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短編の杜

かみだのみ

作者: 杜乃日熊

 私は無宗教だ。家族が何も信仰してなかったから、私もそうなっただけ。だが、別段特筆するようなことではないだろう。今風に言えば、プロ野球において推しのチームが無いのと同じことだ。

 私には祈るべき神様がいない。心の拠り所とする存在がいない。だからどんな困難に出くわそうとも、自分の力で乗り越えていかないといけない。必ず乗り越えてみせるんだ。そう思っていた。けど……。


 “神様ァ! どうか、どうかお助けください!!”


 この時点を以って、私は信者と化した。どこの誰とも知らない神様に、土下座して。

 百均の安っぽい木の板で作った即席の神棚を前に、恥もプライドもゴミ箱へダストシュートを決めて、全力でお願い事をしている女がいる。悲しいことに、それは私のことだった。

 彼氏ができないこと、はや二十ウン年。小学校の同級生の中には、もう結婚をして子供まで授かったコもいる。どこで差がついたというのか。多分プロ野球に興味が無かったのが悪かったんだ。そうだ、そうに違いない。というかそうであってくれ。

 合コンとか婚活パーティーへ行っても、何故か周りの女の子ばかりが男をゲットしていく。どうして私には縁が無いのか。カープ女子がやたら目立っていたのは気のせいだろうか。

 そんなこんなで、打開策が思いつかないまま、半ば自暴自棄に陥った結果として、神頼みに落ち着いた。そして、未だに私は土下座をしたままだった。


 “このまま同年代の女の子に先を越されて、彼氏もロクにできないまま、行けず後家になってしまうのは嫌なんです! だからどうか、どうか私に高学歴、高身長、高収入の三K揃ったイケメンをお恵みください!!”


 必死。今の私の姿を的確に表せる二字熟語。だが、そこまで飢えた女を相手にしてくれるイケメンは果たしているものか。というか、三Kとかいつの時代の話なのか。などとセルフツッコミをしていると、


『そなたの願い、叶えてしんぜよう────』


 頭の中に直接語りかけられる、謎に陽気な声。老人のような声でありながら、どこか幼稚な印象を受ける、そんなちぐはぐな声。

 幻聴かと疑った矢先、神棚がいきなり光り出す。目が眩んだのはほんの少しだけ。光が消えて、目を開いた先にあったのは、相変わらず安っぽい神棚と、


「ほっほっほっほっ」


 宙を浮いているちんまいてるてる坊主みたいなナニカだった。白いヒゲで口元を覆い、頭上に輪っかがある。蛍光灯みたいなちょっとくすんだ白色の輪っかだ。おまけに体の質感がのっぺりとしていて、なんだかみすぼらしい。


「なにこれ、幻覚かなにか?」

「ワシは神様じゃ。ほっほっほっ」


 かみさま。菅原道真とかベーブルースとかそんな感じのアレか。


「そっかー、神様かぁ。いよいよ私も末期に到達してたんだなぁ。なんかよく分かんないてるてる坊主が見えちゃってるし」

「こらこら、神様に対して失礼じゃぞ。しかしまぁ、現代人からすれば目の前に神が降臨するなどという現象はにわかに信じられんじゃろうな、ほっほっほっ」

「その偉ぶったジジイみたいな笑い方ヤメろ」


 信じたくはないが、このヘンテコな生物(?)は私が作った神棚によって召喚された神様、らしい。それも、人間の恋愛を助けてくれる縁結びの神的存在。何の因果かは分からないが、奇跡的にチャンネルが適合したようで、私の願いがこのてるてる坊主もどきの元に届いて、幸運なことにそれを叶えてくれることになったそうだ。それを受け入れるまでに半時間ほどかかった。


