人と天使が召喚されたようです。
がんばっていきます!
「なんか厄介なことに巻き込まれて無いか……?」
照りつける太陽、そして無限に広がって居そうな草原に座り込み、俺は呟いた。
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なにが厄介かを説明するには、少々時を遡らなければならない。
遡ること十分。
高校生である俺は、いつものように通い慣れた通学路を帰宅をしていた。今日は放課後に、図書室で本を読み更けていたこともあり、時刻は十九時を回った頃だっただろうか。夏も近づいていたからあまり暗くはなかった。
帰宅している途中に、よく会う話好きのおばさんに捕まり、「最近暑いわねぇ」「そうですね、ははは」なんて会話をして、おばさんが連れていたわんちゃんを撫でたりしていた。なんてことのない日常の一幕だった。まだ喋り足りない様子のおばさんに無理矢理別れを済ませ、途中で買った好物のアイスの袋を開けた。予想より時間を取られたので足を早めつつ、アイスを齧った。
瞬間「なにか」は起こった。
急な浮遊感に襲われ、辺りの景色は一変した。その景色というのも白とも透明ともとれぬ色をしていた。
体も思考もままならず、ただただその「なにか」が起こったのだと認識することだけができていた。
唐突に、非日常的に、不可解に「なにか」に巻き込まれた。
何故、「なにか」と表現しているのかと問われれば、それは形容しがたい「なにか」ということしか俺に思いつかないからだろう。そして、その現象に巻き込まれ、三十秒程経った頃だろうか。
俺は見知らぬ草原にいたーーーー。
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で、現在に至る。いや、手短に済ましたけどなんもわかんねぇなまじで。
不可解な現象に、思わずため息が溢れる。
「しかし、ここはどこなんだ?」
あたりを見渡しても、全く見覚えのない場所だ。
お日様めっちゃ出てるしよ。もう夕暮れ時だったんだが。しかも、下はコンクリート舗装もされてないただの草原。地球の裏側でも来ちゃったんじゃないの俺。
「ああ、どうしましょう。どうすればよいのでしょう」
ぐだぐだ悩んでいると、その力のない声が聞こえて来た。すぐ近く、後ろから急に発せられた声に俺は振り返った。
振り返って間も無く、声の主は判明した。二、三メートル離れたところにそれはいた。それは地面に頭を突っ伏し、手は力なくその頭を抱え、尻はみっともなく突き出していた。
なんだあのへんてこ生物は。言葉を話してることから人ではあるのだろうが、果たして声をかけるべきなのか。そこはかとなく声をかけたくない……。
とは言っても現状、この突っ伏してる小さい物体に声をかけないことには、なにもわからなそうだ。よく見てみれば女性のような体つきをしている。そこまでの危険は恐らくないだろう。
そう考えた俺は、一抹の不安を覚えつつ、その物体に声をかけてみることにした。
「あのすみません。ちょっといいですか?」
俺が声をかけると、その女性はびくっと体を揺らし、ゆっくりとなにかを確かめるように顔を上げ、はっとした後素早く立ち上がり振り返った。
そして声を発していた物体の全貌が見え、そのあらわになったその姿に、俺は声を失ってしまった。
大きく開き少し潤んだ碧眼、肌は彼女がまとっている白地の服のように白く、腰のあたりまである金の髪は水を弾くかの如く艶めいていて、そして透き通っていた。
全体から受ける印象は少し幼いが、それを含め、なにか神秘的なものを想起させた。俺が固まったのは美しさ故ではなく、その神々しさからくるものであった。
「あなた、日本の方ですね!? 」
固まっていると、彼女はいつの間にか詰め寄って来て嬉しそうに言った。
「あ、ああ。確かに日本人だけど?」
急に近くなった距離にどきまぎしながら、俺は答えた。
日本人、と言うことはやっぱり外人さんか。やけに日本語うまいな。見た所俺より三つ四つ下に見えるけど中学生か?
「よかったぁ。元の世界の人がいて。一人で心細かったんです……」
「ちょっとまて、元の世界? どういうことだ」
俺は彼女の発言に驚きを隠せず、食い気味に言った。
「どうもこうも、ここはわたしたちがいた世界、つまり地球があった世界とは全く別の世界、異世界のようなんです」
そう答える少女の言葉から冗談やふざけている印象は全く受けない。どういうことだ。確かにワープ的なものに巻き込まれたとは思ったが、ここが地球どころか地球のあった世界ですらない?
