黒き侍
忘れ去られた頃に投稿していくスタイル……(泣)
【摩天国ヴァルカム】。
そこは、文字通り数多の塔が天空に連なる巨大高層都市国家である。幾つもの細き山々の如き塔は多種多様な種族が住まうのだが、中でも【獣人族】が最も多い。高い身体能力に鋭い五感は他の種族に比べてバランス的な存在だ。
「………………」
摩天楼の一角、そこには珍しく人族が住んでいる。まるで高層マンションの如き各部屋が存在しているのだが、その最上階の和室に一人の侍が正座し、神経を尖らせていた。
その人族は、本来この世界の者ではない。厳密にはこの世界ではなく、地球と称される異世界の住人だ。
肌は黒く、無駄のない引き締まった肉体。そして、その者の前には一本の刀が置かれていた。
彼は米国の教師だ。
しかし、ただの教師ではない。
かつてはフリーであらゆる勢力をたった一人で牽制した強者だ。
「―――――――何か用か」
低く、しかし安心感のある声でこの場所を覗く存在に声をかける。殺気はない、威圧もない。だが、妙な気迫だけはあった。
するとその和室に一匹の子狐が、何処からともなくひょこりと姿を現したのだ。
「久しいね、【イーサン】」
「貴殿か」
「まさか貴方がこの世界に巻き込まれたとは予想外だったよ」
「それはこちらのセリフだ」
【イーサン】と呼ばれた黒人は、その子狐の事を知っていた。本来とは姿形が違えど、その声と気配で見破っていたのだ。
「イーサンのところは、うん。既に他の場所に召喚された者達を集めてくれてたみたいですね」
「随分骨が折れたがな。そちらは」
「こっちも集めてはいます。現時点ではオレとイーサンのところにいるのが全てじゃないかな」
既にイーサンという黒人男性は己が担当していたクラスと、他に英国のクラスとその教員もこの【摩天国ヴァルカム】へ集め終えていた。
これでこの世界に召喚されたメンバーは集まったのだ。
「――――――で、何時もの勧誘は無いとは珍しい」
「結構ウザがってたもんね、貴方は。勧誘はもうしないよ…………と、言うより管轄外だからね」
「…………クビにでもなったか?」
「ま、それに近いかも」
「左様か」
イーサンは特に驚きもしなかった。むしろ、納得している様子だ。
「小五月蝿い勧誘が減って助かった」
「あ、やっぱり他の所からも誘いが?」
「…………元はと言えば、貴殿のせいだが」
他方からの勧誘、つまり他の勢力から熱心な勧誘があったのだ。元はと言えば、子狐―――――【深淵】不知火姫希の勧誘が他の勢力に知られなのが原因。あいつらに取られる位ならこちらに、という感じだ。
だが、彼は首を立てには振らなかった。
そもそも、だ。
地球がそれ程荒れていないのは、世界異能機関、WAO(World Abilities organization)の尽力もあるがそれだけではない。勢力に属さず、ただ自分達の平穏な日々を守るためだけに動く強者どもの影響も大きいのだ。そしてその中でも最強と言われているのが、【黒き侍 イーサン・サリヴァン】だ。
英国出身で恵まれた身体能力を持っていた。が、それだけだ。彼には魔法などの才能は無かった。そもそもその家系でもない。恵まれた身体と身体能力を授かった何処にでもいる存在だった。
しかし、ある時出会いがあった。
まだ彼が幼い少年だった頃に、ある人物と出会ったのだ。
その人物こそ、後に師匠と呼ぶ存在。
「私は“あの人”の弟子、その一人でしかないのだがな」
「その弟子が、“その人”の唯一の弟子であり今や“剣豪”だ。その実力は――――――日本の剣士達も認める程。地球上、刀術に置いて貴方の右に出る者はいませんから」
「過大評価だと思うのだが?」
「貴方自身はそうかもしれませんが、周りは違うでしょうね」
「そういうものか」
イーサンは実に迷惑なものだとため息を付く最中、この部屋に殺気が向けられる。それは焦りと困惑も混じった、まだまだ未熟な殺気だ。そしてその殺気は、イーサンではなく不知火姫希に向けられた明確な殺気。