「でもまぁ、願い事を叶えてくれるっていうんだったら、こんなんでもいいか。ここまできたらヤケクソよ」

「オナゴがクソとか下品な言葉を使っては駄目じゃぞ。もっと純情可憐に振る舞わなければ」

「お願い事を聞いてくださるのであれば、この状況も致し方ないですわ。ここまでおいでなすったらおヤケになる他ありませんわ」

「キャラブレてね?」


 ということで作戦が決まった。そんな描写は一切無かったが気にしてはいけない。

 内容は至って簡単なものだ。通りすがりの人々の中から、私がイイと思った男の人に向けて、神様が愛の矢を放つ。その矢で射抜かれた人はたちまち私のことを好きになる。そして晴れてカップル誕生! という流れ。これぞキューピッド作戦。もっと考えないといけないのかもしれないが、何事もシンプルイズザベスト。いざ、参らん。

 木陰で休憩するフリをして、通りすがる男たちを物色、いやウォッチングする。チャラい男は論外、だけど露骨な肉食系はちょっと遠慮したくなる。狙うなら、甘い香りがしそうな爽やかオーラ全開のイケメン男子がいい……!

 と思ったら、右手奥の方からサラリーマン風の若い男性に目を引かれた。紺色のスーツがシックに決まっていて、顔立ちが凛々しい。整髪料で固めた短髪が清潔にまとまっている。いかにも仕事できそうな感じ。これはこれで悪くないので、神様にお願いする。


「神様、あの人を射抜いて。私の直感があの人だって告げてるの」

「合点承知の助。神様にお任せっ」


 神様は弓を構えて、後部にハートの飾りが付いた矢でサラリーマンに狙いを定める。その眼はまさに狩人。構えた姿に貫禄が滲み出てる。これが恋の仲介役とはとても思えない(褒め言葉)。

 一瞬。空気を裂く音が聞こえた。放たれた矢はサラリーマンの体へ──


 ──当たらず、ボールを追って彼の手前を飛び出してきた少年の頭に刺さった。

 とはいえ、愛の矢は物理的には実在しない、いわゆる魔法の矢だったので外傷はない。せいぜい私の虜になるだけ。


「って、ミスってるじゃない! 男の子に当ててどうしろって言うのよ!」

「ま、まぁ落ち着いて。一応生物学的にはオスなんじゃし、十年ぐらい待てばきっといい男に……」

「その頃には私は三十路に突入してるわ! そこまで待ってられるか!」


 そうこうしているうちに、件の男の子がこちらへ向かって走り出した。見た目は十歳前後といった具合か。そんな相手とこれからラブコメ展開に突入しろだなんて、どんな話なのよ……。



 結論から言えば、小学生男児とのラブコメルートは回避することができた。相手はまだ本当の「好き」という気持ちを知らない子どもだったのが幸いだった。寄ってきた男の子に対して「アイスでも食べる?」と切り出したところ、満面の笑みで承諾してくれた。その笑顔がまた天使のような愛らしさで──それはさておき。近くのコンビニで税込で百円にも満たない当たり付きの某アイスキャンデーソーダ味を買ってあげた。それから公園のベンチで並んで座って、軽くおしゃべりをして解散となった。

 男の子からすれば、私はアイスを気前良く奢ってくれた親切なお姉さんに見えたことだろう。知らない人に付いて行っちゃ駄目だとは思うけど、別に悪いことはしてないからどうか許してほしい。誰に懇願してるのかは分からないが。

 男の子が帰った公園のベンチで、二十ウン歳の女と、てるてる坊主の妖精みたいな神様が意味もなく黄昏る。


「はぁ……なんで一本しか持ってない大事な矢を、ああも無駄にしちゃうかなぁ」

「すまんかった。もっと周囲に気を配るべきじゃった。次から気をつける」

「次っていつの話よ」


 さらに深く嘆息する。空が少し黒みを帯びている。そろそろ夕飯時を回る頃か。

 冷静になって考えてみると、これまでの自分の所業がとても恥ずかしい。猪突猛進で荒唐無稽。大して信仰心なんて無いくせに神頼みまでする、本当図々しい女。今日一日でその報いを受けたのかもしれない。


