ぼくのこと
僕が生まれて初めて殺したのは幼稚園の頃だった。
夏の暑い日、祖母と一緒に行った虫取り。五月蝿い蝉の鳴き声もあの頃は鬱陶しいとは思わなかった。初めて取った蝉はいつまでも僕の虫カゴの中で叫んでいた。
「おかえりなさい」
母はそういうと虫カゴの中の叫び声を聞いて顔をしかめた。
「初めて取ったのよ」
祖母が微笑んだ。母も少し口角が上がった。
「えらいね。でもかわいそうだからにがしてあげなさい」
虫カゴの叫び声が一層大きくなった。でも僕はそんな叫び声も耳に届かなかった。
「おやつがあるの。早く手を洗って来なさい」
母が僕らに言った。僕は急いで手を洗おうと虫カゴを玄関の外に乱暴に置くとそのまま忘れてしまった。
数日後虫カゴの中で死体が発見された。第一発見者の僕が犯人。勿論犯行目的もなし。
「かわいそうだからお墓を作って埋めてあげましょうね」と母は言った。
僕は死体を庭の隅の方へ埋めた。
それが僕の最初の犯行だった。その時初めて触れた死を僕は全ての生命体が辿る運命とは理解出来ずに、ただ僕の日常の一部として受け止めるばかりだった。
次に僕が犯行を犯したのは中学生の頃。
僕は愛犬を殺した。
彼も僕に懐いていたし、僕も彼は好きだった。特に理由は無い。挙げるとすれば祖母の死と思春期の特有のアレだったと思う。
母は泣いていた。愛犬はもう年寄りで番犬としての役割をまるで果たしていなかった。
父が動物アレルギーなのにどうしても飼いたいと僕ら兄弟で駄々をこねて初めて飼った犬だから、僕も悲しかった気がする。しかし、それよりも彼が家と鎖で繋がれて生涯を終える方が僕には悲しいと感じた。だから僕は逃してやった。彼は放たれた事に気づいていないのか垂れ下がった尾を弱々しく振りながらじっと僕を見つめた。
僕は腹が立った。その時の僕はまるで善人でも神にでもなってた気分でいた。彼の背中を押してやった。彼はじっとそこから動かない。
母は泣いていた。
僕はそれをまた庭に埋めた。その時は生命体の運命についての理解は出来たと思う。ただ何かを殺す事についての興味は人一倍深まった。