「おや。これは?」
「土足で、しかも無断で侵入するのが悪い」
「ははは。でもバカ正直に訪ねても入れてくれないでしょ?」
「当たり前だ」
「即答かよ」
しかし、只ならぬ殺気にも全く動じずイーサンと会話する姫希だったが、この部屋の扉である襖が二閃の線が現れるのだ。そして遅れた様に吹き飛ばされたバラバラの襖の中心から一人の獣人が飛び出す。
「曲者ッ!!!」
その獣人は、犬の獣人であった。
焦げ茶のショートヘアであり、その手には一本の刀。その刀で侵入者を刺し殺し成敗しようとしていた彼女だったが――――その刃がその侵入者を断ち切る事はなかった。
「ま、威勢はいいけど――――――」
「なっ!?」
かの刃は、まるで暖簾を捲るかの如く受け止めていたのだ。愛らしい子狐の姿ではなく、白き狐の獣人となってだ。しかもその鉛の様な漆黒の左腕で、傷一つ無く。しかし彼女の刃は既に刃毀れをしていた。
「―――――イーサン、彼女は」
「この国の住人だ」
「ほぅ。けど今の太刀筋、天と地の差はあり過ぎるけどイーサンに似ている。まさか、弟子か」
「ちが―――――」
「そうだッ!アタシはイーサン師匠の一番弟子、【ヒバナ】だッ!!!師匠に何様だ、バケぎつねっ!!!」
「と、言っているが?」
「違うんだがなあ」
頭を掻くイーサンだが、自称弟子と豪語するヒバナとは何かしら関係はあると考える姫希。が、嘘か真かは一先ず置いておき、先にすべきことがある。
「兎に角、だ。イーサンの弟子と言うならまずこの状況で察しろ――――――――――な?」
「ひぐぅっ!?」
ただその一言。
まるでゴミクズを見るような、更には無機質な目でヒバナを眺めた。ただ眺めていたのだが、それは濃厚な殺気。表情とその気迫が噛み合わぬ、気味悪い殺気だ。特に獣人ならその本能で不味いと気付くだろう。言葉だけではなく、気配。あまりにも身の毛もよだつその殺気にヒバナは即座に離れたのだ。
悲鳴を短く上げながらも、得物は離さず折れぬその闘志で姫希に向けて構えていた。
「……………中々才能ありそうじゃないかな?どうなのイーサン」
「知らん。私は弟子を取ったつもりはない」
「ッ!?な、なんでッスかシショーッ!!!」
「可愛そうだぞ、ししょー!大人げないぞししょー!」
「……………なんなんッスかこの人」
「私の旧友みたいなものだ」
「あ、旧友なの?割りと結構嬉しいぞ、イーサン」
「――――――間違えた、単なる顔見知りだ」
イーサンからすればムカつく表情をしながら嬉しそうにする姫希をバッサリ人見知りと片付けた。が、それに納得していないらしい姫希「え、え?」と困ってしまうのは言うまでも無い。
「――――――で、何しに来た。単なる挨拶だけじゃないだろう【深淵】殿?」
「ホントやめてください許してくださいその名前勘弁してください。恥ずか死にます」
「しかし本名は知らんのでな」
「うぅ〜〜〜…………し、シキでいいです。漸くあの厨二臭い名前から開放されたんですぅっ!」
「どうでもいい。ではシキ、本題は」
「や、本当に単なる挨拶だよ?」
「……………………」
「怪しまないで怪しまないで。ただ分身達の報告で他に召喚された人達を探してたら、妙に俺の分身達がこの国前で怯えててね。まさか不味いことになってるかと思えば単にイーサンの気配で怖気付いていただけだった、ってわけ。勿論まさかイーサンも召喚されてたのは驚いたけど、嬉しい誤算だ」
「左様か」
「イーサンなら安心して任せられるよ。今、色々と面倒な奴らがいるからさ」
姫希が零すその言葉に真っ先に思い浮かぶのが、白狼の獣人ヘムンドゥであった。それは姫希だけではなく、イーサンも同様だったらしい。
「ヘムンドゥ、だったか?」
「結構不味い奴でしてね。何やら企んでいるのは分かるんですけど、その詳細が」
「この国でも警戒体制にはなっている。確かに【勇者】に対して良い思いをしていない輩もいるが――――――――――それよりもあの女が脅威・危険だと理解しているのは殆だ」
