選択して取っておくものと売るものに分けた。買い取り額は二束三文であったが、引き取ってくれるだけまし、といったところだ。自分の本は全て売った。年末だったのでチャリティーオークションが行われていて、落ち目といえども人にそこそこ知られている私の作品は、それなりに値打ちがあると認められて、一応サインもつけて出したら結構な値段で落札されていた。費用がどこに寄付されるのか、詳しいことはわからないが、役立てるならよかったと一安心する。


タクシーを呼んで待つ間、7年間暮らした我が家を見回してみる。入居当時は塗装しなおしたばかりだったので光り輝いていたが、しばらくたっているので眩かった壁もくすんでしまっていた。タクシーに乗る前に一礼をしてからシートに座る。


7年、お世話になりました。


行き先を告げてタクシーは走り出す。運転手は気さくなひとで、話が面白かった。今後役に立つかと思ってメモをしておいた。起承転結がしっかりしている話は分かりやすい。



たどり着いた故郷は、変化が目立ちながらも面影を残していて、涙が出そうになった。街並みが妙に優しく見えた。まるで、私を受け入れてくれているような…

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