「さて、そろそろ帰りますか。こんな所でショゲても仕方がないし」

「……そうじゃな。お腹も空く一方じゃしな」


 空元気を振り絞って、何でもない体を装う。神様にはバレバレかもしれないけど、それはそれ。この見栄は自分に言い聞かせるためのものだから。

 辺りの人たちも帰り支度を始めている。砂場で遊んでいた幼児たちも、ブランコを漕いでいた少年二人組も、ベンチで談笑していたオバさんたちも。公園で各々の時間を過ごしていた人は皆それぞれの帰路に着く。

 今日の夕飯は手っ取り早く野菜の炒め物にしようか、などと考えていた。


「あっ、アイスのお姉さんだ!」


 元気の良い男の子の声が公園に響き渡る。すると、公園の入り口の方からこちらへ近づく影が二つ。その内の一つは見覚えがあった。天使、じゃなかった。アイスの少年くんだ。


「良かったぁ。もういないかもしれないって思ったから焦って来たんだ」

「私を探してたの? どうして?」

「すみません。それは僕が言い出したことでして」


 私の問いに答えたのは、少年くんに付き添っていた青年だった。よく見ると結構なイケメンだ。白いリネンシャツにブルーのジーンズというカジュアルな服装がとても似合ってる。自然な風に仕上げたショートヘアに好印象を受ける。そしてなんといっても、人当たりの良さそうな笑顔。私が求めていた爽やかさが全て彼の中に詰め込まれていた。


啓介(けいすけ)……コイツは僕の弟なんですが、家に帰ってから見ず知らずのお姉さんにアイスを奢ってもらったっていう話を聞かされたんです。そこで、そんな一方的にお世話になったままでいるわけにはいかないと思いまして。啓介と一緒にひとことお礼を言いに来た次第です」


 彼の声を聞いてると不思議なことにすごく心地良くなる。初めて会った相手だというのに、落ち着いて話を聞くことができる。


「弟がお世話になりまして、本当にありがとうございました。何かお礼を……と言っても、実はまだ何も考えてないんですよね」


 ははっ、とはにかむ彼の笑顔を見た途端、電流が疾ったかのような衝撃に襲われた。


「あ、あのっ!」

「はい、なんでしょう?」


 思わず上擦った私の声に対して、彼は柔らかく応対してくれる。


「こ、ここで会ったのも何かのご縁ということで……もし良かったら! 私と連絡先を交換してもらえませんか……?」


 何を口走ってるんだ自分は、と後悔しても後の祭り。唐突な申し出に、青年は「そうですね」と思案する素振りを見せた後に、


「いいですよ。これでお礼になるかは分かりませんが、お教えします。なんでしたら今度の休みにでもお姉さんにご馳走してもいいですし」


 などと優しさ百二十パーセントの返答をしてくれた。おまけに、トドメをささんとばかりに微笑みかける。

 これはヤバイ。さっきから胸の鼓動が小刻みにビートを奏でている。ついにやってきたというのか。私の “春” というやつが!


「そういえば、まだお姉さんの名前を伺ってませんね。お先に、僕の名前は夏川士郎(なつかわしろう)といいます」

「あ、あぁ。私は宮代礼子(みやしろれいこ)です。よ、よろしくお願いしますっ」


 なんだかんだで、私の願い事は叶えてもらったということかな。といっても、今後の進展は自分自身でどうにかしないといけないわけだけど。それでも、こうして素敵な人と巡り会えたのはあのヘンテコな神様のおかげだと思う。

 夏川兄弟と別れてから、私は家に帰ることにした。神様にひとことお礼を言わなきゃと辺りを見渡す。ところが、どこにも彼の姿は無かった。

 やっぱり幻覚だったのかな。それにしたってお礼も言えないまま消えるなんて水くさいじゃない。

 少しだけ余韻に浸ってみる。のっぺりとしたてるてる坊主もどきとの、他愛ないやりとり。

 そういえば、神棚を部屋に置きっぱなしにしてた。帰ったら、ちゃんと飾っておかなくちゃ。

 よしっ、と気持ちを切り替えて家路に着く。足取りはなんとなく軽いような気がした。

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