怪しいメイド
「おい」
シキは言った。
これはなんだ、と。
「どうしたんですか?シキせ~んせいっ?」
河波美空は何か問題が?と教師であるシキに満面の笑みを向ける。全く悪意も感じられないその聖女の如く慈悲なる微笑みだ。
「何でここにいる」
シキは訪ねた。
本来ここにいるべきではないだろう、と。あからさまに嫌悪感を隠さない表情で悪性の少女にジト目で睨む。
「実はゲロったんですよ。シキせんせいにしたことを。皆さんをそう仕向けたことを」
悪びれもなく、ケラケラと感性がバグっている少女はまさしく悪魔だろう。人間社会であればまず、自分以外を人として見ていない。もし会社で部下を持つようになれば、部下を人ではなく消費する資源としか見ていない。感情の介入は無いだろう。ただこき使う輩になるタイプだ。
そして周りに嫌われようと、孤立しようと全く気にしない異端者。まさしく人の心を分かろうとしない怪物。
「ま、勿論のこと口論になりましてねー」
「追い出されたか?」
「いやまさか。ゴミムシが煩かったんで死なない程度にボコりましたよ?んーっ!弱いものイジメは爽快ですねーっ!他の女神の使徒でなければ殺してましたけど」
「そうなれば俺の敵になるわけだが」
「あー、そうですね。やっぱ殺すの却下します。せんぱい………せんせいの敵になりたくありませんしー?(あと一人、チョーめんどくさいのいたけど)」
何となく察していた。
河波美空はわざと生徒達に話したのだ。シキを、不知火姫希を虐める様に仕向けさせたことを。そしてそれを裏で操っていたことを。
全ては、不知火姫希の、シキの元にいる為に。
彼女は、自らの欲望を満たす為ならば何でもするだろう。
「そ・れ・に★ちゃぁんと、同盟者として協力しなきゃですもんねっ♪」
「ちっ」
神からの同盟により、シキは美空………ミクと協力関係となった。
……………なったのは良い。仕えるヘスティアからの頼みである。断る理由もない。問題はそこではない。もっと、根本的なことなのだ。
「何でメイド服だ」
「使用人ですからね」
「何処の使用人だ」
「せんせいの、ですよね」
「誰が許可した」
「私の独断ですね」
「許されると思うか?」
「許されます」
「あ゛?」
シキからは怒りの視線を、ミクからは熱い視線がぶつかり合い七色の火花を散らす。
不機嫌過ぎるシキと超ご機嫌なミクのカオスな雰囲気に困惑するのは、二人の間に挟まっているアイリスであった。
「………父上、この人は」
「アイリス。この女は信用するな。そして気を許すな。あと近づくな、不審者だからな」
「え!?」
「そぉんなぁっ!?私、アイリスちゃん専属の使用人なのに!?」
「へ!?」
「ふざけるなよこの野郎。キサマにアイリスをやるものか!」
「そーなのそーなの!アイリスはわたさない、なのー!」
「マシロ!?」
ミクに抗議するのはシキとマシロであった。父娘らしく毛を逆立てて威嚇している。
因みに場所は、校長室である。
学園長ビティーカは己の部屋で騒ぐ輩共に対し、激怒していた…………のが、本来であったがそれよりもミクという人畜無害な一般人の皮を被った化け物に対して怪しむ眼を向けていた。
「キミ、かなり手練れだね。ミクって言ったっけ?」
「あーはい、そっすね」
「シキ君以外には興味無しかい。扱いに困るねぇ」
「厳密にはシキせんせいとそのご家族しか興味ないんっすけどー」
「あームリだ私。この子の面倒はシキ君、しっかりやるんだよ」
「え、殺さない?」
「流石に女神の使徒だから殺したら面倒じゃんか。それに神相手に敵対する気?君なら神殺しは容易いだろうけど、その後が非常に面倒よ。あ、これ私の経験談だからね」
かつて、黄昏の魔女ビティーカは元神殺しだったりする。故にその後始末が頭が痛くなる経験をした彼女はシキに警告をするのだ。
「理解してる、つもりです」
