新たな七天魔皇
「グハハッ!マジかよ。まさかここで出てくるか、死にぞこない!!!」
ヘムンドゥは目の前にいる存在に酷く驚愕しつつも、楽しそうに笑う。それは予想していなかった反応で、しかしいい意味で期待を裏切ってくれた様なもの。しかし―――――。
「……で、お前も来るなんてなァ。クソエルフ」
冷酷に。
そして殺意を向けるその先にはかつて、己の兄を裏切り、死に追いやった忌々しい女の一人『レティア・オンラート』。彼女は魔法の壁でヘムンドゥの攻撃を防ぎ、エマ達を守りきったのだ。
いいや、彼女一人だけの力ではない。
「はは、うえ?」
エマの前に背を向けて立つのは、『七天魔皇』の一人でありエマの母であるミュランであった。しかし、額や腕等の包帯が巻かれており、そこからうっすら血が滲んでいる。加えてヘムンドゥの一撃を防いだ為か、鎧からぽたっぽたっと血が地面に流れ落ちていた。
ミュランは背を向けたまま、エマに言う。
「無事ですか、エマ」
「なん、で……」
困惑しかなかった。
重症で、目を閉じて死んだように倒れていた母が何故ここにいるのか。そして、あのエルフは何者なのか。
エルフ……レティアは、ヘムンドゥの盾となる二人の人物を知っていた。そして、もし自分が更に堕ちていれば。シキとディー達に救われなければ、あの場所に自分もいたかもしれない、いや、そうなっていただろう。
「久し振りね、『セツラ』、『カルサ』……」
「レティア……なの?」
「まさか……」
かつて、この三人は一人の男を愛していた者同士。しかし、そんな心から愛した男を裏切り、殺した張本人たちである。幾ら洗脳されていたとは言え、殺した事実は変わりない。本人の意思ではなく、操られていたとしても。
人族のセツラ。
犬の獣人、ディーの奴隷のカルサ。
二人は今のレティアの姿に酷く驚いていた。何故なら二人がよく知るレティアは虚ろな目でこの世にいないディーの名前を呟くしかない生きた屍だったからだ。そしてまともに会話も成立せず、何度か自分達と共にヘムンドゥに下に付き、協力しようと説得したこともあった。
だが、今はどうだ。
完全に、レティアはヘムンドゥと敵対する意思があった。
「クソエルフ。テメェ……何のつもりだァ」
「貴女を止めに来ました、ヘムンドゥ」
「ハッ!散々兄上を痛ぶり殺した次は、オレかァ?何処かの『勇者』に洗脳されてるのかっ。グハハゥッ、懲りねぇよなぁ全く」
「いいえ。これは私の意思。今の貴女を止める事が、私を償いです。例え貴女に何を言われようと、止めない訳にはいかないのです!!!」
レティアは完全に敵になった事に舌打ちをしてしまうヘムンドゥ。レティアが下に付けばかなりの戦力増強に出来るからだ。腐ってもレティアは魔法に関してはヘムンドゥより上。何かしらの利用価値が最も高かったのだ。だが、敵になってしまったものは仕方がないと思いつつ、ヘムンドゥは重力に押しつぶされそうな殺気を放つ人物に目を向ける。
「……あー、そうかよォ。で、アンタが来るのは予想外だったぜェ、死にぞこないさんよォ」
「ヘムンドゥ。よくもやってくれましたね」
「おーおー、こえぇなァ。まったく……今のオレはアンタと同じ立場だせェ?少しは仲良くしてもイイんじゃーねぇかァ?」
「同じ立場、だと?」
「おン?まさか、わかんねーワケ……ねぇだろ?」
「……まさか!!!」
「気付くの遅ぇなァ!!!流血し過ぎて弱り過ぎてんじゃァねぇか?」
「どうして、あなたが」
「いやいや、むしろ納得すべきだろォが」
ヘムンドゥとミュランの会話に誰も意味がわからなかった。だが、ミュランは何やら只事ではない様子だ。そして明らかに動揺していた。初めて動揺した姿を目の当たりにしたエマはふらふらと立ち上がりながらミュランを守る第三騎士として欠けた魔剣を構える。しかし、それを止めたのは紛れもないミュランであった。
「下がりなさい、エマ!」
「母上!?」
「オイオイ、察しの悪いバカだなァ。同じ土俵にも立てず、その資格ねぇのにこのオレに勝てるワケねーだろォ」
警戒を顕にするミュランにヘムンドゥは一歩進むと、彼女に向けて右手を差し出した。
「『七天魔皇』ミュラン。オレの傘下に入れ」
「!」
「『覇王』と『黄昏の魔女』は論外。『死霊之王』はどっちつかずだ。残りの『七天魔皇』二人はオレの傘下に入ったァ。あとはアンタだけだぜ」
その発言は誰もが耳を疑うものだった。
ヘムンドゥが2つの『七天魔皇』を傘下に入れていると発言したのだ。せめて同盟を結ぶ、というのならばまだ信憑性はあっただろう。
しかし、ここで漸くレティアは理解したのだ。
今のヘムンドゥはどういう存在かを。
「ヘムンドゥ。まさか貴女」
「あァ、オレは『七天魔皇』に成ったのさァ!!!」
空席となった『七天魔皇』の座に。
ヘムンドゥは着いた。
そして『七天魔皇』を二人も傘下に入れたその脅威は計り知れない。