もちろん普段であれば「電波さんかな?」程度で終わる話だが、この不可解な現状ではその一言では済ませられない。
「異世界? 何が起こったんだよ……」
「わかりません。わたしはなにかに巻き込まれ、気づいたらここにいました」
俺と同じだ。わたしたちがいた世界と言ったし、俺と同じ世界から飛ばされたのか。
この困り果てた様子から見て嘘の可能性は低い。だが彼女の話を信じるとして一つ気になることがある。
「なんで君は、ここが違う世界だと知ってるんだ?」
彼女はどうやってそれを知り得たのか。それが謎だ。
俺は異世界なんて考えもしなかったし、仮に思い浮かんだとしたも確証は持てない。だが彼女は確信を持って言った。異世界だ、と。だとするなら彼女にはそれを知る方法があったのだ。なにもわからない現状、どんなことでも情報が欲しい。
問い詰めたい気持ちをぐっとこらえ返答を待っていると、彼女ははっとした後、むむむと数秒悩んでからようやく口を開いた。
「わ、わたし、天使なんです」
「は…………?」
まずい思考が停止しそう。この草原には電柱や電波塔のようなものは見えないけど、電波はここに飛んでいたようです。いや確かに天使なら、そういう超越したこととかできそうだけども、数秒悩んででた結論がそれか。言った本人もなんかもじもじしてるしよ。痛い子なのか、これはあれか? のってあげなきゃまずいのか。
「ぐ、具体的にどうやって知ったか教えてもらってもいい?」
もはや望みは薄いが、方法だけはまともな返答をしていただきたい。
「て、天界からの助けも声も届かないんです! 通常下界に落ちれば何かしらのアクションはあるはずなのに!」
一縷の望みは絶たれました。
はぁ、とため息をこぼした。
さてどうしたものか。このポンコツ天使ちゃんは役に立たなそうだし、自分の力でなんとかするしかないな。まずはなにかこれからの方針でも考えたほうがいいのか?
俺が一人考えていると、ポンコツ天使ちゃんは続けざまに言った。
「そもそも主の声が届かない場所なんて世界にはないんです! 異世界と考えるしか。わたしも天使の力の大部分を失っていますし……」
「大部分、っていうことは少しは力が残っているってことか?」
俺は思考を止めないよう適当にそう返した。
「そうですね。翼や光輪程度でしたら出せると思います」
光輪ってのは確か天使の頭の上にある輪っかのことだったっけか。
「それが出せるならいいじゃねぇか」
「いいえ、翼や光輪はあくまで象徴的なものでしかありません。本来、主に与えられた加護や人の子を導く力は残っていません」
悲しさを隠すことなく彼女は言い、肩を落とした。
天使様も難しいらしい。翼と輪っかがあれば充分な気もする。翼とか超便利じゃん、飛べるし。
しかし人を導く、か。彼女にとっては利便性のある翼よりも、そちらの力の方が重要らしい。言動はどうであれ、根は優しい子なのかもしれない。そんな彼女を落ち込ませてしまったままというのも、少し後味が悪い。
「しかし、そんな神々しい姿なら是非一度拝んでみたいな」
ならばせめて彼女の天使様ごっこに付き合ってあげるくらいしたほうがいいか。
「そ、そんなに見たいんですか?」
「え?」
彼女の方に目線を戻すと、頬を少し赤らめ、上目遣いでこちらを見ていた。
「あ、ああ。綺麗だろうし見てみたいな。だけどそんな急にとは言わないぞ。別にまた今度でも……」
し、しまった。小道具の準備とかあるだろうし、いきなりは無理だよな。やっちまったか?
彼女を見ると、頬は先ほどより赤みを増し、腰まで伸びた髪先を持ち上げ、くしくしとこねていた。
そして小さく「そ、そうですか」と呟くと、掌を力強く握り、眉をきりりと上げてみせた。
「わかりました。わたしの天使の姿を、お見せします」
「は? まじで?」
彼女の宣言に俺は素直に驚いていた。
どうするつもりなんだ?見た所小さなリュックのようなものしか荷物はないようだが、とても翼が入るようなサイズじゃない。彼女の言葉の真意を測れぬまま、俺は次の言葉を待った。
そして大きな深呼吸の後、彼女は目を大きく見開いた。
「いきます!」
その声とともに彼女は、いや、俺たちは光に包まれた。
その光に驚き、尻餅と同時に目を瞑ったが、徐々に目を開けてみると不思議と眩しくはなかった。安らかな温かさが身体を、辺り一面を包んでいた。
そして、俺の前方、二.三メートル空中に彼女の姿はあった。
その光は数瞬をもって彼女に収束し、その頭上の光り輝く光輪は、まるでベールのように彼女を照らしていた。緻密な計算で出来上がっているかのような背中の翼は幾何学的であり、そして美しい。その二つが彼女を天使たらしめていた。
俺はそんな彼女の姿を見て声を失っていた。どんな文献よりも、理論尽くしの説明よりも、理解できてしまった。彼女は天使なのだと。それほどまでに神々しく、神秘的な邂逅をしてしまったのだ。
声を発せないでいる俺に、彼女は手を差し出して言った。
「自己紹介がまだでしたね。わたしはラフィエル。お役に立てるかわかりませんが、しばらくの間どうかよろしくお願いします」
ラフィエルと名乗った彼女はそう言うと、先程までの姿によく似合いそうな、可愛らしい笑顔をみせた。
ともあれ、痛い外国人少女だと思っていた彼女はどうやら本物の天使様だったらしい。正直驚きはまだ収まりきっていないし、おそらく顔は相当間抜けなものになっているに違いない。だが目の前の天使様は俺が手を取るのを今か今かと待っているようだった。
「草薙 一。よろしく、ラフィエル」
ラフィエルの手を握り、草薙 一は戸惑いの中、そう答えた。
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