「ああ、理解しておけ若人よ。この小娘、そこらの赤子よりも手にかかるからね。絶対に」
「はぁ?」
「しかし、“手綱”さえ握っていれば安全だ。もう、コイツは君のペットとして考えてるからね。飼い主として、しっかり面倒を見てもらいなよミクくん?」
「へぇ?わかってるじゃないですか学園長さん。見直しました。多少の融通はしますよ。手始めに…………」
ミクはまるでピエロの様に不気味に頬を吊り上げる。
「ヘムンドゥ、の居所……ではないけれど残り香は見つけましたよ」
「「「!!!」」」
ミクはあっからんと答える。
ヘムンドゥ。
新たな七天魔皇、ヘムンドゥ。
歴代の中で最も邪悪であり、史上最悪の存在。明確に勇者を殺すことを目的としており、世界各国が彼女の危険性に警戒している。だが、彼女の思想に共感し軍門に下る国や組織が少なからず存在はしているのだ。
ヘムンドゥを排除する者、ヘムンドゥを擁護する者。
既にこの世界にもその二つの意見に分かれている。
政治的にも非常に厄介極まりない存在でもあるが、そこまでの影響に関してはヘムンドゥ自身興味もないだろう。
しかし、ヘムンドゥ討伐を編成した国々はあるものの肝心のヘムンドゥの痕跡がない。何処に行ったのか、隠れているかはわからないのだ。探索しても髪の毛一本見当たらない。
そして、その魔力などの残り香も…………。
「場所は」
「ここから遠くはなれた北方にある《アルカハイド》っていう小国。そこの境にある“フジの山”って呼ばれた山脈内部に遺跡があるんですよね。そこに微かですけど、ヘムンドゥの残り香が少し」
「……待ってくれ。それはおかしい。既にそこの調査は行っているし、既に私達の配下がアルカハイドの王と協力し監視もしている。相手はヘムンドゥだ。あれ程荒ぶる奴の魔力が繊細に消すほど器用ではないぞ」
「ああ。ヘムンドゥは戦闘能力は恐ろしく高いが、魔力の制御は出来ていない。残り香を残すなら酷いものだと思うぞ。もし仮に、魔力の制御が出来ているなら………何故残り香がある?」
「罠、かもね。誘われているには控えめだとは思うけど?」
「さぁ。そもそもその残り香が、ヘムンドゥのものか。それを確かめなければなるまい。全て、この女が真実を話しているとも限らん。下手すればヘムンドゥと繋がっていると考慮はしているが」
「うわっ!私の信用度、低すぎっ!」
ミクからヘムンドゥの残り香を発見したというのは、文字的内容なら大発見だ。しかし、ミクの発言が真実なのかどうかもわからない。
彼女は、偽るのに特化している。
相手が敵味方関係無く、だ。
恐らく、仲間にしても害ある存在でしかない。
気を許せば、骨の髄までしゃぶられてしまい挙げ句の果てまで喰われてしまう。
「今までしてきたことを振り返ってみろ」
「えーっと、先輩を貶める為に悪い噂を流したり先輩の同級生さん達に虐めるように仕向けましたね。あと、【深淵】を悪く言うやつは片っ端から拷問して惨めな手段を用いて殺しておきましたよー!ほめてほめてーっ!」
「まさか、あの変死体はっ!」
「頑張ったんですよーっ!【深淵】を悪魔やら死神なんて言ってる奴らを―――――」
「………お前」
殺気は抑える。
この女を地球に戻した刹那に何かしらの対処をしなければならない。そうしなければ、どうなるかは想像せずともわかる。
「………その事は後で考えよう。で?どうやってそれを探した。お前は暫く監視されていた筈だし、外出した記録はない」
「あはは、センパイ。【深淵】程じゃないですけど、私も出来るんですよ?」
「……分身、か」
「そーです♪センパイの真似事ですけどね。ま、最大で二人しか出来ませんけど」
分身二体だけしかできない、とは言うもののそれは破格の力だ。何時何処で分身を解き放っていたかは不明だが、恐らく女神の加護による力ではない。元々己の能力なのだろう。
「………で、シキくん。どうする?」