「何時何処で仕掛けてくるかはわからない。けれど、こっちの【七天魔皇】が色々と捜索はしてるらしくてね。目星は幾つかあるらしい。今はその報告待ちもあるし」
「敵対するなら容赦はしない。生徒達に危害を加えるなら尚更だ」
「シショーっ!アタシも協力するッス!」
途中から自然と話に交じる自称イーサンの弟子ヒバナに、えぇ?と困惑の目を向けるイーサンとその様子をクスクス笑う姫希。
「慕われてるじゃない」
「むぅ」
「正直彼女、ヒバナさんだっけ。弟子にしてあげたら?筋も良いようだし。ま、弟子にするかどうかはイーサン次第だけど」
「……………考えておく」
「ホントッスか!ししょー!」
そんなこんなで情報交換をする姫希とイーサン。そして姫希が持っていた【倭国カグヤ】の王からの手紙を渡すと彼は再び子狐と化けてしまう。
「そう言えば、随分様変わりしていたな」
イーサンは純白の毛並みな子狐姿の姫希に少し興味を示していた。しかし、それは良いものではない。むしろ逆だ。
「…………色々とあったんだよ」
「そうか。まあいい。気をつけて帰れよ」
「ふふっ。全く貴方は本当に優しい人だ」
そう言うと、まるで夢幻の如く姫希の姿は消え去った。しかし、襖が一ついつの間にか開かれている事からそこから出て行ったのだろう。
「全く……姫希が結婚ねぇ」
直接聞いた訳では無い。しかし、その結婚指輪を見れば大体分かるだろう。まさかあの歳で、と驚きつつも妙に納得感もあったのだ。しかも姫希は時間はキッチリ守るのだが、後に予定が無ければダラダラとする性格。故にこの後に暇がなさそうな口ぶりだったが、それでもいそいそと帰る様子にある仮説が浮かび上がった。
「(あの感じ……尻敷かれているな)」
まあ姫希という人物の嫁であれば、それくらいしなければ無茶をする。夫の首輪を繋ぐのが嫁でなければ、姫希は己の心身をボロボロになってもムチを打って動かそうとするバカなので止まりはしない。
「あ、あの人、なんなんっすか、ししょー」
「ヒバナ覚えとけ。姫希は常識人そうな性格をしているが、一度でも残虐性な片鱗を見せればオレでも手に余る」
「そ、そんなにっすか」
「バケモノをも震え上がらせる力を持ちつつ、理性のある奴等だからこそだ。その理性が一瞬でも崩れれば―――――――この世にとっての天災になる。あれは、人の皮を被り、必死に人の真似をしているバケモノに過ぎない。更に言えば、アレはヒトの身でありながら星に臨界した惑星そのもの」
「え………えええっ………と?」
「……………要はアイツはバケモノだという認識でいろ。」
――――――――バケモノバケモノって、君もでしょイーサン?
「ちっ」
「ししょー!?!?」
何処からともなく、折り紙で折られた手裏剣がイーサンに向けて鋭く放たれたのだが、それを人差し指と中指の二本だけで止めた。それが何者によるのかは考えずともわかりやすい。
「――――――鬱陶しい」
そしてその折り紙の手裏剣は、独りでに折られる前――――折り目のない紙へと変化するのだ。時間の巻き戻しにも見えるが、それは否である。
「ししょー、これは」
「護符……か。大凡、これを連絡手段として使えということだろう。相変わらず面倒な男だ」
「え゛っ!?男なんッスか!?!?」
「――――――何故間違える?」
「い、いや、どう見ても女しか―――――」
「?」
何やらヒバナが困惑している理由が分からないイーサンはニ枚の護符を懐に入れたかと思うと彼は武器を携え立ち上がったのだ。
そしてヒバナに言う。
「ヒバナ、直ぐに王と面会がしたい」
「承知ッスッ!!!」
ヒバナは獣の如く疾走した。
そして鋭く研ぎ澄まされた濁りもない湧き上がる闘気を内に秘め、黒き侍 イーサン・サリヴァンは動き出す。
次回は物語が少し動きます。
多分、読者様の予想は違う展開が起こるかも?です。
※主人公、不知火 姫希の豆知識。
お注射が大嫌い。絶対お注射される場合は目を逸らすか、目をつぶるタイプ




