原点の一つ___それは、恐れ、逃げ出した。
伏線一つ回収開始?
『改めて言おうか―――――――――――――解せないな、不知火姫希』
水銀の様な2メートルの巨像である『迷宮の核』は一人で佇んでいた不知火姫希に困惑と落胆が混じった声で、姿を現した。
『迷宮の核』は、ただただ呆れていた。
いや、信じられなかったのだろうか。
何故、不知火姫希程の人物が、今の状況になっているのか。
いいや、違う。
そもそもの根本的な事だ。
あり得ない。
あり得ない、のだ。
『何故、こんな異界等に、召喚されている?』
どうして、そんな実力があるにも関わらず何故この世界に馬鹿正直に召喚されてしまったのか。或いは巻き込まれたにしても、不知火姫希の力であれば巻き込まれるよりも、先に防いでいる筈なのだ。
だからこそ、何故、だ。
「なにを―――――」
『どうとでも出来た筈だ。まさか―――――わざとか?わざと、この異界の召喚に巻き込まれたのか?』
「『迷宮の核』、お前、何を言っている。前にも言っただろう。俺は召喚に巻き込まれた――――」
『いいや。自らの意思で、巻き込まれに行ったのだろう?』
「――――は?」
『迷宮の核』に姫希はただ、意味がわからなかった。本当に、何を抜かしているのか。いや、『迷宮の核』は、姫希を疑っている。
確実に。
だが、『迷宮の核』。
神々によって生み出されし存在だからか、いとも容易く核心へ迫ってしまう。
『――――――なるほど。お前か』
「『迷宮の核』、何を言っている。さっきから――――――」
『だんまりか?何者かは知らないが、なるほど。余程元の世界が嫌だったか?それとも逃げ出したのか?』
「・・・・・・」
『答えないか。しかし、お前は―――――――』
「 あなた に なに が わかる の ? 」
その瞬間、不知火姫希は変わった。
白き、純白の天使と成って。
白を更に白く、美しい翼を広げ、まるで神が生み出した美の傑作だ。
しかし、その白い髪に新橋色の目の姫希は、感情を失っていた。
いや、アレは不知火姫希ではない。
「おいっ、何があった!?」
『マイロード!?』
何か異常を察したのか、離れた場所にいたリゼットが二本の刀を抜刀し警戒を露わにしていた。
そして彼女は、目の当たりにする。
白く、侵食した夫の身体を操るナニかを。
「し、シキ……?」
『マイロード、下って』
完全に『迷宮の核』は目の前の不知火姫希の姿をしたナニかを敵意を剥き出しにしている。リゼットは目の前の姫希―――シキがシキではないのは瞬時に理解した。
「誰だ、テメェ……!」
『マイロード、今のあの男は――――』
「 こわかった 。 あの ほし に もどり たく ない の 」
「何を言ってやがるッ!!!さっさと、シキから――――」
「 あの ほし に もど れば ・ ・ ・ ・ ・ おわる の 。 なに も かも ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。 どうか どうか わかって ・ ・ ・ ・ ・ ・ あのかた に は さからえ ない 。 もし あのかた みつかれば とらわれ れば ・ ・ ・ ・ ・ ・ わたし たち は しはい される ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
白いナニカは、酷く恐れていた。
酷く、涙を零しながら。
助かれるものなら、助かりたい。
だが、助かるわけがない。
それを理解しているからこそ、白いナニカは酷く、酷く絶望していたのだ。
「何を、恐れてるんだ」
『 だめ よ 。 あのかた の なまえ は きこえ ない 、 とどか ない 、 りかい でき ない 。 あのかた は さがし て いる 。 かれ を 、 これ いじょう くるしめ ない で 。 めざめ させ ない で 。 やすらか に ねむ ら せ て あげ て 』
悲痛な叫びにも思えた。
あの方には、逆らえない。逃れられない。囚われ、支配される。それこそが、あの方なのだろう。だからこそ、白いナニカである彼女は恐怖する。決して、畏怖ではない。純粋な恐怖だ。純粋な恐怖だから、あの方の元には戻りたくない。
この時、リゼットと『迷宮の核』は攻撃等出来なかった。いや、しなかった。
許しを乞う、哀れな修道女の様な白いナニカは涙を流し、訴えていただけ。ただ、理解してほしかったのか。或いは頑なにこの世界から地球に戻りたくないと駄々をこねていただけなのか。
「 このこ の ため でも ある の 。 だから ぜったい あの ほし には もどっ て は だめ 。 きっと 、 きっと 、 あなた は こうかい する 。 すべて すべて が こうかい する 」
「このこって、シキのことか……?どう、いうことだよ。後悔するって、どういうことだ!シキはチキュウに戻るって、そう言って―――――」
「 とめて 」
「な」
「 あなた このこ たいせつ なん で しょ ? なら 、 とめ て 。 とり かえ し つか ない こと に なる 」
「取り返し、つかないことになる?ど、どういうこと――――」
「 あのかた に うばわ れる 。 そして このこ も うばわ れる 」
「奪われ、る……?」
普通ならそんな発言に狼狽えるリゼットではない。だが、目の前にいる白いナニカの発言は、まるで確定された未来の予言の様にも感じてしまった。いや、予言よりも更に質の悪い。
シキが奪われる。
あの方に。
地球に戻れば、それは必ず起こる出来事だと白いナニカは恐れている。だからこそ、それが起こらぬ様に地球に戻るなと白いナニカは警戒しているのだ。
正直、信じることは出来ない。が、不思議とリゼットは根拠は無いのにも関わらず冷や汗が流れるのを感じ取っていた。
が、突然白いナニカは膝から崩れ落ちる様に絶望した表情に染まってしまう。
「 あ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?!? そ 、 そんな ・ ・ ・ ・ ・ ・ まさか 、 ああああぁぁぁ 、 うそ だ うそ うそ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
「お、おぃ!どうした!?」
『マイロード!?』
何かを理解した白いナニカは頭を抱え、静かに泣け叫ぶ。それはリゼットの声を届かぬ程、酷く取り乱していた。そして気を失ったのか白いナニカは身体の持ち主である不知火姫希の元へ奥へ更に深層へ引っ込んでしまった。
「何が……何が、起こってんだよ」
『(不知火姫希の深層心理に眠る獣達……あの白いのは片割れ。もう片方の片割れは、更に奥に。しかし、何を恐れる。何を絶望していた。まさか、だとは思ったが……不知火姫希の意思をその都度、侵食しているのか?地球から逃げる為だけに……?教えてくれてもよかったんじゃないか。あの時、不知火姫希ごと自爆して止めを刺そうとした私を再起不能にさせた黒いお前が)』
元の姿に戻り、気絶してしまった不知火姫希を抱き抱えるリゼットは何度も彼の名前を呼び続ける。しかし、余程何かショックを受けたのかその日は目覚めることはなかった。
ただ、彼の瞳からは恐怖と戸惑いに満ちた赤い涙がポタポタと地へ落ちていくだけであった。