「確認するしかないでしょう」
「勿論案内役はこのわたし、ミクさんですよー!」
「え、いやだけど?」
「ソンナー!けどミクさんは諦めませんからねー!将来の夢は!センパイの第四夫人或いは、愛人、それか性奴隷…………いやいや?学園長が言ってた通りやっぱりペット、愛玩動物としての方が一番かも!」
「学園長」
「わ、わたしのせいかな!?いやわたしのせいか!すまん!ゆるせ!そして君が何とかするんだよ!」
「学園長………」
「あとミクくんに関して、結構色々と面倒なことをしてくれたから預かりは君にしてるからネ!」
「……ん?学園長?預かりとは?」
シキはいやな予感をしてしまう。
復習してみよう。
まず、ミクは何をしたのか。
まず元の世界ではシキの追っかけをしており、シキに敵対や害をなす者を手当たり次第殺害。しかもシキを孤立させる為に様々な手を尽くした頭のおかしい子。
そしてこの世界では、同じ勇者を半殺しをしており、それは勿論大多数の生徒教師陣に目撃されている。その危険さは誰がどう見ても異常だ。何処にでもいる少女を演じていた頭のおかしいミクの処遇はやはり女神の加護を持つ者としてそう簡単に処罰は決められない。
そこで、白羽の矢が立ったのはシキである。
「つまり、面倒を見ろ………と?」
「ま、そゆことだよ。ミクくんを再度、鑑定玉を使用したら偽造していてね。そしてグランドマスターが鑑定したところ、非常にステータスが高い………というより、バグってたんだ。確実に対処出来るのは、君以外に私や元グランドマスターと現グランドマスターに王…………あとは、その、シャルロット様かな」
「シャルロット殿下………か。ごほんっ!対処出来るメンバーは誰も手が空いてないってことですね」
「ま、同郷のよしみとしてさ。あ、すっごい嫌そうな顔」
非常に不愉快そうな表情をするシキに思わずビティーカは御愁傷様と苦笑いするしかない。
が、話は急用だ。
「こほん。ではシキ先生。手段は問わないけれど、ミクくんと共に“フジの山”の調査へ向かってほしい。アルカハイドの王には私が連絡しておく」
「………わかりました」
「そしてミクくん。これは君の価値を見せる時だ。過去に何があったかは私は知らないし、知ったところでの話だ。けれど、これからの君の価値を見いだせれば…………シキ先生もほんの少しは認めてくれるかもだ」
「あ、いえ私、別にセンパイに認めてもらいとか思ってないんですよ。ただ自分勝手にセンパイに付きまとって、自己満足にセンパイを程よく困らせる私でありたいんです」
「え、何言っちゃってんのこの子。こわっ。シキくーん。この子頭おかしいからホントに頼むね?ほんとーにっ!頼むよ?」
「わ、わかりましたよ。杖でつつくのやめてもらえません?そのうちブッちゃいますよ」
「幼気な女の子にそんなこと言っちゃダメだぞっ!」
「………」
「シキくん?何か言いたまえ」
「…………いや、なにも?」
「ではこのミクが代弁しましょう。無理すんなよ、ババア」
「よおぉしっ!ミクくん、表に出たまえ!おい小娘、この私がわからせてやる!」
「私のことを小娘呼ばわりとかw墓穴掘ってんじゃねーですよ、年増ぁ!」
珍しくビティーカは蟀谷に血管を浮かび上がらせて、ミクに喧嘩を買いながらも何処か楽しそうな表情であった。そしてミクも久々に暴れられるのを楽しむ様に今までシキの目を欺いていた本来の力を解放している。シキが多めに見積もっていたよりもその倍以上の魔力を有していたことに驚きを隠せない。
こうして、 この異世界での 物語は刻一刻と終局が訪れようとしている。
この戦いは間違いなく、世界を巻き込む戦いの狼煙は出ている。そしてその狼煙を排除することで、人類にとっての悪性腫瘍は顕現する。
そして、その人類の悪性腫瘍と称すべき者はこの時には既に二体の神如きモンスターを手中に納めたのであった。




